第二話 眠れる水晶の聖女様

 目が覚めた。


 「マナ…!!良かった、目が覚めて…!」


 「おいみんな!マナが目を覚ましたぞ!」


 俺のベッドの周りにはいつのまにか大勢の人だかりができていた。

 父と母がかなりソワソワしていたのでかなり寝込んでいたのかもしれん。


 (ああ…夢じゃなかったのか…。)


 さっきまでの事は鮮明に覚えてる。

 父と母が捕まってて、俺も捕まったのも。

 そして死にたくない一心で魔法を放ったのも…。


 何よりベッドの脇に置いてある一冊の本、これが証拠だ。


 「母さん、父さん、ケガはないですか?」


 「ああ、ケガ一つないから安心しろ。まさかこんなに早くお前に助けられちまうとはな。」


 「マナのお陰で母さん達だけじゃなくて村のみんなも助かったんだよ。」


 母がそう言うと周りの人たちが揃ってお礼を言いに来た。


 「マナ、ありがとうな!」


 「マナくん、ありがとう!」


 俺は助けようなんて考えてなかった。

 ただ自分が死にたくないだけだったんだけどな…。


 でも感謝されるのって、素直に嬉しい。


 「でもマナ?いつ魔法なんて覚えたの?」


 「そういやそうだな。俺たち、魔法教えたっけ?」


 ギ、ギクリ…。

 言われたみれば確かにそうだな…。

 目覚めて数日の少年が突然習ってもない魔法を使ったなんて不自然極まりない。


 「え、えっとお…。最近自分で少し勉強をしていたんです。」


 とりあえず言い訳を言っておこう。

 別に嘘ってワケじゃないしな。


 しかし、俺の言葉でみんなは固まってしまった。


 (し、しまった…!まさか選択を間違えたか…!?)


 と、内心アセアセでいると、


 「独学であそこまでの威力の技を撃つなんて…。お前天才だな!!」


 父が誇らしげな顔で俺の肩をバンバン叩いてくる。

 良かったー…。成功してたよ…。


 「いえ、練習の時はできなかったので多分マグレですよ、マグレ。お父さん達が助かって何よりです。」


 するとバァンと音が鳴り部屋の扉が開かれた。


 「マナが目覚めたとは真か?」


 声と共に入ってきたのはこの村の村長、ホシさんだ。

 髪はハゲてるがたっぷり生やした白色の髭に柔和な顔立ち。

 特にその目がとても優しい人だ。


 「おはようございます。村長様。」


 とりあえず礼儀作法に習い、挨拶をしておく。


 「村長様のお陰で先程、意識が戻りました。本当にありがとうございます…。」


 「うむ、何よりじゃ。してマナよ。お主、もう歩けるか?」


 頭を下げて感謝を伝える父と母に微笑んだ後、俺に向き直って聞いてきた。


 その向き直るまでの間に、本の方に視線を移したのは気のせいだろうか?


 「はい。もう大体は問題ないかと思いますよ?」


 「良い良い。では私についてまいれ。」


 ——————


 こうして俺は今、村長に連れられて歩いてる最中に、例の本をもう一度見ていた。


 本の表紙には以前見た時はなかった文字が刻まれていた。

 水色に光るラインも出現しており、本をほんのりと照らしている。

 ダジャレじゃないよ。


 中身は日本語で書いてあるが、表紙だけはこの世界の言葉でも俺の世界の言葉でもなかったが、なんとなく意味が理解できた。


「''神の書物アンドロメダ''…か。」


 あの時、俺の視界に表示された謎の文字。


 『''能力獲得''』


 と書かれていた。


 つまり、状況から考えてこれが俺の能力っぽい。


 「それにしても…。」


 この本、マジでこの世界の事なんでも書いてあるぞ?

 魔物について、アイテムについて、はたまた秘宝のありかまで。


 「これって…やっぱりかなりチートなんじゃ…。」


 能力の真価に震えていると、村長から声をかけられた。



 「ここじゃ、マナよ。」


 村長がそう言った場所は村から少し離れた洞窟だった。


 「洞窟…ですか。」


 「うむ、中へ入るぞ。」


 洞窟内には空気中に何やらチラチラと輝くナニカが漂っていた。


 その正体は小さな精霊で、ここは聖なるオーラのような力で満たされていた。

 俺は試しに本を開いて調べてみる。


 「ふむふむ…。聖女の眠る洞窟か…。」


 瞬間、俺の額の前には杖が向けられていた。


 「ひ、ひいいい!!」


 「お主、なぜ知っておる?」


 ここで嘘ついたらヤバい。

 なんとなくそう感じたのでありのまま正直話すことにする。


 「え、えと…。この本で…。」


 俺が本を差し出すと村長は杖を俺の顔の前から戻した。あっぶねえー…。


 「む?な、なんじゃこりゃあ、どこの国の文字なんじゃ。」


 「え?」


 もしかして読めないのか?

 いや、普通に考えりゃ日本語だからそりゃそうか…。

 だがあまりにも俺がナチュラルにこっちの世界の文字が読めてたので忘れていた。


 この力もこの本の能力の一つなのだろうか?

 だとしたら便利すぎて至れり尽くせりだな。


 「おお、すまんかったな。別に私はお主の事を全く疑っとらんよ。村の皆もこの場所については知っておる。ただ、ここはそれ程までに重要な場所なのじゃ。分かっておくれ。」


 「は、はい。僕の方こそ疑われるような事言って申し訳ございません。」


 村長は俺に水の入ったボトルを渡してくれた。

 一瞬マジでビビっただろ!

