警察からの協力依頼 十 〜ご令嬢救出作戦、成功〜

「あんちゃん、取り引きしようぜ。こいつとそれを交換だ」


「桜くん、それを持って回れ右だ」


 男は愉快そうに笑っている。流澄は肩で息をしていた。


 桜色の目が大きく揺れた。同居人を見捨てるか、令嬢を助けるか。


「おら早く決めろよ、十、九、八……」


 桜色の目が、緑の目を捉えた。彼の瞳はまた、流澄の口角が上がるのを見た。


「ぐっ」


 突然、男の胸の辺りが盛り上がり、刀の先が突き出した。辺りに鮮血が飛び散り、男はそのまま床に倒れた。


「特注品だって言っただろう?」


 いたずらをする子どものような笑みを浮かべ、流澄が言う。

 桜は慌てて彼に駆け寄った。


「流澄さん、無茶しないでください!!下手したら死んでましたよ!早く止血しないと」


「すまないねぇ。だが、結果オーライだろう?」


「そんなに軽いものじゃありません!依頼も大事ですけど、もっと自分のことも大事にしてください!!」


「はいはい、分かったよ。いててて」


 桜はシャツの袖を破くと、流澄の頭に巻いた。


「絶対分かってませんよね!ああ、もう。なんでまたを使ったんですか!いつか本当に死にますよ!!」


「いてて。特注品って高いんだよ?使わないともったいないだろう」


「命削ってまで使わないでくださいよ!」


「私にも、魔力が少しでもあればよかったんだがね……。あいにくあれに頼らないと、魔術師とは戦えないんだ」


 桜の言う――流澄特注の短刀――は、とある研究機関の、まだ開発途上の試作品だ。


 研究の内容は、『一般人にも魔法が使えるようにすること』。魔道具とは違い、使用者が自在に操れるようにするのが目標だ。

 流澄はその実験台というわけだ。


 ここまでは、桜が流澄から聞いた内容である。


 しかしむろん、体への負担が大きいため、寿命が縮むという疑惑がある。実際に、流澄はこれを使うと、二週間ほど体調を崩す。


「あの研究、いつか起訴してやりますよ!!」


「それは困るな」


「じゃあ使わないでください!」


「検討しとくよ」


 わんわんわめく桜に、流澄は困ったように頬を緩めた。


 その様子を、柱の陰から見ている者がいた。


「倒しちゃったぁ……。僕の出番なかったじゃん、どうしよ、手持ちぶさたで、でんかのところに帰るの……?」


 それは今にも泣き出しそうな、童顔の男だった。


 しばらくして警察が駆けつけ、流澄は救護班に運ばれて行った。


「魔法攻撃は受けていないから、魔法医じゃなくて大丈夫だよ」としきりに言いいながら。


 白花姫は解放され、病院でことの顛末てんまつを知らされた。

 獅子瓜が死亡したことを聞くと、「しばらくひとりにしてくれますか」と部屋にこもってしまった。



 親族のない犯罪者の骨は、丘の上の共同墓地に埋められる。そこは、不吉だ、とあまり人の寄らない場所になっていた。


 そこには大きな桜の木が生えていた。

 春になると、それは白い衣を羽織り、少しだけ頬を紅潮させて、静かに死者をとむらう。


「賢里は、本当に田舎出身だと聞きました。家族の話はうそだったのでしょうけど、草花や鳥の話はきっと、心からのものだったはずです」


 白花は語る。


「よく騙されていたものだ、と嘲笑あざわらわれるかもしれませんが、私は彼女の言葉を本気で信じていました。そうですね、全てうのみにしていましたから、半分は騙された、と言っていいでしょう。でも私は、彼女の言葉の全てが嘘だとは思っていません。だって」


 風が吹き、白花の赤毛を揺らした。


「故郷について語る賢里の目は、いつも輝いていましたから」


 いつも真正面から受け止めていた、黄緑色の瞳。それは白花の目には、常に眩しく映っていたのだ。


「静星さん、寿々木さん、今回はありがとうございました。お怪我をされているのですから、どうぞお帰りください。私はもう少しここに残ります」


 白花の言葉に、霞も頷いた。


「どういたしまして。では、これで失礼します」


「白花嬢も、お大事になさってください」


 ふたりは白花に礼をして、きびすを返した。


「組織なんかやめて、白花嬢に仕えていればよかったのに」


 桜がぽつりと呟く。流澄は頭の包帯を触りながら、ため息をついた。


「精神的に追いつめられているようだったからね。それに『あの方』というのへの執着も見られた」


「あの方……。親組織の長でしょうか」


「さあどうだろうね。今回、親組織の情報は何も掴めなかったから」

「構成員はことごとく呪死。傭兵に関しては、僕らの正当防衛が認められましたけど……」


「傭兵は何も知らされていなかっただろう。行李鞄の中身も知らなかったはずだ」


「白花嬢が狙われた理由は、財閥から高額の身代金を受け取るためだったんでしょうけど」


「高額の身代金ね……」


 ごほごほと、流澄は咳き込んだ。特注品を使った影響が、まだ残っていた。


「まだ病み上がりなんですから、無理はしないでくださいよ!」


「大丈夫だって」


 夕日が、ふたりの影を伸ばしていた。

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