陰謀 六 〜教師の秘密〜

 「それ、今訊きます?」と、口角だけを上げて言った桜。


「大怪我で頭が鈍っているようですね、怪盗東雲」


 桜の唇から出た言葉に、流澄の胸に冷たい風が吹き下ろした。


 いつもの桜ではない。


「……いつから気づいていたんだい?」


「そうですね、かなり初めの頃から疑ってはいましたよ。確信したのは、この前病院に入院した時ですね」


「ひと晩にして、魔力が抜けたからかい?」


「ええ。あとは、夜になると魔力を宿すことも、その時に分かりました」


 桜は、魔力鑑定ができるほど高度な魔力操作能力を持つのか?


「ミシェルさんは、このことを知っていて、隠していたんですね」


「あれは、私の体質のことは知っているけど、私が怪盗東雲と呼ばれていることは知らないよ」


「そうですか」


 桜はおもむろに立ち上がった。その顔からは、笑顔が消えていた。


「あなたを窃盗罪、そして殺人罪で逮捕します」


「どういう権限でだい?」


 流澄は背中に冷や汗を感じた。


「保安局員としての権限です」


 桜は、懐から手錠を出した。



 その頃ミシェルは、流澄と桜の部屋の前に立っていた。何度もノックしたのだが、返事がないのだ。


「おかしいわねぇ、自堕落なルースはともかく、自律しているハルトちゃんが寝坊なんて、ありえないと思うのだけど」


 首を傾げているミシェルに、宿の女将が声をかける。


「静星さまと寿々木さまにご用ですか」


「ええ。今日は仕事が休みだから、お茶でもと思って」


「寿々木さまは、先ほど出て行きましたよ。静星さまは、お見かけしていませんが」


「そうですか」


 女将が去った後、ミシェルはまた首を傾げた。


「ハルトちゃんは、ルースのことを放ったらかしにして、出かけるかしら?」


 違和感がある。


 ミシェルは窓を軽く叩いて、流澄を起こしてやろうと思った。しかし、いざ部屋の裏に回ってみると、何回窓を叩いても、返事がない。


「おかしいわね……」


 ミシェルはついに、強硬手段に出ることにした。


「失礼しますっと」


 こっそり魔法で鍵を開け、彼は部屋に立ち入った。


 居間はしーんと静まり返っていた。ミシェルは、ふたつある個室のどちらも、ノックしてみた。


 やはり返事はない。


「ルースが夜中に抜け出して、それに気づいたハルトちゃんが探しに出たってとこかしらね。全く、ルースったら」


 ため息をつくと、ミシェルは部屋を後にした。



「あまり驚いていないようですね」


「まあね、こっちも初めの頃から疑っていたからね。ただの教師にしては、戦闘に慣れすぎている」


「あなたと出会って早々、大きな事件に巻き込まれたからですよ。あんなに大きな戦闘になるとは思っていなかったので、力加減を間違えました」


 桜は苦笑した。流澄は淡々と続けた。


「あとは、この前の件で、警察に何も言われなかったこと。保安局からの圧力だよね」


「もちろん。僕のことを探るやつがいたら大変ですから。それで」


 桜は流澄に近づく。手錠がジャラリと鳴った。


「逮捕については何も言うことはありませんね?」


「まるで、あるのを期待しているというような口ぶりだね。もちろんあるけど」


 流澄は頭を全力で回転させた。どうやって逮捕を免れようか。


「話してください」


 桜は手錠を持ち直してそう言った。ひとまず、時間を稼ぐことには成功したようだ。


「窃盗罪はもう言い逃れできないからね、認めるよ。だが、殺人罪については否認させてもらう。怪盗東雲わたしは人は殺さないからね」


「その縛りについては知っています。ですがそれは、あくまであなたが心で決めたこと。法以外で、それを制することができるものはありません」


「私は主義を大事にしている人間だ。それは知っているだろう」


「あなたは今、人を殺さないと言いましたが、静星流澄としてのあなたは、人を殺したことがあります。怪盗東雲と静星流澄が、完全に同じ理念を持って生きているかは分かりません」


 桜は眉間にシワを寄せていた。目つきが普段の何倍も鋭かった。

 流澄はため息をついた。


「たしかに、それは一理あるね。だが、私はルーチェ市長を殺してはいないよ。これは事実だ。誰かが私をはめようとしている」


「あなたが市長を殺したという目撃情報があります。それに、市長の体には魔力が流れ込み、それが彼をむしばみつつあります。これこそ、魔刀『亡者憑き』の力でしょう」


「刺した瞬間を見たやつはいないだろう。市長の容態に関しても、『亡者憑き』以外にも魔刀は存在する」


 流澄は立ち上がろうとして、痛みに顔をしかめた。


「っ……。証拠に『亡者憑き』を見せよう。ついて来て」


「その必要はありません」


 桜は流澄を制止すると、右手を高く上げた。

 背後から、青い刀身が宙を移動し、ふたりの前に下りた。


「たしかにこの刀には、全く血はついていません」


 桜は、刀身を指して言った。

 たしかに深海色の刀身には、全くくもりがない。


「ですが、あなたが念入りに拭き取った可能性もいなめない」


 桜色の瞳は、いよいよ鋭くなった。流澄は勝算を見込めなくなった。


「もう押収済みってわけか。だが、私が市長を刺したという証拠もない」


「たしかに目撃情報では、不十分かもしれません。しかしあなたには、反政府側との接触の証拠があります。これは十分、市長殺害の動機になる」


「待ってくれ、誰が反政府側と接触だって?」


 ガタリ、と流澄の足が机の足に当たった。


「あなたはこの前、僕には伝えずにオークションに行きましたね?その際に、亡ルーチェ王国の王女と思わしき人物と、取引をした」


「どこからそんな情報が……」


「本当のことなんですね」


 桜の声からは失望が感じ取れた。

 いよいよ彼は、流澄に手錠をかけようとした。


「王女と思わしき人物と取引をしたのは事実だ。だが決して、私が反政府の思想者であるわけではない。私はその人物の身の上を当てることと引き換えに、『青の間』を渡したんだ」


「おかしな取引ですね」


「桜、君が任務をまっとうしないといけないのは分かる。だが――」


 流澄は同情を誘おうと、口を開いた。が、その時ふいに、桜が破顔した。


「まっ、待ってください、流澄さん。ふ、ふふっ」


 桜はとうとう、声を抑えきれずに笑い出した。


 流澄は目を丸くして、固まっていた。

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