陰謀 五 〜魔刀の力〜

 女の攻撃を避けながら、東雲は結界の脆弱な部分を探した。


「先生!!」


「あんたは黙ってそこで待っときな!余計なことすんじゃないよ!」


 烏はおろおろしながら、女と東雲の戦いを見ていた。


 空を切る音と共に、ツルが東雲の顔の真横を通り過ぎる。


 彼はあくまでも防戦に徹した。彼は意識を、戦闘と結界のふたつにいていた。


 女は特異魔法のツルだけでなく、その他の攻撃魔法も仕かけてくる。


 防御魔法で防ぐのにも限界があった。短刀が彼の肩を裂き、血がほとばしった。


「っ……!」


「安心しな、殺しはしないよ!」


 魔法ですばやく止血し、次の攻撃に備える。

 その時だった。どこからか飛んできた矢が、彼の胸に当たった。


 懐の刀に弾かれ、それは落下していった。


「誰が……」


 下に目をやる暇もない。しばらく攻撃を防いでいた東雲だったが、懐に違和感を感じて手を入れた。


 木の欠片があった。先ほどの矢で、刀の鞘が割れたのだ。


 彼は仕方なく、刀を取り出した。左手に持ち替えて、結界を探る。


「……!」


 手ごたえを感じて、東雲は結界を振り返った。


 刀が結界に切れ込みを入れていた。『亡者憑き』は、強力な魔刀なのだ。


 彼は自分の体が通る大きさまで、穴を広げようとした。


 隙ができた東雲に、女はここぞとばかりに攻撃してくる。

 腕を大きく振って、彼は結界を十字に切った。


 空を切る音がした。


 鋭い矢が彼の腹に貫通した時、彼は結界に穴を開け、外に躍り出た。


 鮮血が、彼の緑の服を茶色に濡らす。彼は隠れ身の魔術を使い、隠れ家に急いだ。



「参ったねえ……」


 腹の傷が痛む。矢を抜き、治療魔法ですぐに処置を施したが、素人の治療はたかが知れている。


 治療魔法は、高度な魔力操作を必要とするのだ。


 外野から矢を飛ばすなんて反則だろう、と東雲は朦朧もうろうとする頭で考えた。


 東雲は着替えすらできずに、寝室の壁にもたれて座り込んでいた。


「桜のご飯が食べたいなぁ……」


 遠のく意識の中で、彼はそれだけを考えていた。



 結局、彼が目を覚ましたのは、太陽が東の空と南の空の間にある頃だった。

 時計を確認すると、午前十時だった。


「帰るのはあきらめるかな」


 夜に抜け出し、大怪我をして帰って来たら。


 明らかに怪しまれるだろう。もう桜の元には戻れない。


 ぐううぅ〜


 お腹をさすると、彼はおもむろに立ち上がった。

 着替えを済ませ、彼は階段へ向かった。一階の冷蔵庫に、パンくらいはあったはずだ。


 カーテンの閉じた部屋には、太陽の光は差し込まない。

 カツ、カツと彼が階段を下りる音だけが響く。


 階下の様子が見える位置に来た時、流澄の視界には机の上の食器が映った。


「あっ、おはようございます、流澄さん!」


「き、君……」


 皿を持ちながら微笑んでいるのは、桜だった。


「な、なぜ」


 流澄は一瞬、走馬灯でも見ているのかと思った。


「そんなの気にせず、いいから食べましょうよ」


「あ、ありがとう」


 流澄は促されるまま、席についた。


 焼き立てのトーストと、みそ汁と、卵焼き。いつもと変わらぬ朝食だった。


「心配したんですよ!いつもの時間に起きて来ないから、窓から中をのぞいてみたら、もぬけの殻!」


「すまないねぇ。用事が長引いてしまって」


 用事、と言えば、桜は納得してくれるかもしれない。そんな気もした。


「おまけにお腹に怪我までして!まったく」


「すまないね……」


 しばらく桜はすねた様子で、沈黙が続いた。


 みそ汁の優しい味が心に沁みる。流澄はなぜか穏やかな気持ちだった。


「食べ終わったら、ミシェルさんのところに行きましょう」


「それは遠慮したいな」


「だめです!治してもらわないと」


「これくらいは、放っておいても治る」


「じゃあ呼びますね!」


「ま、待ってくれ、それはだめだ」


「じゃあ大人しく病院に行きましょう」


「病院じゃなくて、ミシェル個人で頼む」


「はいはい。あとで一報入れときますね」


 桜は卵焼きを口に入れた。


 おかしいところがいくつもあるのに普段通りの様子なのが、一層おかしい。


「ねえ、どうやってここを突き止めたの」


「それ、今訊きます?」


 桜は笑顔でそう言ったが、目は笑っていなかった。


 流澄はハッとした。

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