ルーチェ王国の亡霊 三 〜探偵と教師、調査に乗り出す〜

 翌日、彼らは市場に行った。

 旬の野菜がたくさん売られており、地元住民や観光客で賑わっていた。


 流澄は上機嫌で柑橘かんきつを手に取ると、その爽やかな匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。


「お嬢さん、これをふたつ」


 店番の女性に声を掛けて、彼は柑橘をふたつ買った。


 ひとつを桜に渡すと、

「ほら君も楽しみなよ。ここでしか食べられない物があるんだから」


「楽しんでます!!待ってくださいね、ナイフ持って来てるので――」


 ガブリ、と流澄は柑橘にかぶりついた。


「うむ、やはり新鮮な果物は美味しいね」


「る、流澄さん」


「ん?どうしたんだい?」


 桜の指す場所に、流澄はゆっくりと視線を動かす。


 皮の破れ目から垂れた汁が、流澄の白いシャツにシミを作っていた。


「あー」


「流澄さん、水道探しましょうか」


 桜がにっこり笑って流澄の手首を掴んだ。


 流澄は半ば連行されるようにして、公園に連れて行かれた。


「すまないね」


「全く、僕は流澄さんの保護者じゃないんですから!」


 桜は小言を言いながら、流澄の襟元にハンカチを押しつけていた。


 流澄はというと、りた様子もなく立っているだけである。


「ねえ、あの果物はどうするの」


「僕がここで切ります!第一、柑橘は皮を剥くものですよ。ほんとに流澄さんは、僕がいないと何もできないんですから」


「いつも世話になってるねぇ」


 流澄は顔を上げて、あ、と声を上げた。


「ねえ桜。あれ、霞くんじゃない?」


「え、霞さんですか?」


 桜も手を止めて顔を上げる。

 彼らの視線の先には、銀色の頭があった。


「白花嬢の護衛でしょうか?」


「いや、その仕事はもうやめてるはずだよ。ストーカー事件も解決したし、誘拐組織も壊滅したからね」


「じゃあ今度は……」


「うん、誘拐事件の捜査だろうね。あまり関わらないようにしよう」


「こっちも偶然とは言えない理由で来てますからね」


 桜はハンカチをポケットにしまうと、ふっと息をついた。


「終わりましたよ」


「ありがとう」


 流澄は上機嫌でそばのベンチに腰かけて、考え事を始めた。


 桜はその横で、淡々と柑橘の皮をむいている。

 彼は皮をむき終わると、今度は果肉を薄皮からはがし始めた。


「誘拐が初めて行われたのは、九ヶ月前。公園に遊びに行った子供が帰って来ない、と警察に通報が。捜索が行われたが行方はいまだ分からない。被害者と一緒に遊んでいた子供は、何も目撃していないという。それからちょうど、二週間ごとに三人ほどさらわれるようになり、それは二週間前の誘拐まで、同じように行われている」


 流澄はぶつぶつと呟いた。


 桜は柑橘を櫛形くしがたに切り分け始めた。


「誘拐手口は不明。被害者は神隠しにあうように消えるため、魔術師が関与していると見られている。ルーチェの魔術師らは取り調べを受けたが、いずれも証拠不十分で釈放。ベルメール帝国側に誘拐組織の拠点があると見て、帝国側にかけ合っているが進展なし、と」


 流澄はうーん、とうなると伸びをした。


「できましたよ」


 桜が、柑橘の載った紙皿と、フォークを差し出した。


 オレンジ色の柑橘は、綺麗な櫛形に切り分けられていた。


「ありがとう」


 流澄は五分と経たずにそれを平らげてしまった。

 桜の皿の上に残る柑橘に、彼はじっと視線を向けた。


「僕もうお腹いっぱいなので、どうぞ」


「ありがとう、君は本当に気が利くねぇ」


 流澄は桜の分の柑橘も平らげると、パッと立ち上がった。


「ねえ、やっぱり現場を見に行くのが一番だよね」


「そうだとは思いますけど……。警察との接触は避けたいって言ってましたよね」


「ううむ。しかし今回の誘拐が起きる場所は、警察も知らないよね」


「えっ?」


 流澄はにやりと笑うと歩き出した。

 桜は紙皿を持って、その後を追い掛けた。

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