第5話 ルードとの出会い

 誘拐犯が運ぼうとしていた荷袋を開けると、そこには私と同じくらいの歳をした少女が手足を縛られた状態で入れられていた。


 さっきこの少女を殴ったのかと思って、二人の男たちを睨んでみたけど、片方は気を失っているし、もう片方は腕の骨が折れて呻いているだけ。


 私は追加で制裁しようとしたけれど、それよりも誘拐された子供たちの解放の方が先かと思って、その場を離れることにした。


 助けた女の子には憲兵に助けを乞うように言っておいたし、多分すぐに裏路地に倒れている男たちは捕まえてもらえると思う。


 そうなると、その後に子供たちが監禁されている所にも来てくれるだろう。


 そう思った私は、憲兵が来るよりも先にルードがいるであろう監禁場所へ向かうことにした。


 誘拐犯と接触して思い出したけど、確かルードは私が監禁場所に連れていかれたときには、すでに怪我をしていた気もする。


 多分、そこまで酷いようにはされていなかった気がするけど、少しでも早く助けた方がいいと思い、私は単身で乗り込むことにした。


 息を切らしながら、誘拐犯から聞き出したルードが監禁されているであろう空き家へと向かうと、私はそのドアを激しくノックした。


「ルード! ルード!!」


 反応がないのを無視しながら、何度も立て付けが悪いドアを叩くと、やがてゆっくりと扉が開かれた。


 そして、中から現れたのは人相の悪いおじさんだった。後ろに隠した手には何を持っているのか、この状況で想像できないわけがないけど、それ以上にルードの状態の方が気になって私は前のめりになっていた。


「おい嬢ちゃん、何のようだ? 悪いことは言わねーから、さっさと立ち去――」


「邪魔っ!」


「え、うおぉっ!!」


 私はそのおじさんが後ろに隠した物を突き付けるよりも早く、先程のように手のひらに魔力を固めた物を雑に放った。


 先程よりも加減は上手くできたみたいだけど、それをもろにお腹で食らったおじさんは後方に吹っ飛ばされて、そのまま激しい物音を立てて空き家の中に転がっていった。


「ルード!! ルード、いる?!」


「……誰だ?」


 少し低くて胸の奥に微かに響くような声。聞きなじみのあるその声を前に、私は自然と視線が引っ張られていた。


 視線の先にいたのは藍色の髪と澄んだ瞳をしている好青年。いつも見ていた凛々しい顔を幼くしたような顔つきをしていて、その顔は私を見て微かに眉をひそめていた。


 後ろ手で縛られていながら、体のいたるところに傷があるけど、顔面にあったような大きな傷跡もなければ、腕にひどい傷を負っているようには見えない。


 そして何より、生きている。


「ルード! ルードぉ!!」


「え、な、なんだっ」


 数日前に私の目前で無残に闇の魔女に殺されてしまったルードが目の前で生きている。そんな状況を前に私は自分を抑えることができなくなって、そのまま泣きながらルードに抱きついていた。


