第6話 ミルエネ魔法学園への入学

 ルードを誘拐犯たちの手から救い出して、4年後の月日が経った。


 そして、16歳になった今日、私はミルエネ魔法学園の前に立っていた。


「うわぁ……懐かしい」


 高く反り立つ城壁のような壁に重厚な扉からできている正門。入学生は皆この大きさで圧倒されて、立ち尽くされるというのが常だったりする。


 ミルエネ大国の最高峰の教育機関と呼ばれているミルエネ魔法学園。他の魔法大国とも後れを取っていない最先端の魔法を学ぶことができる機関で、多くの優秀な人材を育成すると名高い学園だ。


 そんな最高峰と名高い魔法学園で、私はこれから数年間魔法を学ぶことになるのだった。


 私はようやく訪れた入学日と、久しぶりに見た校舎を前に思った以上にじんと来てしまっていた。


 学園に在学しているうちから、闇の魔法使い達が少しずつ表舞台に立ってきたので、綺麗な思い出ばかりが詰まっている学園でもない。


 それでも、戦火の跡が残っていない母校を見るのは久しく、色んな官女が込み上げてきてしまっていた。


 ルードを誘拐犯から助けた後の数年間、基本的に時間は魔法の修業に当てるような日々だった。


 昔学園で習った魔法学を思い出しながら魔法学を深く学び直したり、昔やっていた修行方法を試したりして、若返った自分の体に魔法の感覚を慣れさせていた。


 以前に戦った時は闇の魔女相手に手足が出ず、力の差を教え込まれてしまった。魔法使いとしての圧倒的な力の差。


 それを少しでも埋めるために、10年ほど先の未来で闇の魔女と対峙したときに前回の二の舞にならないようにと日々修行に励んだのだ。


 そんな修行を積んで、入学前から卒業後のことを考えて鍛錬していれば、ミルエネ王国の最高峰と呼ばれる教育機関の試験も苦労することなく突破をすることだってできる。


 これでも、未来は一線で魔法大戦に参加していた魔法使いだ。学校の入試試験に苦戦するわけがないのだ。


「そういえば、今回の首席って知らない名前の家だってな」


「なんて言ったっけ? 確か、エバ―ハルト? 知らない名前だよな」


 そして、私の隣を通り過ぎていった男の子たちの会話を盗み聞ぎしながら、私は少しだけドヤっとした笑みを浮かべてしまっていた。


 そう、当時は入学試験のボーダーギリギリだった私だったが、今回はその試験を首席で突破したのだ。


 笑みがこぼれてしまうというのも、仕方ないこと。


 私は鼻歌まじりに、少しだけ当時の思い出に少しだけ浸りながら歩き出した。


 昔、私が本気で魔法を学ぶことを決意したのは、12歳の頃に誘拐された事件がきっかけだった。


 私を庇ってくれたルードが誘拐犯にいたずらに嬲られて、それをやめてと懇願してもやめてもらえずに、ルードに対する武力は悪化していくばかりだった。


 目の前で自分を助けようとしてくれた男の子が、どんどんと傷だらけになっていく。そんな光景を前にして、私は脅えながら自分の無力を強く呪った。


 もしも私に力があれば、私が魔法を使うことができればルードを助けることができたかもしれない。


 そんな強い後悔から、私は魔法の才に長けたわけでもないのに、必死に魔法を学んでお父様に魔法の使い方を習ったのだ。


私なりに必死に努力をしたけれど、それでもミルエネ魔法学園の入試はギリギリ突破するのがやっとだった。


まぁ、私なりの努力の仕方では秘められた魔法の才能が開くことはなかったのだ。私の魔法の才能が開花したのはもっと後の話。


入学してからしばらくの間は学校の成績だって別によくはなかった。それでも、首席だったルードにいつか追いつこうと必死に毎日を過ごしていた。


 ……それでも、首席は少しやり過ぎたかな?


