依頼人はご令嬢 三 〜犯人は気弱な男?〜

 桜は昼食を済ませると、すぐに出勤して行った。

 流澄はあくびをすると、通りに出た。


 太陽が、頭上で照り輝く頃。

 手元を見ると、指輪は青色に光っていた。

 これは、発信機から一番遠いことを示す色だ。


「うーむ、午後から買い物と言っていたから、そろそろ昼食をとる頃かなぁ。それにしても」


 流澄は、霞のかたくなな態度を思い出していた。

 彼は、自分に利益のある取引は拒んだのに、位置特定魔道具の携帯は快く引き受けた。


 流澄が霞に利益を与える理由もないが、逆に害する理由もない。霞のかたくなさは少し不自然だった。


「守護通りまでは、汽車で十分くらいだね」


 腕時計を見ると、午後一時を回っていた。流澄は汽車に乗って、守護通りまで行った。


 守護は、首都内でも特に人の多い地区で、手頃な価格帯の店から高級ブランド店まで、様々な店が立ち並ぶ都会だ。


 専制君主制だった頃に貴族の御用達だった、そんな老舗もある。


 流澄はまた指輪を確認した。

 今度は、二番目に近い色、黄色に光っている。


「白花嬢は、派手なアクセサリーには興味がないみたいだったからね。そうだな、もう少し落ち着いたデザインのブランドは……」


 流澄が、白花の行きそうな店を探して歩いていた時だった。

 指輪が赤色に光った。


「ビンゴだね」


 彼は、目の前の店の看板を見上げた。

 知らないブランド名だったが、ショーウィンドウを見ると、小ぶりなアクセサリーが並んでいる。


 その奥に、ガラスを通して女性客の姿が見えた。

 赤毛を首元でまとめているのは、白花姫だ。扉側には、霞の姿も見える。


 流澄は、入店は控えて外で待っていた。


 四十分ほどして、白花と霞は紙袋を提げて出て来た。

 流澄は、怪しい人がいないか、柱の影で目を光らせていた。


「人混みでも視線に気付くくらいだから、加害者は相当近くで彼女を見ているはずだ」


 犯人に接触するには、白花の近くにいないといけない。

 流澄は通りを早足で進んだ。


 白花は、今度は服屋に入った。

 ショーウィンドウには、上品なデザインのドレスが並んでいる。


 流澄は、隣の和菓子屋を覗いてため息をついた。


「少し高いのは気にならないんだけど、こんなに混んでるとね……」


 ブランド店はそこまで混まないが、少し価格帯の低い飲食店などは、行列ができている。


「おやつの時間が近付いてきている」


 流澄はお腹の辺りをさすり、ふと思い出したように上着の内ポケットを探った。


 茶色い包みが出て来た。それを開くと、クッキーが五枚顔を出した。


「桜に感謝しなきゃ」


 これは一週間ほど前に、桜が焼いたものだ。

 仕事のお供に、と携帯していたのを忘れていた。


 クッキーを大事に食べながら、流澄は一時間半も待った、とはならず、彼は五分でクッキーを食べ切り、ついには隣の和菓子屋の列に並んでしまった。


 白花と霞が店から出て来たのは、彼がもなかを食べている最中だった。


「あ、次はどの店に――」


 流澄が、口の端に付いたもなかの欠片を、指で取った時だった。


 道向かいからこちらに渡って来る者が、彼の目に留まった。

 黒いコートを着た男だった。


 白花は、脇に寄せてあった馬車に声を掛けた。

 男は馬車の横を通ると、流澄のそばの建物の影に入った。


 流澄は、もなかを飲み込んだ。


「うん、美味しいね。桜の分も買っといて正解だ。さて……」


 流澄は紙袋を抱えたまま、男の死角に入るようにして近付いた。

 白花は、不安げな顔で辺りを見回したが、そのまま馬車に乗り込んだ。


「やあ、君」


 流澄は男に声を掛けた。男は顔を上げると後ずさった。


「今、白花嬢のことを見ていたよね?ああ、私は彼女から依頼を受けた探偵だよ。話があるから一緒に来てもらえな――」


 言い終わらないうちに、男はひらりときびすを返して逃げ出した。


 流澄は紙袋を片手に走り出した。男を追いかけて、彼は細い路地をいくつか曲がった。


「桜がいれば、すぐに捕まえられるんだけどなぁ――。まあ私ひとりでも何とかなるし!」


 流澄は全速力で走るが、男に追い付けない。

 しかし彼は、男が大通りを目指していることを知っていた。


 先回りして守護通りに出ると、男はちょうど目の前の路地から飛び出して来た。


「一緒に来てもらおうか」


「お、俺は何もしてない……!」


 男は怯えた様子で壁に手をついた。


「じゃあ逃げる必要なんてないよね」


 流澄が不敵な笑みを浮かべて見返すと、男は諦めたように大人しく付いてきた。


 流澄は下宿に戻ると、男を座らせてキッチンに向かった。

 紙袋はカウンターに置いた。


「コーヒー派?紅茶派?」


 男は口を開きかけて閉じた。

 彼は落ち着かない様子で、しきりに手を組みかえている。


 流澄は、ドリッパーの上でフィルターを広げると、そこにコーヒーの粉を入れた。


「ま、どっちにしろ私はコーヒーしか淹れられないから、紅茶派でも我慢してよね、刑事さん」


 男は目を見開いて顔を上げた。

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