 困惑するルードをしばらく置き去りにして、他に捕らえられている子たちも置き去りにして、私は生きているルードの体温を感じながら、強く抱きしめていた。


「ちょっ、い、痛いから。一旦落ち着けって」


「そ、そうだよね。ごめんっ、ごめんねっ」


 助けに来たはずの私は涙でぐちゃぐちゃになった顔をそのままに、ルードに抱きついた手を離して、そっとルードの頬についた汚れを袖で拭ってあげていた。


「よかったぁ。ルード……」


「なんだか俺のことを知っているみたいだけど、俺は君のことを知らないんだが」


さすがに、知らない人に急に泣きながら抱きつかれたら、困るものがあるのだろう。ルードは怪訝な表情で私のことをジトっと見つめていた。


ルードがまだ私のことを知らないのだと知っていながらも、私は嬉しさを抑えられず、涙を拭いながら言葉を続けた。


「あっ、そっか。そうだよね。ううん、それでも今は別にいいよ」


「いや、そういう訳にもいかないだろ」


 私のことを不審げに見ながらも、ルードは少しだけ私のことを心配でもするかのようにちらりと見てから、言葉を続けた。


「助けに来てくれたのか?」


「うん、そう、そうだよ。そうだった、今怪我治してあげるからね」


「治す?」


 私はさっき路地の方で倒した誘拐犯から奪ったナイフを取り出すと、後ろ手で縛られている縄を切ってから、痣になっているルードの手首の跡を指の先で優しく撫でた。


「っ」


「ごめんね、痛かったよね?」


 私はそう言うと、そのままルードの手首に触れながら回復魔法を使うために深呼吸を一つした。


 さっきから魔法の制御が上手くできてないけど、回復魔法なら威力が多少強くても大丈夫なはず。


 いつも以上に集中さえしていれば、問題なく回復魔法だって使えると思う。


「――レタブリスマン」


 私が未来で使っていた回復魔法を小さな声で唱えると、私が手をかざしているルードの手首は、緑色の優しい光に包まれて徐々にその痣の跡を消していった。


 そのまま手の位置を変えて、ルードが怪我していそうな場所へと少しずつ移動させていく。


「これは……回復魔法か?」


「そうだよ。他に、痛いところはない?」


「ないけど……いったい、君は何者なんだ?」


「その前に他の子たちも助けないとね」


 それからルードの全身にくまなく回復魔法を当てていき、ほぼ全身に回復魔法をかけ終えてから私はゆっくりと立ち上がって、他に捕まっている子達に視線を向けた。


 この空き家にいた男が気を失ってから、他の子達も少しは安心しているようだけど、それでも両手が縄で縛られたという状態は怖いのだろう。


 まだ微かに身を震わせている子達もいる。


 この子達も助けないと。


 そう思って他の子達の縄を解こうとしたところに、勢いよく飛び込んできた人影があった。


「大丈夫か?!」


 なだれ込むようには入ってきたのは多くの憲兵たちと、数人の大人たち。誘拐された子供たちの親なのか、子供たちを見つけるなりその子達を強く抱きしめていた。


 そして、その中には懐かしい顔もあって。


「あっ……オリスさんだ。オリスさん、若いなぁ」


 久しぶりに見たルードの家の執事。茶色の髪の中に少しの白髪が入り混じっていて、それでも私が知っている顔よりも随分と若い様子だった。


思わず、私は微笑みながらそんな言葉を漏らしてしまっていた。


「じゃあ、また会おうね。ルード」


「ちょっ、ちょっと待ってくーー」


「ルード様!」


 一瞬ルードが何かを言った気がして振り返ると、そこにはすでにオリスさんに強く抱きしめられているルードの姿があるだけだった。


 聞き返そうとしたけど、別にまた会えるしいいよね。


「また、ミルエネ魔法学園で」


 そんな言葉を残して、私はそっとその場から離れることにした。


「ちょっと、君」


「はい?」


 私がその空き家を後にしようとしたタイミングで、肩の上にポンと手を乗せられて振り返ると、そこには憲兵さんの姿があった。


 何だろうかと思って小首を傾げていると、その憲兵さんは言葉を続けた。


「今から親御さん一緒に探してあげるから、勝手に帰らないでおくれ。外にはまだ誘拐犯がいるかもしれないからね」


「え? いえ、私は別に誘拐されたわけじゃーー」


「大丈夫だよ。ちゃんと送っていくからね」


 子供に接するような優しい笑みを向けられてしまい、私は抵抗することなどできるはずがなく誘拐された子供として保護されることになったのだった。


 お父様とお母様の元に送られた後、私が無事なことに二人は泣いて喜んでくれていたが、勝手にどこかに行ってしまったことについては怒られる形になったのだった。


どうやら、ルードを救うことはできても、私が誘拐されたという事実は過去に戻っても帰ることができなかったみたいだった。


 ……まぁ、12歳の少女が誘拐犯をやっつけたなんて信じるはずがないか。

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