警察からの協力依頼 五 〜遅めの朝食〜
誘拐計画が判明したこと以外、捜査に進展はなく、流澄は屋敷全体を見てみることにした。
丘山の部屋に仕掛けがないことが明らかになり、屋根裏は人がはけていた。
「この部屋、敷物がずれてる」
流澄は、奥から二番目の部屋に入った。
「何もない……。ここはもしかすると、獅子瓜くんの部屋かな」
ずれた敷物を直そうとして、流澄はふと手を止めた。
赤い毛が落ちているのが見えたのだ。
つまみ上げると、柔らかい猫っ毛だった。
「白花嬢の髪だ」
その近くには、橙褐色の髪の毛も落ちていた。
獅子瓜の髪の毛は分かるが、なぜ白花姫の髪の毛も落ちているのだろうか。
「きっと昨晩落ちたのですわ。賢里に餞別の品を渡そうと思って、部屋を訪ねたのです」
「夜にですか?」
「ええ。日中は旅支度に忙しくしていて、暇がなかったのです。荷物検査をした後に渡すのは、少し申し訳ない気がしましたけど」
白花はそう言った。
配達員の青年は容疑を否認している、と連絡が入った。
「組織の人間なら、口封じの呪いがかかっているはずだ。それがないのだから、彼は組織とは関係ない」
「だが、だとしたらあの密書はどうなる」
「あれ自体が偽物ってことは?」
「……」
爽鳩は黙り込んだ。
流澄は懐から袋を取り出すと、クッキーをかじった。
「お腹空いたな。鷺本くーん」
「なんだ、探偵」
「朝ご飯食べに行こう」
明らかに嫌な顔をした鷺本の背を押しながら、流澄は白花に手を振る。
「なぜお前と!」
「訊きたいことがあるからさ」
「で、聞きたいこととは何なんだ」
「昨日の屋敷の様子だよ。君は白花嬢の護衛に選ばれなかったから、屋敷の警備に当たってるでしょ」
鷺本は不服そうにしながらも、流澄と近くのカフェに入った。
澄はサンドイッチセットを、鷺本はオムレツセットを注文した。
「お前のことだから考えがあって訊くんだろうな」
「まあそうだね」
流澄は頷くが、理由を話そうとはしない。
鷺本はしばらく無言で、流澄を睨み付けていた。
「早く話してよ、と言いたいところだけど。まあ朝食がメインだからね」
流澄は早速、サンドイッチにかぶりついた。
鷺本はため息をついて、ナイフを手に取った。
「昨日は女中の送別会があったが、基本的には普段通りだったな。毎週の買い出しの予定も変わらず遂行された。ただ午前に女中がふたり、連れ立って花を買いに行った。新鮮な花を餞にしたいと言っていたな」
「別れの花か、ムニメとか?」
「俺は花は知らん」
ムニメは薄紫色の花で、花言葉は『約束』だ。
「送別会の前に、例の女中の荷物検査をしたが、特に問題はなかったな」
「ふーん」
「ただ、行李鞄の大きさの割に荷物が少なかったな。本人は親のお下がりで、これしか鞄がなかったのだと言っていた」
「女中は住み込みなんだから、それなりに荷物はあるよね。それでも余るほど大きかったの?」
「成人ひとり入るくらいには」
「ふーん」
サラダを口に詰める流澄に、鷺本は顔をしかめた。
「……おい。その作法、なんとかならんのか」
「悪いね、どうにも私は不器用なんだ」
流澄は苦笑して顔を上げると、紙ナプキンで自らの頬を拭いた。
「ところで鷺本くん、君は戦闘は得意かい?」
「もちろんだ。これでも三級魔術師に対応する資格を持っているからな」
「本当に?あの隠密能力で?」
「単純な戦闘の話だ!隠密は不得手なんだ」
「魔術師対応資格があるってことは、君も魔術師なの?」
「いい加減にしろ!白花嬢の護衛をしていたんだ、気付いていただろう!」
「まあね」
「お前はいちいち癪に障るな」と言う声は、流澄の脳に言葉として届かなかった。
内通者の死亡、誘拐計画の証拠、組織とは無関係と見られる新聞配達員。
内通者はひとりだとは限らない。
誰が敵か味方か分からない状況で、気軽に推理を暴露してはいけない。
流澄はコーヒーを飲み干した。
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