ルーチェ王国の亡霊 七 〜シロップ特盛アイスクリーム〜

 しばらく歩くと、大きな黒塗りの橋に差しかかった。


 下には、清らかな川が流れている。

 午前の暖かい日差しを反射して、川面は照り輝いていた。


「ルーチェ大橋か。久しぶりに来たけど、あまり変わらないね」


 流澄は感動したそぶりを見せなかった。が、桜が近くで見たいと言うので、三人は川岸まで下りた。


「きれいですね!水も透明で。首都の川なんて、小さいし汚いし……」


 桜は、感動した様子で水に手を触れる。


 手から垂れたしずくが、川面に波紋を作った。

 それが止むと、穏やかな水面がまた、川底を映し出した。


「水がきれいなのは、水の精の祝福だと言われている。この前美術館で見た『水の精の祝福』。あれにえがかれている水の精は、この川の伝説を元にしたものだ」


 流澄が小石を拾いながら言う。


「あの、女神像の後ろにあった絵ですね!なるほど」


「研究によると、この川の水には、魔力とは違うものが流れているらしい。それが何なのかは判明していないがね」


 流澄は石を川に投げ入れようとして、やめた。


「祝福、のひと言で片づくわけではないんですね」


「研究なんてそんなもんさ。今のところ、人体に害はないとされているけど、他の土地の祝福とも比べてみる必要があるらしいね」


「他のところ、ですか。世界にはもっとたくさん、祝福された土地があるんですよね。行ってみたいです!」


 桜は目を輝かせた。


「この世界には謎が多いからね」


 無邪気に笑う桜の横で、流澄は呟いた。



 市場に着くと、桜ははりきって腕まくりをした。

 ふらふらとどこかへ行こうとした流澄を、霞が止めようとした時。


 桜が流澄の肩を叩いた。


「流澄さん、通訳頼みます!」


「え、あぁ……。分かったよ」


 不服そうに、流澄は桜の隣に戻った。


「この野菜……、首都では見たことないですね。なんて言うんですか?」


「パーリュアンヌだよ。少し苦みがあるが、悪くない」


「へえ、試しに今夜食べてみましょうか」


 流澄が通訳し、値段を訊く。桜はしまいには値切りまで始めた。


「帝国通貨が使えてよかったです。いちいち計算して値切るのは面倒くさいですからね」


「そうだね」


 流澄は少し疲れた様子だった。


 市場を抜けると、アイスクリームの出店が現れた。


「甘い物が食べたい……!」


 目を輝かせて、流澄は日陰から飛び出す。桜は、日向の直前で立ち止まった。


「僕は遠慮しておきます。お昼ご飯が入らなくなったら大変なので。霞さんはどうするんですか?」


 桜は霞を見上げたが、返答はない。


「アイスか……。シロップ特盛とくもりがあるな」


「え?」


 店の看板を眺めて、霞はなにやらぶつぶつと呟いている。

 買い物袋を桜に預けて、彼は日向に出た。


「失礼、一番甘い味はなんだ?」


「一番甘い味ですか?チョコレートですね」


「ではそれを、シロップ特盛で頼む」


「かしこまりました〜」


 桜はハッと我に返って、近くのベンチに腰かけた。

 先に戻って来た流澄に、桜は小声で言った。


「霞さんって、甘い物が好きなんですね!それにしても、シロップ特盛って、果たして甘み以外感じるんでしょうか?」


「うん、まあ、たぶんいつもこうだよ。前に白花嬢も交えてお茶した時、紅茶に砂糖をたくさん入れていた。こうやって」


 シュガートングを動かす動作をしてみせて、流澄が答える。なかば呆れているようだ。


「紅茶に砂糖?!ありえない……」


 言い表せないほど引いた顔をして、桜が言う。


 霞はしばらくして戻って来た。


「ねえ霞くん、ひと口ちょうだいよ」


 自分のアイスクリームを食べ終えると、流澄は霞の手元にスプーンを伸ばした。

 シロップ特盛の激甘アイスクリームが気になったのだろうか。


 霞はさっと避けると、流澄に背を向けた。そして、そのまま無言で食べ続ける。


 桜に口の周りを拭かれながら、流澄は頬をふくらませた。


「連れないなぁ。というか君、仕事中にアイスクリームなんか食べて大丈夫なの?」


「目立たないようにするには、なるべく自然にふる舞うことだ」


 流澄に分け与えることなく、霞はアイスクリームを平らげた。

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