ルーチェ王国の亡霊 六 〜探偵と教師は軟禁状態〜

「私はしばらく宿に軟禁状態だね。すまないねぇ、桜くん」


「ルーチェ観光しようと思ったら事件に巻き込まれて、もう散々です!と言いたいところですが、事件の調査を認めたのは僕ですからね」


 桜がため息をついて言う。


「ご寛恕かんじょ感謝するよ」


「少しは家賃で返してくださいね」


 流澄は数日して退院し、ふたりは宿屋に軟禁状態になった。

 軟禁とはいっても、ゆるいもので、監視つきでの外出は許可されている。


 しかし、ふたりとも監視つきでは気が乗らないので――あるいは流澄には他の考えがあるのかもしれないが――宿にこもりきりだった。


 流澄は窓の外を眺めたり、本を読んだりしていた。

 桜は毎日のようにお菓子を作っていた。


「やっぱり、桜の作るクッキーは美味しいね」


「ありがとうございます」


 流澄は、桜の焼いたクッキーを頬張っている。

 窓の外では、夕日が家々の白い壁を、あかく染めていた。


「そういえば明後日は、怪盗東雲の予告の日ですね」


「好きだねぇ、怪盗東雲」


「そりゃあ、今世間を賑わせている大怪盗ですよ!」


「ううむ、あまりそういうのには興味ないねぇ……。まあ、ある種の娯楽だよね。有名な作曲家とかと同じたぐいの扱いでしょ」


「対決したいとか思わないんですか?」


「えーっ、面倒臭い。桜だって、私が報道陣に囲まれるのは迷惑だろう?」


「たしかに」


 桜は大きくうなずいた。


「そういえば桜くん。今日は買い出しに行くんだよね?」


「はい。食品を買おうと思って」


「私も同行していいかい?」


「いいですけど、何を企んでいるんですか?」


「別に〜?」


 流澄は無邪気に笑った。



 ふたりは朝食が終わると、宿の応接室で監視を待っていた。


 現れたのは、銀色のくせ毛の男。

 私服だろうか、シャツの上に少し大きめのスーツを羽織り、幅の広いズボンを履いている。


「あ、監視の方ですね。今日はよろしくお願いします」


「あんまり厳しいのはやめてほしいな」


「ああ、厳しくもなくゆるくもなくやるつもりだ」


 男の低い声は、明らかにふたりの知っているものだった。


「か、霞さん……?」


「え……?」


 驚くふたりに、銀髪の男は首を傾げて「そうだが」と返す。


「「ええええええ〜っ!!」」


 ふたりは同時に声を上げた。


「いつもは、直毛のオールバックだろう!」


「えっとあとは、首元まできっちり締めたネクタイ!!」


 ふたりは、身振り手振りを交えながら言う。


「それは仕事だからだ」


 霞はきっぱりと言い切った。


「目立たないように私服で来たのだが、問題でもあるのか」


「ありませんけど!」


「少し驚いただけだよ」


 やっとふたりが落ち着いて、三人は宿を出た。


「その髪、巻いたのかい?」


 霞の銀色のくせ毛を見上げて、流澄が問う。


「これが地毛だ。ふだんは魔法で直毛にしている」


「便利だね、魔術師って。変装もすぐできる」


「変装か。今日はそのつもりはなかったのだが、たしかにこれは使えるかもしれないな」


「今まで気づかなかったの……」


 真剣に考え込む霞を放っておいて、流澄は桜の方を向いた。


「知ってる人でよかったです。強面の人が出て来たらどうしようって、少し心配だったんです」


「霞くんも十分強面じゃないかい?」

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