陰謀 三 〜いわくつきの刀〜

 その夜。

 流澄は「読書、読書」と言いながら、早めに部屋に入った。


 居間が静かになるまでは、前回抜け出した時と同様に、読書をしていた。


「今日は、本当に興味深いことを聞いたな」


 流澄はぽつりと呟いた。


「精霊の祝福は、人を対象としていない。生命すべてに対する祝福のはずなのに」


 ペンテレウス村で生まれた疑惑は、少しずつ流澄の中で膨らんでいた。



 精霊の祝福が、人間より古いとしたら?


 もしそうだとしたら、どうして人間は神や精霊や、その祝福について知っているのだろう?


「今はこんなことを考えている場合じゃない」


 流澄は本を置くと、行李鞄を開けて、紳士の装いを取り出した。


 つばのついた帽子、コート、そして装飾のついたベスト。

 いずれも、富裕層の紳士を演出する、重要な衣装だ。


 着替え終わると、彼は窓から外に出た。夜気はひんやりと冷たかった。


 隠れ家に寄ると、彼はまた転移の魔法陣を使い、首都に戻った。


 緑の衣装に身を包み、彼が向かった先は――…


 皇宮だった。


 今回のお目当ては、『亡者もうじゃき』と呼ばれる刀だ。


 かつて煌陽帝国には、深海帝という皇帝がいた。

 彼は暴虐な君主で、自分に逆らうものは、容赦なく処刑したという。


 その時に使われたのが、深海色の刀『亡者憑き』である。


 彼はやがて天空帝に倒されたが、刀はその後も様々な者の手に渡り、使われ続けた。


 しかし、その刀を持った者は、皆精神に異常をきたし、自害したという。


 処刑された者の怨霊が憑いている、と恐れられるようになり、その刀は『亡者憑き』という異名を持つに至ったのだ。



 東雲はなぜこのような危険なものを盗むのか――それは、魔力についての研究を行うためである。


 桜にはあの特注品の刀について、『とある研究機関の試作品』だと伝えてあるが、それはまったくのうそである。


 あの特注品の刀は、ものだ。


 日中の流澄には負担が大きいため、改良の研究材料として、『亡者憑き』を選んだのだ。


「皇宮なんて、こういう時じゃないと世話にならないねぇ」


 東雲は不敵な笑みを浮かべ、星空を駆ける。今晩は新月で、星の光が際立っていた。


 しばらくして、灰色のかわら屋根が見えてきた。


 白い壁、灰色のかわら、その周りに張り巡らされた川。

 どれを取っても、一国の君主の住居として、ふさわしくないものはなかった。


 『亡者憑き』は、その隅にある保管庫にしまわれている。


「今宵のお相手は誰だろう。前の少年だと嬉しいんだけどな……」


 彼は、ふいに動きを止めた。


「結界だ」


 目の前には、明らかに結界があった。うっすら、どころではなく、かなり主張が強い。


「ええっと、これは、入るべきなのか?」


 東雲は戸惑った。今まで、こんなに粗末なつくりの結界で迎えられたことはなかった。


「どうしたんだろうね、今日は」


 とりあえず、結界内に入ってみる。隠れ身の魔術が解けた。


 東雲が軽く頭を動かすと、その横を矢が通り過ぎた。


「今日は私のこと、天人か何かだと思ってるのかい?こんなに大人数で、矢を浴びせかけて」


 東雲はすばやく飛んで、矢を避けながら皇宮に近づいた。


 屋根の上に、弓矢をつがえた兵士が大勢並んでいた。


 ふたつめの結界が、彼の前に現れた。


「これは、命中の結界かな。すべての攻撃が必ず命中するようになってるから、できれば入りたくない」


 後ろから、魔術師がひとり飛んでくるのが見える。


 東雲は、結界のもろい場所を探して、その周囲を回った。


 矢を避けながら、魔術師と対峙たいじする。


「手加減しなくていいんだよ」


 魔術師の攻撃は、飛行魔法が使えるわりには、やさしかった。


 規則的な魔法攻撃があるだけで、つかず離れずの距離で追ってくる。


 東雲には、結界を探る余裕があった。結界を周回すると、作られていることがわかった。


 保管庫は、ちょうどその結界から外れていた。


 警備がゆるい。東雲は違和感を感じたが、そのまま保管庫に近づいた。


 さすがに解錠には、時間がかかった。魔術師を眠らせ、五重の魔法を何とか解くと、彼は保管庫に足を踏み入れた。


 皇室に関わる様々な品が、棚に並べられていた。


 壺に皿に、琴に書物に。中には魔力を宿しているものもあったが、一番強い魔力は、奥から漂ってくる。


 東雲はそれに吸い寄せられるように、奥へと進んだ。


 例の刀は、透明な箱に保管されていた。


「『清水しみずり』というのが、この刀の号なのか……」


 薄橙色のさやには、刀の真の名が書かれていた。


 透明な箱は完全に閉じていて、どこにも開けられるようなところがない。


 東雲は魔法で破壊を試みたが、箱には傷ひとつつかなかった。


 どうやっても開くことのないように、設計されたものなのだろう。『亡者憑き』の呪いを解くことを諦めた先人は、封じることに徹したらしい。


「参ったな。私の魔力でも開かないなんて」


 東雲はそう呟くと、ふと気がついたようにまた箱に手をかざした。


「まだコツが掴めていないのだけれど……」


 彼は手元に意識を集中させた。指先に触れたガラスが冷たい。

 彼は、その奥にある魔力を探った。

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