 優しそうな人を怒らせた時ほど怖いのはお約束なんだぞ…。


 「お主は悪くないさ。気にすることはない。さあ、着いたぞ。ここじゃ。」


 どうやら目的地に着いたらしく、周りを見渡してみた。


 「っ…!!すごい…!!」


 思わずその光景に息を呑んだ。

 洞窟の最奥にあったのは一つの光り輝くクリスタル。

 薄い青色の光が暗い洞窟を照らし、クリスタルからはまるでダイヤモンドのようにキラキラと光が煌めいている。


 本物のダイヤ見たことないけど…な。


 しかし、そのクリスタルなど前座に過ぎなかった。

 石の中に居たのだ。女神が。


 「あの人が…聖女様…!!」


 クリスタルの中で眠りし聖女様は、まるでなびいているかのように見える水色の髪を輝かして目を瞑っている。

 一糸まとわぬ姿だったが、美しいと見惚れてしまうほどだった。


 整った顔、容姿、眠っていてもわかる程の慈愛のオーラ。

 まさしく聖女とは彼女に相応しい言葉だろう。


 「さあマナよ。ここに手をかざしておくれ。」


 村長が俺を呼んだ。


 「ここ、ですか?」


 「そこじゃ。頼むぞ。」


 言われた通りに手を石の中央にかざすと、突然眩い光が俺たちを包んだ。


 「うわっ!!」


 キイイイン。

 俺の手の甲に何かの紋章が浮かび上がってくる。

 な、なんで俺にこんな紋章があるんだ?

 だがこっちにきてわからない事だらけなので黙っておくことにする。

 しかし、しばらくすると紋章は消えて、それと同時に聖女様を覆っていたクリスタルは砕け散り、その散らばった破片は集まって聖女様の衣服となった。


 「そ、村長様、クリスタルが。」


 「お主が目覚めたら連れてこい。というのが私に頼まれた命でな。」


 村長が聖女様から視線を外さずに答えた。


 「そうだったんですね…。」


 —————


 そして遂に聖女様がその目を開けた。

 深い碧眼の瞳はもはや神々しいというレベルに達しているだろう。

 瞳の中には宇宙すら見える気もする。


 白と青を基調としたスカートを翻して立つ姿はまるで教会に舞い降りた一人の天使のようだ。

 膝の辺りまでしか丈がないので聖女様の細っそりとしているが肉付きの良い脚線美がまじまじと見えた。

 こ、これはヤベエ…。


 聖女様は視線をゆっくり俺から村長へと移す。


 「ホシ、長い間ありがとうございます…。あなたもすっかり歳を取ってしまいましたね。」


 「またこうしてお話しできる事を待ち望んでいましたぞステラー様…!」 


 会話を察するに聖女様の名前は''ステラー''というらしい。


 「もう。昔みたいにステラーで良いですよ?それにその堅苦しい敬語も。」


 「し、しかしマナのいる手前、示しが尽きませぬし、私はとっくに髪もなくなってしまったハゲジジイ。昔のようにするのは…。」


 「私は今まで通りのホシとお話がしたいです…。」


 聖女様のその言葉には世界を滅ぼせるぐらいの破壊力があった。

 上目遣い。それは神にのみ許された御業。

 俺も大ダメージだが村長にもダメージがあったらしい。


 「…。分かったよステラー。確かに私も違和感というか居心地の悪さは感じておった。やはりこっちのが良いものじゃな。」


 「うんうん。そうですよホシ。私とあなたの仲じゃないですかっ。」


 俺は何見せられてんだ?

 随分と親しげだがもしかしたら村長、昔はクッソイケメンだったのかもしれない。


 「おおそうじゃ。紹介しよう、マナ。こちらが聖女ステラーじゃ。あ、お主は様をつけろよ?許されるのは私だけじゃからな!」


 「は、はい。わかっておりますよ。」


 しょうもない事考えてたら話が進んでた。

 しかし、俺には聖女様を呼び捨てなど畏れ多くてできる訳ないな…。


 「こら、ホシ。あなたはどこで張り合っているのですか。気を取り直して、マナ、会いたかったですよ。」


 聖女様がスカートを軽く持ち上げ、ぺこりと会釈してくれた。


 「いえいえ、大丈夫です。聖女様、僕も会いたかったです。マナとお呼びください。」


 「はい!ではマナ、今から_______っ」


 ドターン!!!


 聖女様の言葉が謎のデカい音にかき消されたと共に俺の視界から聖女様が消えた。


 「せ、聖女様!?」


 村長の方を見ると頭に手を置きやれやれと言っている。

 村長が下を指差していたので恐る恐る下を見ることにしよう…。


 すると…そこにいたのは…。


 「だ、大丈夫ですか聖女様!?」



 聖女様の足元にはさっきのクリスタルのカケラが転がっていた。

 見て察するに盛大にコケて転んだのだろう。


 その姿はさっきまで見ていた、いや、見えてた時よりも小さくなってる。


 どうやら俺の聖女様のイメージと第一印象が脳内補完して、聖女様を威厳があり、神々しい人だと認識していたのだろう。


 実際の聖女様の姿は…少女に近い。


 「あ…たたたた…またやっちゃいました…。」


 聖女様がうめいている。

 顔からずっこけたので顔をぶって赤いのか恥ずかしくて赤いのかは分からないが、どっちにしろかわいいのである。


 (ま、まさか…!!)


 その瞬間、俺の心は叫んだ。


 (聖女様、あなたは…!!''青髪ドジっ娘ロリ聖女''だったのか…!!??)

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