陰謀 四 〜怪盗、殺人を犯す?!〜

 温かい流れと、冷たい流れが同時に押し寄せ、気持ちが悪い。

 東雲は、それに耐えながら魔力を探り続けた。


 温かい流れは、希望に満ちた感じがする。

 対して冷たい流れは、ひどく惨めな感じがした。


 これらはなぜかまったく、別のものに感じられる。

 東雲はこの箱が、ふたりの魔術師によって作られたことに気づいた。


「夢と重荷、友情と腐れ縁、盛況と喧騒……」


 相反する感性を持つふたり。

 東雲はそれらを真正面から受け止めながら、手をかざし続けた。


 やがて、魔力の核に手が届き、彼はそこから魔力を抜き出すことを始めた。


 ふたりの努力は水の泡だ――


 ここまでですでに時間がかかっているのだが、東雲の周りには敵は来なかった。


 東雲は深呼吸をしながら、魔力を抜き出し続けた。

 魔力の波が体に押し寄せ、苦しかった。


「やっと、だ」


 箱から魔力が消え、東雲は気の抜けた声を出した。


 箱を破壊し、ゆっくりと刀に手を伸ばす。


 彼の手が、薄橙色の鞘に触れた、その時だった。


「わっ」


 東雲の足元に、大きな魔法陣が現れた。体が浮き上がる感覚がした。


「――大変だ!ベルン市長が倒れたぞ!!」


 周囲の景色が一瞬にして変わり、複数の足音と叫ぶ声が聴こえた。


 青い壁紙、豪華なシャンデリア、木の机――


 ここは一体どこなのか。


 東雲は足元に目を移して驚愕きょうがくした。


 金髪の男が、胸から血を流して倒れていた。


「この緑の服――犯人は怪盗東雲だ!怪盗東雲が市長を刺したんだ!捕らえろ!」


 屈強な男たちが、東雲を取り囲んだ。

 彼は手元を見たが、『亡者憑き』は血に濡れるどころか、鞘から抜かれてもいない。


 背後の窓を開けると、彼は夜空に飛び出した。


 追手の声が遠くなり、彼は安堵しながら刀を懐にしまった。

 が、突如目の前に、男が現れた。


 その作業服姿には、見覚えがあった。


からすくん、だっけ。久しいね」


「あなたに名乗った覚えはない」


「君の先生が呼んでたのを覚えただけさ」


 烏は紫の瞳で、じっと東雲を見つめた。


「あなたは人を殺した」


「どうやらそうなっているらしいね」


「とは僕は思わない」


 烏は至って無表情だった。東雲には意外だった。


「なぜだい?」


「僕を助けたから。あの時あなたは、先生の存在に気づいていた。それでも僕を助けた」


「あの時の私と、今の私が同じだと、どうして言える?」


「人を殺したら、顔つきは変わる。あなたにはそれが起こっていない」


 東雲はため息をつくと、微笑を浮かべた。


「一度戦っただけの相手だ、後悔しないでくれよ」


「たかが一回、されど一回だ」


 東雲はそのまま烏の横を通過した――空を切る音と共に、ツルが彼を殴打した。


「がっ……」


 彼の体にすばやくツルが巻きつき、しばり上げる。


「逃げるんじゃないよ」


 声の主は、作業服の女――烏に先生と呼ばれる女――だった。


「せ、先生……」


「烏、説教は後。こいつを突き出すのが先だよ」


「ぼ、僕……は」


 東雲と先生との板ばさみになり、烏は混乱した。


 東雲はまた口から炎を出したが、ツルは水魔法で湿っていたため、効果を発揮しなかった。


「対策済み」


「参ったな……」


 東雲は力なく笑う。女は彼に近づくと、帽子に触れた。


「これ、全然取れないけど。魔法でとめてんの?」


「そうだよ」


「へえ」


 女は東雲を引っ張りながら、夜空を歩いた。

 広い敷地の中に、巨大なプールがあるのが見えた。ここは高級ホテルなのだろう。


 烏は終始無言でついて来た。


「警察は……どこだろう。まったく、目立つところにいろっての」


「大変なんだね、傭兵も」


「口を封じてやるかい?」


「遠慮するよ」


 警察の姿が地上に見え、女が下りようとした時だった。


 女は動きを止めると、烏を振り返った。


「何しようとしてるんだい」


「僕は……」


 烏は目をつぶると、動かなくなった。


「私の特異魔法を乗っ取るのは無理だよ。あんたが死ぬ」


 烏は無言だった。


「特異魔法を乗っ取る?それが烏くんの特異魔法なの?」


「ああそうだよ!あんただって、この前使われただろう。だが自分より強い相手に無理に使うと、最悪死ぬ!」


 女は切羽詰まった声を上げる。


「烏くん、君がそんなことをしなくても大丈夫だよ」


 東雲は片方の口角を上げた。


 突如、ツルが弾けた。


「なっ、あんた……!!」


「烏くんが出て来た時点で、君の対策はしてあった」


 東雲が両手を広げると、粘り気のあるものが糸を引いた。


「スライムの欠片かけら……」


「正解!」


 スライムで手のひらを滑らせ、魔法を使ったのだ。

 彼は両手を振ってスライムを落とした。そして背後の透明な壁を叩く。


「この結界って君のだよね?見た目より強度に気をつけたみたいだね」


「そーだけど」


「じゃあ私はやはり、はめられたということか」


「おおかた、そうじゃないかい」


 女はまた、ツルを飛ばしてくる。


「だいぶ強度が上がったね」


「今度こそ逃さないよ!」


 興奮ぎみな笑みを浮かべて、ふたりは向き合った。

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