陰謀 二 〜山村の祝福〜

 翌日。

 流澄と桜は、中心街ブラミェを出て、東の地方に行った。


 ベルメール王国との境であるペンテレウス山は、青々とした木々の上に、白い帽子をかぶっていた。


 その麓のペンテレウス村は、豊かな自然に囲まれた、のどかで美しい村だ。


「山、川、森……!」


「語彙力失ってるよ、しっかり、桜くん」


 汽車に乗ること四時間、急に景色が開けた。


 桜は、天にそびえる山々と、目の前を流れる川、そして緑の木々に見とれてしまった。


 視界全体に広がるものは、自然の力をふたりに訴えかけていた。


「すごいです!僕こういうところ、初めてで、とっても感動しています今!!」


「心なしか空気もきれいな気がするし、やっぱり田舎はいいねえ」


 ふたりは、ペンテレウス山の麓の駅で下りると、村に向かった。


 村まではそう遠くはなかった。ふたりは林道を歩いた。


「流澄さんは、ここには来たことがあるんですか?」


「いや、初めてだよ」


「ブラミェ川とは別の、祝福された地があるんですよね!」


「ああ、そうらしいね。大地の精霊の祝福が、この豊かな自然を生み出し、今日こんにちまで生命を育てているという」


「じゃあ、ここら一帯が祝福の地なんですね」


「そうかもしれないね。まあ詳しいことは、村の人に聞こう」


「はい!」


 林道を抜けると、民家が見えてきた。


 レンガ造りの家が、ぽつりぽつりと並んでいる。

 その周りには、大きな畑があった。農作業をしている人の姿も見える。


 ふたりは川を渡ると、一番大きな家を訪ねた。


「ごめんください」


 流澄が戸を叩くと、しわがれた声で「少々お待ちください」と返事があった。


 少しして、中から老いた男性が出て来た。


「お待たせいたしました。こんな遠いところまで、わざわざ足を運んでいただいて、ありがとうございます」


「いえいえ。お忙しい中申し訳ない」


「はは、ここは小さな村ですから、外のお客さんは、話しがあって大歓迎ですよ」


 男性は柔らかい笑みを浮かべていた。


「私はこの村の村長の、アルマン・フォーレと申します。どうぞアルマンとお呼びください」


「私は静星流澄、そしてこっちは」


「寿々木桜です」


 桜はカタコトのルーチェ語で言う。


「ここにはそんなに見るものはありませんが、おふたりは何か見たい場所があるのですか?」


「ええ。桜が、精霊の祝福に興味があるようなので、祝福の地を見に来ました」


「祝福の地ですか。それはここら一帯を指すのですが……。分かりました、祝福が目に見える場所に案内しましょう」


 アルマンに連れられて、ふたりは先ほど渡った川に近づいた。


「この川の水は、決してにごることはありません。以前間違えて肥料を流してしまったことがあるのですか、それはしばらくすると、跡形もなくなっていました」


「ブラミェ川と同じ、水を清め続ける祝福ですね」


「それとは、少し違いますね。川の水が濁った時には、自然の調和が崩れてしまうことが考えられます。これは生命を守り続ける祝福なのです」


 アルマンの言葉を、流澄はすばやく翻訳する。

 桜は感心していた。


「あとは、先ほどおふたりが通られた林道ですね」


 三人は林道に入った。


「通常、光が当たらないと、淘汰されていくのが陽樹ですが」


 アルマンはまだ低い木の辺りに近づいた。日が当たらないのに、生き生きとした若木だ。


「一度生まれた命を、決して見捨てない。家畜なども長生きするんですよ。病気になっても怪我をしてもすぐに治る。この祝福が、人にも当てはまればよいのですがね……」


 アルマンは表情を暗くした。


「それは……」


 控えめに問う桜に、アルマンは

「私にはせがれがいたんですが、七つになる前に亡くなってしまったんですよ。もう五十年以上前のことですがね」


「それはお気の毒に……」


 桜も表情を暗くする。

 流澄はというと、何か考え込んでいる様子だった。


「祝福の対象に人は入っていない、ということか。だとしたら、祝福はなのか?」


 この呟きは、煌陽語で行われたため、アルマンには分からなかった。


「流澄さん、何ぶつぶつ呟いてるんですか」


「いや、何でもない」


 ただの憶測にすぎない。流澄は首を振ると、歩き出した桜のあとを、早足で追った。


 それから三人は、果樹園や畑など、祝福の効果が目に見える場所に足を運んだ。


 この村は、出稼ぎに出る者が少ないらしい。それは祝福のお陰で、不作の年がないからだという。


「祝福に助けられて、私たちは今日こんにちまで、このように生きてきました。大地の精霊を生み出した神さまには、感謝しかありません」


 アルマンは穏やかな顔をしていた。


「神というのは、ルーチェの神リューシィさまのことですか」


「ええ。創造神シーリェさまが第四子、リューシィさまでございます。彼女はルーチェの大地に息を吹き込み、それを広げるため、精霊をお造りになられました」


 創造神シーリェ。この世界を創った女神である。

 各国を司る神を生み出し、この世界の最高神の座を占める。


 神と人とが関わることはないが、それでもこの世界に存在するものすべてが、シーリェの子どもなのである。


 その第四子である女神リューシィは、ルーチェの土地を開拓したとされている。


「神々の期待を、愛を裏切らぬように、この老人は今日も精進しょうじんしてまいりますよ」


 アルマンの笑みからは、幸福があふれていた。


 それからふたりは昼食をごちそうになり、それからまた近くを散策した。


 穏やかな自然の中で、心も体も浄化される、そんな気がした。



「すごく興味深いお話でしたね」


「そうだね。神々の軌跡を見ることができた」


 ふたりは夕方、汽車に乗った。

 あかい陽の光が、山の稜線をくっきりと浮かび上がらせている。


「精霊も神々も、人の前には現れませんけど、やはり存在するんですね」


、という可能性も捨てきれないがね」


「主がなくなってしまったら、創り出したものはすべて、消えてなくなるんじゃありませんか?」


「それは分からないよ」


 流澄の背後からは、夕日が差していた。桜には、その表情は見えなかった。

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