ルーチェ王国の亡霊 八 〜長引く外出〜

「よし、買い出しも終わったことですし、帰りましょうか!」


 流澄のべたべたになった手を拭き終えると、桜は立ち上がった。


「待ってくれよ、私の用事がまだ済んでいないじゃないか」


 流澄が引き止める。桜は眉をひそめた。


「用事ってなんですか、何も聞いてませんけど」


「言わなかったっけ、本屋に行きたいって。あともう少しで、持って来た書籍を全て読み終えてしまいそうなんだ」


「初耳です」


「それはすまないね」


 こうして三人は、ルーチェ大橋の近くの古本屋に入った。


「ああ、これはルーチェおとぎ話集。ええっとこっちは、『魔法使いと八つの鍵』。古本屋ってなんて最高なんだ!」


 流澄は意外と、ファンタジー系のものが好きらしい。


 桜はというと、霞に荷物を預けて、ルーチェ史の棚を眺めていた。


「『ルーチェ王国の繁栄と王族の滅亡』。革命戦争の話かな。それ以前のことについては……。あった、『ルーチェ王国建国記』。歴史物語なので読みやすそうだな。それに、ちょうど全巻そろっている」


 桜は『ルーチェ王国建国記』全巻と、料理本のシリーズを買うことにした。


 会計をすませると、彼は霞に駆け寄った。


「ありがとうございます、代わりますよ」


「では頼んだ。私も少し、本を見て来よう」


 そう言って霞が近づいたのは、なんとお菓子の本の棚だった。

 やはり彼は甘い物が好きなのだ、と桜は思った。


 桜は荷物を肩にかけたまま、買ったばかりの本を開いた。

 第一巻は、かつての首都ブラミェの郷土料理についてだった。


 桜が胸をおどらせて、目次をめくった時。角の棚の陰から、流澄が飛び出して来た。


「桜くん、所持金いくら残ってる?」


「えっと、三千円ですかね。まさか、足りないんですか?」


「だって、どれも面白そうなんだもの。貸してくれないか、頼むよ!」


「分かりましたけど、宿に戻ったらすぐに返してくださいよ」


「分かったよ、ありがとう」


 桜は流澄に三千円を渡す。

 流澄はお札を握りしめて、また棚の陰に姿を消した。


「代わろう」


 会計を済ませた霞が、買い物袋に手を伸ばす。

 桜は「えっ」と声を上げた。


「大丈夫ですよ、さっきまでずっと持ってもらってましたし」


「いや、あなたより私が持っている方が自然に見える」


「そうですかね……?」


 結局霞に流されて、桜は彼に荷物を渡した。


「用事は済んだよ、帰ろう」


 ふたりの元に戻って来た流澄は、大きな紙袋を提げていた。


「帰りの荷物が大変ことになりますね」


「最悪後から送ってもらえばいいよ。今夜と明日の夜は、読書三昧だ。楽しみだなぁ」


 うっとりとした顔をして、流澄が言う。

 桜はふっとため息をついた。


「そんなこと言って、どうせ帰ってすぐ読み始めるんでしょうけど」


「いや、残念ながらそれは無理だね。今日は他の用事がありそうだから」


 流澄は鋭い笑みで霞を見上げた。霞は眉ひとつ動かさなかった。


「なぜ分かった」


「だって、わざわざ君を監視にする必要なんてないもの。監視なんて別の刑事に任せて、君には捜査をさせる方が効率がいい」


「たしかに、私の魔力を使えば、魔法の証拠の反応が出やすいからな」


 霞の言葉に、流澄はさらに笑みを深める。


「で、証拠は出たのかい?」


「ああ。あなたの予想通り、閉じかけの魔法陣が見つかった」


「ほんとかい!やっと窮屈な軟禁生活から抜け出せる!!」


 流澄の顔が輝く。


「ああ、前の宿に戻るのも、監視なしで観光をするのも、あなたたちの自由だ」


 霞の言葉に、流澄と桜は顔を見合わせて喜んだ。


「それで、その証拠はどこで見つかったんだい?」


「地下だ」


 流澄の問いに、霞の灰色の目が鋭くなった。


「地下……、ですか?」


 桜が眉をひそめる。


「ああ」


 霞はうなずいた。


「ルーチェには地下通路がある」

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