 実際に試験に臨むまでは、首席で入学するほど本気で臨むつもりはなかったのだ。


 それでも、当時は解けなかった問題が解けることが嬉しくて、つい本気で試験に臨んでしまったのは少しの誤算だった。


 でも、下手に手を抜いて試験に落ちても馬鹿らしいしね。うん、しょうがない。


 私はそんなことを考えながら、トランクケースを転がして学園の敷地の中をゆっくりと歩いていた。


 ただ学校に通うだけにしては大き過ぎる荷物だと思われるかもしれないが、ミルエネ王国は全寮制の学園のため、生活できるほどの荷物を学園に運び込まねばならないのだ。


 周りを歩く生徒たちも街で見かけるような軽めのバッグではなく、大きめのバッグやトランクを引いている人が多い。


 事前に学園の方に荷物を手配する人もいたりするけど、以前入学したときに必要以上に荷物を運びこんで無駄に部屋を狭くした記憶があったので、必要最低限にまとめておいた。


 正直、移動距離を考えると荷物を手配すると財布にも優しくないしね。


 そのままトランクを引いていくと、すぐ目の前にお城のように大きな建物が目に入った。


クリーム色をしている複数の建物が連なったようなものが本堂で、屋外には整えられた芝生がびっしりと敷き詰められているグラウンドがある。


 五学年分の生徒が使うだけの教室の数と、魔法の実技をするには十分すぎる広さのグラウンド。少し奥にはメニューが豊富な学食があったりと、学園の設備はかなり良い。


 魔法の才に長けた家系は、裕福な家出身の子達が多いし、そういう子達から不満が出ないようにと色々と考えているのだろう。


 そんな施設や学食を学生価格で使えるのだから、私のような有力な貴族の家庭ではない子供からすると、嬉しい限りなのである。


 そのまま少しトランクを引いていくと、少し離れた所に別館として建てられている学園の寮が見えてきた。


 二つの連なった屋根が特徴的な学園の寮は半分が男子、もう半分が女子という構図になっている寮だ。


 これから数年はここで過ごしていくのだと思いながら、本来の役目を思い出して私は身を引き締めた。


 この学園に隠されているというアーティファクト。それが闇の魔法使いの手に渡らぬように死守すること。


 とりあえずの目標としては、私がすべきことはそれだろう。


 あとは、中々自分の気持ちに素直になれず、ずっとルードに言えなかった気持ちも伝えられたらいいなと思う。


 まぁ、この学園は結構敷地が広いし、そもそもルードと会うのもいつになるのか分からないけどね。


「――見つけた」


「え?」


 そんなことを考えながら、トランクを引いて寮の方へと向かっていると、聞きなじみのある声が聞こえた。


 振り向くよりも早く手首を掴まれて、私が振り向いた先には顔の整った藍色の髪をした青年が立っていた。


 藍色の瞳がまっすぐに私を見つめていて、私は4年ぶりに見たその瞳に吸い寄せられていた。


「……ルード。ルードよね?!」


「やっぱり、誘拐されたときにいた女の子だよな?」


 4年ぶりにあったルードには、以前少しあったような幼さがなくなっていて、代わりに少しの色気を感じさせるような雰囲気になっていた。


 私と頭一個分くらい違う身長とすらりとした体つきは、以前に会った時と比べ物にならないくらい異性を感じさせるものになっていた。


「うわぁ、すっかり男の子っぽくて、かっこよくなったね! 身長も私より全然大きくなったし」


「……そいつは、どうも」


 小さい子の成長を感じるようにそんな言葉を口にすると、ぐいっと来ていたはずのルードは私から少し視線を外して微かに照れているようだった。


 あれ? 何か照れるようなことあった?


 私がルードの態度に小首を傾げていると、ルードは本来の目的を思い出したのかハッとした後、私の手首を少しだけ引き寄せた。


「っと」


「少し話がある」


「話?」


 真剣な顔で私のことを見つめるルードの視線に首を傾げながら、私は想い人に手首を掴まれているという状況を前に、少しだけ心臓の音をうるさくさせていた。



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