警察からの協力依頼 三 〜お屋敷の人気者〜
白花は流澄とのお茶の後、陰の護衛を承諾したらしい。
「俺は選ばれなかったんだが……」
「そりゃあ、前回は全然陰の護衛になってなかったからねぇ」
返す言葉もない鷺本である。
それから流澄は、捜査協力のために白花邸を何度も訪れた。
客人としてではあるが、使用人の動きや、屋敷の様子を確認するためである。
屋敷の中を調べながら、使用人たちと軽く立ち話をする、という具合である。
壁や床に細工がされていないか、魔法がかけられていないか、念入りに確認する。
警官を使わないのは、屋敷の者に対する、白花姫の配慮だ。
「あ、山入端さーん」
「あら、静星さん。この前は差し入れありがとうね、ルームメイトさんにもよろしく言っといてね〜」
差し入れとは、桜手作りのお菓子のことである。
桜にこのことを伝えると、
「心に沁みるお言葉……!もっと精進します」
「楽しみだね」
褒められるとやる気が出るのが人間である。
ある時流澄が白花邸を訪ねると、厨房から賑やかな笑い声がした。
見ると、白花姫が女中たちに囲まれて、お菓子作りに励んでいる。
「腕が疲れるわ、大変なのね」
「代わりますよ!」
そう言って白花からヘラを受け取ったのは、橙褐色の髪の女中だった。
「すごいわ、職人技ね」
女中のヘラさばきに、白花は目を輝かせた。
お菓子を作っている、というだけでいても立ってもいられなくなって、流澄は厨房に飛び込んだ。
「ごきげんようお嬢様方、何を作っていらっしゃるんです?」
「あら、静星さん、ごきげんよう。ケーキですわ」
白花が答えた、その時だった。
ピーピー、と音が鳴り、女中のひとりがオーブンに駆け寄った。
「予熱が完了しました」
「はーい。では姫さま、これをそのまま型に流し込んでください」
橙褐色の髪の女中が、ヘラとボウルを白花に差し出す。
白花は不器用な手付きで、液状の生地を型に流し込んだ。
「残るわ」
「それはこうやって、ヘラでかき集めて……」
例の女中は慣れた手付きで、生地を集めて型に流し込んだ。
底の空気を抜いたら、あとはオーブンで焼くだけだ。
「あら美味しい」
「でしょでしょ、だって私たちこんなに頑張りましたもの」
白花は、ボウルに残った生地を、指で取って舐めた。
女中たちは誇らしげにそれを見守る。
流澄は、お菓子作りのこの一連の流れを、息を呑んで見ていた。
こんなに忙しい作業を、桜はいつもやっているのか。
しばらくすると、スポンジケーキが焼ける甘い匂いが漂ってきた。
流澄は厨房を確認する、と言って居座っていた。
「静星さん、お疲れ様です。あなたにも、よければ味見していただきたいのですが、焼けた後には冷まして、さらにクリームを塗るという作業がありますから、完成にはまだ何時間もかかります」
「全く問題ありませんよ。何しろこのお屋敷は広いですからね、まだ調べていない場所が沢山ありますので」
ケーキひと切れのために、流澄は何時間も屋敷で暇を潰したのである。
ケーキを冷ます間、白花は庭に出て、例の女中と話をしていた。
「春になると、色とりどりの花が咲くんです。特に綺麗なのは、燃えるような赤の花で……」
女中が夢中になって話すのを、白花は静かに頷いて聞いていた。
「私も行ってみたいわ」
「いつかいらっしゃってください」
女中の言葉に、白花は大きく頷いた。
流澄は今出て来たばかりのように、わざと足音を立てて彼らの前に出た。
「私もお邪魔してよろしいでしょうか」
「まあ、静星さん。どうぞ」
「名探偵さんなら大歓迎です!」
女中の名は、
地方の出身で、地方に行ったことのない白花に、いつも地元の話をしているのだという。
「名探偵さんもぜひいらしてくださいね、良質なバターで焼いたクッキーは、最高なんですよ!」
明るくて親しみやすく、おまけに厨房でもよく働く彼女は、屋敷の人気者だった。
「獅子ちゃん、ちょっと来てちょうだい」
「はーい」
二階の窓から女中が顔を出している。
「すぐに戻りますね!」と言うと、獅子瓜は屋敷の中に戻って行った。
「賢里は人気者ですから、私がひとり占めするのは悪い気がしますね」
「ずいぶんと気を使っておられるのですね」
「お嬢様だから特別、という訳ではありませんから。それにあの子、二週間後には実家に帰るんです」
白花は膝の上の拳をぎゅっと握った。
「私だけじゃなくて、屋敷の者全てとの思い出を作って欲しいと、そう思っています」
「きっと今日ケーキを焼いたことは、いい思い出になるでしょうね」
手作りのケーキは、甘くて優しい味がした。
流澄は帰宅してから、桜にぽつりと言った。
「私たちって、無期限で同居してるよね?」
「へ?急にどうしたんですか。僕の給料が上がらない限りは、こんな好条件な下宿でのひとり暮らしは、夢のまた夢ですね」
「次年度も非常勤だったよね」
「そうですけど、バカにしてます?」
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