裁判官に物申す

さいとう みさき

私は裁判員制度で裁判に呼ばれた


 現代のこの国ではそれが国民の義務とされ、拒否する事は出来なかった。

 まあ、仕事の方はそれを理由に有給としてもらったので問題無いし、丁度プロジェクトが終わったばかりで時間も出来ていた。


 会社の方は上司にその旨を話、周りの理解もあってこの期間何とかなるだろう。


 そう言う事で私は慣れない、慣れたくもないこんな裁判について参加する羽目となった。





「それではこれより裁判を始めます」



 裁判長のその宣言に一同起立させられお辞儀をしてから着席する。

 今回裁判に参加させられるのは未成年者を惨殺したという中年男性についての裁判だった。

 

 よくもまぁこんな胸糞悪い裁判に一般市民を招いたものだ。

 

 内心の不満を抱え込みながら事前に渡された資料をもう一度見る。



 被告人、東亮介(あずまりょうすけ)四十二歳。

 中堅所の商社に勤め妻と娘二人、普通の四人家族だった。

 だったというのは、今回の被告の家族はその惨殺されたという少年たちによって殺されたのだ。



 話しはこうだった。


 成人法の改定で現在は成人は十八歳となる。

 しかし十八歳前は未成年者と扱われ、罪を犯しても更生を目的とする処置が目立つ。

 つい数年前も同じように少女やその家族をレイプして動画にあげていた馬鹿どもがいたらしい。

 しかしその結末は少年院や保護観察下に置かれて終わっているらしい。

 結果、インターネットなどでそう言った方面での実例が拡散し、やんちゃな若者が犯罪に加担する事もしばしあった。

 まるでそれがかっこいいとばかりに模範にして。


 刹那の快楽を求め、刹那の優越感に浸る為。


 被告人、東亮介の長女は同じ高校のその少年たちにレイプされてしまった。

 そして増長した少年たちは出張が多い父親がいない事をいい事に彼女の家にまで押しかけ、妹やその母親まで犯しつくした。

 そして殺害してしてしまった。

 最後に家に火を放ちすべてが無かったかのようにするために。

 

 まったく胸糞悪い話だ。

 今は死んでしまっているのでその少年たちは何を考え、何をしたかったのかは分からない。

 ただ、撮影されたその現場のデーターがインターネット上に拡散しなかったのだけは不幸中の幸いだ。

 せいぜいその動画を見たのはその父親と警察と此処にいる裁判官や審査員たちだろう。


 そして東亮介は復讐の鬼となった。

 少年たちが犯した罪から約一年後、東亮介は復讐を果たした。

 

 成人する前の少年たちに個人的な天罰を下したのだ。



「被告人、東亮介。以上の事について間違いはありませんか?」


「はい」


 法廷の真ん中にいる中年男性は何か憑き物が落ちたかのように穏やかだった。


「被告人は未来ある少年たちの命を奪った事についてどう思っているのですか?」


「未来ある少年たち?」


 裁判長がそう質問をすると東亮介の雰囲気が一気に変わった。

 それはまるで血の涙を流すかのように。



「裁判長、いや、裁判官の方々に申す」



 彼はそう言って大きく息を吸ってから話始めた。



「私は罪を犯した。だからその罰を受けるつもりです。しかし彼らの罪は誰が裁いてくれたのですか? 警察に相談に行っても保護監査のあいつらは笑っていたんですよ? 私の娘や妻を笑いながら殺した奴等は!!」



 最後には怒声のように話始める。







「復讐して何が悪い! あいつらは私の大事な家族を奪った! 今のこの国の法律では未成年者に対する処罰が無いにも等しい!! 未来ある少年だと? では私の娘はどうなる!? 無理矢理犯され、そして家にまで押し入られ、あまつさえは次女まで犯し、そして私の妻まで!! そしてそれを娘の携帯電話から中継して海外にいたこの私に送り付けた!! 痛いと泣く次女に、私が身代わりになるから止めてと泣く妻に、そしてお父さんごめんなさいと繰り返す長女に!! あいつらがした事は未成年だから許される事か!? そして最後には動かなくなった娘や妻たちに小便をかけ、火を放ち、その尊厳まで汚した奴等に復讐して何が悪い! あんたらだって自分の家族が同じことされて黙っているのか!? 私は、私はっ!!!!」







 その地獄から響くような叫びにこの場にいる全ての人間が凍り付いた。


 資料で知る事とこの男の叫びとは同じもである。

 しかしこの男が叫んだ魂の叫びは相手側の弁護士でさえ黙らせるモノだった。




「もう疲れました。仇は打った。私はもうどうにもなってもかまわない。ただ一つ、裁判長にお願いをします。この裁判が終わったらお願いです、そのむごたらしい動画を消してください。未来永劫娘たちの、妻の悲惨な姿をもう誰の眼にも映らない様に……」




 そう言って東亮介はその場で膝を落し、涙を流しながら天井を見上げる。


 裁判長が咳払いをして休廷を申し渡す。

 東亮介は職員に両手を押さえられ退廷する。


 しばしみんな黙って動かずにいたが、麻痺が解けたかのようにおずおずと法廷を出て行く。



「まったく、胸糞悪い……」



 私もそれだけ言ってこの法廷を後にする。

 再開するにも時間が欲しい。


 今はただみんな同じことを思っているだろう。

 ほんとうに胸糞悪い。


 東亮介は罪を償う必要はある。

 しかし彼の魂の叫びを聞いた人たちはどう思うのだろうか?


 世間ではマスコミが少年を殺した極悪犯と言っている。

 しかしその背景は?

 そしてそれを起こした少年たちは何に影響をされたのだろうか?


 胸のポケットから煙草を取り出しきょろきょろと喫煙場を探す。

 しかし今どきタバコを吸える場所なんてありやしない。


 仕方なく胸のポケットに煙草を戻し、私はつぶやく。



「本当に胸糞悪い……」


 

 と。

 

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