ルーチェ王国の亡霊 九 〜探偵と教師、国家機密を知る〜

「地下通路か、なるほど」


「これは警察でも一部しか知らないことだ。口外無用で頼む」


「なぜだい?地下通路なんて、どこの国にでもあるだろう」


 流澄が首を傾げる。


「そこは私も引っかかったのだが、政府うえからの命令だからな」


 三人はルーチェ大橋に差しかかった。


「最悪首が飛ぶね、気をつけるよ。それで、犯行手口は、地下通路から地上に向けていた転移魔法陣ってことで、当たっているかい?」


「ああ。前に犯行が行われた場所も調べているが、今のところは、例の場所以外では何も見つかっていない」


「誘拐対象は子どもにしぼられている。私が大人だったから、きっと魔法陣が正常に作動しなかったのだろう。だがその前に、なぜ私に反応したのだろうか」


 流澄は、顎に手を当てて考え込んだ。桜は不安そうにふたりの顔を見つめる。


「あなたが子供であると認識するような要素が、何かあったのだろうか」


「私は正真正銘大人だよ!」


 流澄が頬を膨らませる。


「まあ、あれこれ憶測を言っても仕方がないね」


「ああ。まずは宿に戻り、荷物を置く。それからおふた方を通路へ案内する」


「分かったよ、じゃあこれ」


 流澄は、霞に紙袋を差し出した。


「お願い」


「申し訳ないが、断る」


 霞は間髪入れずに断った。


「ええっ、桜くんのは持つのに!?」


「寿々木殿には申し訳ないと思っている。潔白が証明されているのに、宿にとどまってもらっているからな」


 霞は、至って真面目な顔で言った。


「ちょっと待ってくれよ、私は?私には申し訳ないと思っていないのかい?」


「すまないが、食品と自分の本で手いっぱいだ」


「霞くん!」


 言い合うふたりを見て、桜は苦笑している。


「着きましたよ」


 そうこうしている内に、三人は宿の前まで来ていた。

 桜が代わります、と言ったが、霞は断った。


 彼は結局、部屋の前に来るまで、買い物袋を持っていた。


「台所に置いて来ますね、少しお待ちください」


「必要な物もあるしね」


 桜が食品を片づけている間、流澄は自室で何かを探している様子だった。


「霞くん」


 しばらくして、流澄は自室から出て来た。


「これ、持って行っていいかい?」


 流澄の手元にあるのは、カメラだった。


「調査のためなら大丈夫だろう。だが、撮ったものは、私と寿々木殿以外には見せるなよ」


「もちろんだ。報道陣に売るなんて、そんな、首が飛ぶようなことはしないよ」


 流澄は首からカメラを提げて、動作確認をした。


 カメラは、実写投影具とも言い、目の前の光景をフィルムに残すことができる。


「値段のわりには、フィルム数が少ない。遠出した時にしか使わないね」


「警察では基本的に使わないな」


「だって警察は、何回でも現場に立ち入れるだろう。私は一般人扱いだからね!まったく、警察はケチなんだから」


「一般人を現場に通す、ということだけでも、かなり特別な事例なのだがな」


「まあ、たしかに」


 やがて食品の片づけも終わり、桜も部屋の外に出て来た。


「お待たせいたしました。では、案内よろしくお願いしますね」


「ああ」


 三人は宿を出た。


「まずは王城跡に行く」


「あの焼け跡?たしかに、残ったものは煌陽政府が保護しているけど……。まさか」


 流澄は目を見開いて、霞を見上げた。


「煌陽政府は革命の際に、王族虐殺に加担した……?」


「そういうことだ。煌陽政府が、革命過激派に地下通路の情報を流したことで、王族はひとり残らず殺された」


 流澄はため息をついた。その隠蔽いんぺいのために、煌陽政府は地下通路の存在を隠しているのだ。


「そんな国家機密があったなんてね。口外したら、私はまず戸籍から抹消されて、それからこうだ」


 流澄は、親指を立てた拳を、首の前で横に動かした。


「そうだな。それは私も寿々木殿も同じだ。私たちはまず、目立たぬように城跡に入る。それから、地下通路に直行だ」


「だから私服で来たんだね」


「ああ」


 霞はシャツのえりを整えた。



 王城跡には、焼け残った建物が保存されている。

 そこは、かつては栄華をほこった王族たちの、静かな墓となっている。


 地下通路への入口は、奥の方の建物にあった。


 石で囲まれた地下は、空気が冷たく、少し怪談じみていた。


「こ、これって……」


「血痕だね」


 壁にこびりついた赤黒いものに、桜が驚く。

 王族虐殺の跡は、至るところに残っていた。


「あなたたちには、この通路の地図を見せることはできない。例の現場に着いたら、その付近を調べるのみにとどめてほしい」


「分かってるよ、それまでカメラは使わないし、あまり辺りを観察しないようにするから」


 しばらくは沈黙が続いた。


 桜は、背後の様子に気を配りながら、ふたりの後を追った。

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