依頼人はご令嬢 四 〜土産話は協力依頼〜

「け、刑事?何を言って――」


「君は白花嬢の護衛だろう」


 流澄は、湯沸かし器のスイッチを押しながら言った。


「なぜ分かった」


 男は素早く立ち上がると、銃を構えた。

 流澄は両手を上げた。男の黒い瞳が、流澄を鋭く睨み付けた。


「霞くんだよ。彼に取引を持ちかけたが、断られた。それは君も聞いているだろう。彼は利益のある取引を断ったのに、位置特定魔道具の携帯は簡単に承諾した」


 男はまだ銃を掲げている。


「おかしいと思ってたんだよ。白花嬢はストーカー被害に悩まされているのに、白花会長は解決を渋っているようだったからね。つまり、彼も霞くんも、ストーカーを捕まえたくない。そこで思い当たったんだ、彼らは組んでいると」


 流澄はここでひと呼吸置いた。


「君は、白花嬢に近付く誘拐組織を監視していた。もちろん、白花会長もそれを認めていた。しかし、白花嬢にストーカーと勘違いされしまった。だから、彼女を不安にさせないために全てを隠して、霞くんを護衛に付けた。そうだろう?」


 男は、流澄を睨んだまま銃を下ろした。

 流澄はふっと息をついた。


「全てお見通しという訳か。俺は鷺本さぎもと、刑事だ」


「よろしく鷺本くん。誘拐組織に勘付かれないように、君をここまで連れて来たんだけど」


 男は座り直し、流澄はドリッパーにお湯を注いだ。


「お前が俺を捕らえた時も、奴らは令嬢の近くにいた」


「それは私も気付いていたよ。狙いはもちろん身代金だろうね。警察は手こずってるようだけど……」


 カップをふたつテーブルに置くと、流澄はにやりと笑った。男は眉を片方上げた。


「何が言いたい」


「私が協力しよう。誘拐組織の逮捕には、名探偵は不可欠だよね。あっ、もちろん、白花会長には内緒だよ」


 パッと明るい笑みを浮かべて、流澄はコーヒーをすすった。

 男の顔に緊張が走った。


「……お前が名探偵かどうかは知らないが、手こずっているのは事実だ」


「じゃあ決まりだね」


「ああ」


 男はため息をついてカップに口を付けた。

 流澄の顔を盗み見ると、彼は機嫌良くコーヒーを飲んでいる。


 警察は、白花財閥の信頼を流澄に取られる訳にはいかない。

 流澄はそれを知っていたから、気前良く協力を申し出たのだ。


 財閥の信頼を守りたくば、警察は探偵に従うしかなかった。


「ただいま帰りました」


「お帰り」


 桜は、日が暮れる直前に帰って来た。


「生徒と話してたら遅くなっちゃいました。今日の夕飯は何でしょうね――って、これってまさか」


 カウンターの紙袋を見るなり、彼は顔を輝かせて駆け寄った。

 流澄は、本を閉じて顔を上げた。


「土産だよ」


「やっぱり、すめらぎ堂のどら焼きと、これはもなか!湿気ないようにちゃんと封がされてる。で、こっちは桜餅。流澄さん、ありがとうございます!」


「どういたしまして」


 桜のほころんだ顔を見て、流澄は満足気に読書を再開した。


「実は、僕もお土産買って来たんです。生徒の間で流行っている洋菓子店があって」


 桜は照れ臭そうに、流澄の前に箱を置いた。

 流澄は本を置いて箱を開けた。


「私の好きなチーズケーキじゃないか!ありがとう、桜」


「びっくりですね、お土産を買う日が被るなんて」


「最近はあまりお菓子を食べていなかったからね。なんとなく口寂しくなっていたんだろう」


「流澄さんの食べてないは食べてないに入りませんよ」


 流澄は本の表紙を指でなでた。桜は彼の向かいに腰掛けた。


「お仕事の方はどうなりましたか?」


「ああ、今日はストーカーを捕まえて少し話をしたんだ」


「えっ?」


「ほんとは身元を特定して警察を呼ぶべきだったんだろうけど、確認しておくことがあったからね。そうそう、警察から仕事を取ってきたんだよ」


 驚く桜に、流澄は事情を説明した。

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