第二章 〜教師は探偵の秘密を知らない〜
探偵の秘密 一 〜寝不足なんて、敵じゃない〜
新聞の見出しには、毎日子供の誘拐事件について書かれるようになった。
次に大きな記事として、怪盗東雲が挙げられた。
この誘拐事件は「国境事件」と呼ばれるようになり、日に日に被害は広がっていった。
攫われたのは、皆元ルーチェ王国民の子供だった。警察は国内で捜査に乗り出していたが、手掛かりは何も掴めていなかった。
「こんなに子供が攫われてるのに、しっぽを掴めないなんて。やはり私の出番かと思うけどねえ」
「
「実はね、もうかき集めた情報を元に推理を始めてるんだよ。あとは警察が頭を下げるだけ」
「意地でも自分からは取りに行かないんですね」
「頑固で悪かったね」
新聞を開くと、二人はこのような会話ばかりするようになった。
流澄は意地でも自分からは解決を名乗り出ないつもりだが、警察が私立探偵に頭を下げるなんて、滅多に起こることではない。
何せ彼らの威信が掛かっているのだから。
前回のは、特別な事例なのだ。
「ふあぁ」
ある夜、夕食が終わってすぐに、流澄は大きくあくびをした。
「今日はとても眠い」
「最近寝不足だったんじゃないですか?」
皿を拭いていた桜が、顔を上げた。
「ううむ、事件の資料をまとめていたからね……。先に失礼するよ、おやすみ」
「おやすみなさい」
流澄はまたあくびをすると、自室に入った。
「今日は本当に眠いなぁ……。なんてね」
流澄はにやりと笑うと、電気を消した。そしてクローゼットを開ける。
彼はまず、袴を脱ぎ、ズボンに着替えた。装飾の多いベストを着て、コートを羽織ると、彼はつばのついた帽子を頭に載せた。
窓を開けると、そよ風が彼の頬をなで、髪を揺らした。おぼろな月の光が、彼の瞳に白く映った。
月に向かって微笑むと、彼はステッキを手に取った。
「桜くんは真面目だからね、私の部屋には一度も足を踏み入れたことがない」
そう呟くと、流澄はふわりと宙に身を投げ出した。そして、蝶のような軽やかさで着地する。
彼がパチンと指を鳴らすと、二階の窓は音もなく閉じた。
流澄は通りに出ると、大袈裟に胸を張り、ステッキを突いて歩き出した。
「失礼。西町まで」
辻馬車を捕まえて、彼は夜の首都を抜けた。西町は、首都の端の方にある小さな町だ。
馬車を降りると、そこは首都中心街の模倣品だった。
狭い間隔で置かれた街灯、高い建物、広い通り。どれも中心街に劣らないが、やはり街灯の元に行き交う人影は、幾分か少ない。
紳士の装いをした流澄は、路地に入ると何度も角を曲がった。
その先に、重厚な木の扉が現れた。流澄は懐から鍵を取り出すと、鍵穴に挿し込んだ。
カチャリと音が鳴り、彼は扉を押した。
扉は静かに開いた。流澄は中に踏み入ると、慎重に扉を閉め、施錠した。
顔を上げると、彼は指を鳴らした。パッと、全部の照明器具に明かりが灯る。部屋の全貌が明らかになった。
白い天井と壁が、シャンデリアの明かりを受けて薄橙色になっている。
窓は二つあるが、いずれも黒いカーテンで隠されていた。
扉に近い方にハンガーラックがあり、部屋の中央にはソファが無造作に置かれていた。扉の左側には階段がある。
生活感の全くない部屋だった。
「よっと」
彼はステッキをソファの上に放り出した。コートを脱ぐと、ハンガーラックに掛ける。
そして彼は、小走りに階段を上がると、二階の一室に駆け込んだ。
彼の目の前には、ロウソクの光の元に輝く宝石たちが並んでいた。
部屋を間違えたようだ。
色とりどりの宝を一瞥して、流澄は別の部屋に駆け込んだ。そこにはベッドとクローゼットがあった。
クローゼットを開けると、シワひとつないダークグリーンのスーツが、彼の胸を高鳴らせた。
彼はそれに袖を通すと、同色のスラックスを履き、シャツの襟を整えた。
彼は鼻歌を歌いながら、小紋柄の黄色のネクタイを結んだ。ダークグリーンのマントを羽織って帽子を被ると、流澄は鏡の前で一回転した。
そして白い手袋をはめると、彼は得意げな笑みを浮かべた。
「よし、準備完了!」
上機嫌で、彼は窓を開けた。夜風が彼のマントをなびかせ、彼はその端を掴むとふわりと翻した。
彼の姿は消え、そのあとには、何事もなかったかのように閉じた窓があった。
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