第4話 誘拐犯との遭遇

 年に一度行われる収穫祭。今年採れた農作物への感謝と来年の豊作を願って行われるお祭りで、結構規模のでかい祭りである。


 年に一度のお祭りということもあって、多くの貴族も顔を覗かせる祭りでもある。


 貴族の子供たちが来るということは、誘拐犯にとっては最高のカモになるわけで、それを防ぐために憲兵たちも多く配置されるのだが、すべてをカバーすることはできない。


 そして、その被害に遭ったのが過去の私とルードだったわけだ。


 多くので店が並び、食欲をそそる食べ物の香りに鼻をひくひくとさせて、私はお父様とお母様の後ろを付いて歩いていた。


 何もお腹が空いているから食べ物の匂いを嗅いでいるのではない。少しでも当時の情報を思い出そうとして、当時嗅いでいたであろう香りを嗅いでいるのだ。


 このまま私がただ誘拐されないように気を付けて一日を過ごせば、私は誘拐されることはないだろう。


しかし、それだとただ私が誘拐されないだけで、ルードの誘拐は防げないし、ルードが怪我を負わされる未来を防ぐことができないかもしれない。


当時は私を守るために負った怪我だったが、子供に後遺症が残るほどの暴力を振るような連中だ。


何かに理由をつけて、ルードにひどい目を合わせるかもしれない。


 そうなると、誘拐犯の所からルードを救い出さなければならないんだけど、肝心の誘拐犯の居場所が分からない。


 それなら、私が攫われるフリをするしかないのかな……。


 そんなことを考えながらも、私は当時自分がどういうふうに攫われたのか、いまいち覚えていなかった。


 誘拐されたという出来事自体は忘れることがないくらい衝撃的だった。でも、その詳細まで覚えているかと言われると少し怪しいのだ。


 何かを追っていた気もするんだけど、気がついた時には何かを被らされて、そのまま連れていかれたような気がする。


 誘拐されているときとかはすごく怖かったけど、その道中は視界を塞がれていたから、あの場所がどこだったのか覚えてないんだよね。


 それでもなんとか情報はないかと、辺りをキョロキョロと見てみたり、耳を澄ましてみたり、匂いを嗅いだりして少しでも情報を集めていた。


「ん? なんだろ?」


 そんなふうに周囲に目を向けていると、視界の隅の物陰の方に人相の悪い男が二人、大きな荷袋を持って移動したのが見えた。


 収穫祭では屋台が多く出ているから、大きな荷袋を持っていても不自然ではない。それでも、人通りが少ない裏路地を使ってそれを持って移動するという光景は普通ではなかった。


 しばらく眺めていると、その荷袋がもぞっと大きくうねるように動いて、それに焦った男がその袋を強く叩いていた。


 叩かれて大きく跳ねた後静かになった荷袋と、その荷袋に怒鳴るような剣幕をしている男。


ちょうど子供一人くらい入りそうな大きさの荷袋だったこともあり、その中に何が入っているのか察するのは簡単だった。


 私はお父様とお母様にバレないように祭りから抜け出すと、私はそのまま人通りが少ない裏路地に入っていった男たちの後を追って行った。


 多分、あれが誘拐犯だ! 今あの男たちを逃がしたら、ルードの場所も分からなくなるかもしれない!


 そう思った私はルードを助けられる糸口を見つけたと思って、そのまま人通りが少ない道をずんずんと進んでいった。


「確かこっちに来たよね?」


 見失ってしまいそうになりながら必死で後を追いかけていくと、不意に先程まで追っていたはずの男たちの影が消えてしまった。


 どこにいるのだろうと思ってキョロキョロと辺りを見ながら歩いていると、不意に後ろから強い気配を感じた。


「――っ!」


 急に強く感じたその気配に反応して、私は反射的に横に飛んでから私がいたところに伸びてきた腕を取って、そのまま相手の体重を利用してその気配の主を転ばせた。


「ぶべっ!!」


 そして、そんな間抜けな声を出した男は受け身もろくに取らず、顔面から地面に激突してしまった。


「あっ……」


 長年の戦いで培ってきた護衛術。まったく隠しもしない敵意を前に、つい体が反射的に動いてしまった。


 どうやら、体が小さい状態でもそこら辺は反射的に反応してしまうらしい。


 ……ていうか、受け身ぐらい取ってよ。


 私はそんなことを考えながら足元に転がっていた荷袋と、もう一人いたはずの男の姿を目で捉えた。


「くそっ!」


「……え?」


 その男は刃物を構えて私に脅すように向けていたが、私が逃げる素振りを見せずにいると、足元に転がっている男と荷袋をそのままに、逃亡を図った。


「ま、まって!」


 嘘でしょ? 普通丸腰の女の子相手にして、刃物持った男が逃げる?!


 私はすぐに追いかけようとしたけど、筋肉量がただの少女の状態で素早い男に追いつくのは無理だと思って、背を向けている男の方に手のひらを向けた。


 護衛術を体が覚えているのなら、魔法だって使えるかもしれない。単純な魔法なら多分今の私でも使える。


 そう思った私は魔力を手のひらに固めて、それを男の背中に当てるイメージをした。


ただ雑に魔力を固めただけの魔法とは呼べない代物。それでも、魔法構築の速度を考えると、結構使い勝手のいい魔法なのだ。


 ただ男を転ばせられればいい。そう思ってその魔法を使おうとして、手のひらに溜まっていく魔力を感じて、私は違和感を抱いた。


 明らかに相手を転ばせる以上の魔力が込められている。あれ? なんか上手く制御ができない?


「え、ちょっと、魔力強すぎ――あっ」


 なんとか威力を抑えようとした努力虚しく、その魔力を固めただけの雑な魔法は私の手から離れて、暴れるように唸りながら本来の軌道からずれて、走っている男の腕を強く弾いた。


「ギャァ!!」


 男は突然突っ込んできた馬車にでも轢かれたみたいに派手に転ぶと、そのまま汚い地面を勢いよく転がっていった。


 やり過ぎた気がして倒れている男の所に駆け寄ると、私が弾いた方の腕が変な方向に曲がってしまっていた。


「えっと……ごめんなさい?」


 私は腕を抱えて脂汗をかきながら蹲っている男の前に座ると、足元にあったナイフを拾ってから言葉を続けた。


「おにいさん、誘拐した子達がいる場所ってどこ?」


 ナイフを突きつけながらそんなことを問う中で、私は大事なことを思い出して小さな声を漏らしていた。


 そうだ、確か誘拐されそうな子を助けようとして、私も誘拐されたんだった。


 ちょうど、さっきみたいな荷袋を抱えた男を追いかけて……。


 あれ? ていうか、さっきみたいなというかさっきの荷袋じゃない?


 ただ誘拐されるだけだった過去が、まさかこんな形で書き換えられるとは。


 ナイフを突きつけられた男は、ただの少女相手に脅えるような顔をしながら、誘拐をした子供たちを監禁している場所を吐いたのだった。


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