第2話「修道院と新聞記事」



一年後、私は修道院で新聞を眺めていた。


新聞の一面には王太子が毒杯をあおぎ、元王太子の婚約者の男爵令嬢が処刑されたという文字が綴ってあった。


「あらあら二人共一年でだいぶ変わったわね」


新聞記事の二人の似顔絵は覇気がなく、髪はボサボサで、目の下にくまができ、酷くやつれていた。


卒業パーティのとき、我が世の春を謳歌していた彼らとはまるで別人のようだ。


王太子の実家は取り潰され、宰相の息子は処刑、宰相の実家である公爵家も取り潰された。


さて、幸せの絶頂であった彼らが、なぜ一年でここまで落ちぶれたのか、皆も知りたいだろう。


そのためには少し自分語りをしなくてはいけない。


私エリザベート・ラッセルは、12歳の時前世の記憶を取り戻した。


前世はゲーム好きの普通の女子高生だった。


ゲームの世界の悪役令嬢に転生したと知った私は、ゲームの知識を活かし、家の権力を拡大する計画を立てた。


私がその計画を立てたのは、前世の自分よりも、現世での私の自我の方が強かったらしく、前世の自分を吸収する形となったからだろう。


だから前世で読んだ転生ものの主人公のように、王太子と円満婚約破棄しようとか、ゲームヒロインと仲良くなってトゥルーエンドを目指そうとか、実家と縁を切り田舎でスローライフしようとか、そんな考えは一つも浮かばなかった。


私は公爵令嬢として生を受け、実家のために生きている。


だから家の権力を拡大するために使えるものは何でも使う。


前世の知識だろうが、婚約者だろうが、貧しく健気な民だろうが、なんでもだ。


このまま王太子と結婚したとしても、実家はいち公爵家のまま。 


目の上のたんこぶである宰相はいるし、魔術師団長や騎士団長など邪魔な役職も多い


私はもっと大きな力がほしかった。


宰相も魔術師団長も騎士団長も蹴落とし、王家力すら吸収するほどの力が。


その力を手に入れるため、私はゲームの知識をフル活用することにした。


私が最初に目をつけたのは、ヒロインの実家である男爵家だ。


ヒロインの父親である男爵を洗脳し、邪神教に入会させ、邪神復活のための生贄を集めさせたのだ。


我が国では邪神教への入会は固く禁止されている。


邪神教に入団したものは家族もろとも死刑。


邪神を生贄を捧げていたものは拷問の末に三親等先の親族まで処刑される。


王太子との婚約発表後に、男爵令嬢の実家が邪神教崇拝者による連続誘拐殺人事件の黒幕だと知れ渡ったら、どれほどのスキャンダルになるだろう?


この計画を考えた時、興奮で背筋がぞわぞわした。


富めるものからも貧しいものからも怒りを買うように、生贄は貴族、富豪、平民から平等に選んだ。


遺族の怒りが増すように、生贄の私物に血をつけて実家に送り届けた。


王太子と宰相の息子と、その他の取り巻きの間に溝ができるように、王太子と宰相の息子の親族や親しい人間はターゲットに選ばなかった。


逆に魔術師団長と騎士団長の息子の親しい人間をターゲットに定め、二人のトラウマに残るような酷い殺し方をした。


こうすることで、男爵令嬢の実家が邪神教による連続誘拐殺人事件の黒幕だとわかった時、両者の間に温度差が生じる。


案の定、男爵令嬢の父親が邪神教崇拝者による連続誘拐殺人事件の黒幕だとわかった時、王太子と宰相の息子は事実を隠蔽しようとした。


男爵令嬢を守るために、また自らの保身のために。


王太子は邪神教の崇拝者の娘を婚約者にしてしまったし、宰相の息子は二人の仲を取り持ってしまった。


事実が世間に知れたら二人共無傷ではいられない。


魔術師団長の息子と騎士団長の息子はそれが許せなかった。


親しい人を殺した男爵令嬢の父親も、その娘である男爵令嬢も、その事実を隠蔽しようとする王太子も、宰相の息子も、全て許せなかった。


だから二人は、事件の真相を新聞社にリークしたのだ。


事件の真相は新聞社によって暴かれ、邪神教崇拝者による連続誘拐殺人事件の黒幕の娘を婚約者にし、その事実を隠蔽しようとしたした王太子の名声は地に落ちた。


もちろんそれに加担していた宰相の息子も無傷ではいられなかった。


王族は自らの保身のために王太子を切り捨てた。


邪神教崇拝者による連続誘拐殺人事件の黒幕である男爵は処刑され、男爵家はお取り潰しになった。


そして男爵の三親等先の親族まで、残らず処刑された。


もちろん本作のヒロインであるジーナ・シフも例外ではない。


私はやつが転生者であることを知っている。


私は学園に入学してすぐ、私ゲームの筋書き通り男爵令嬢を虐めなかった場合、やつがどのような行動に出るか試した。


悪役令嬢の虐めがなければ、男爵令嬢の攻略対象の距離は縮まらないからだ。


痺れを切らしたやつは、虐めの証拠を捏造した。


やつがクズで良かった。遠慮なく叩き潰せる。


男爵令嬢が処刑されたあと、私がやつにはめられたと報じれば、世間は私に同情するだろう。


それも計算のうちだ。


魔術師団長の息子と騎士団長の息子は、敵の娘と王太子の仲を取り持ったことに負い目を感じ、自らの実家から籍を抜き、北方の戦場に赴いた。


彼らの親は魔術師団長と騎士団長の職を辞し、爵位を二つ降格させた。


これで王太子妃と、宰相と、魔術師団長と、騎士団長の座に空きができた。


信頼の回復と第二王子の後ろ盾を得ることに躍起になった王家は、私に第二王子との婚約を打診してきた。


第二王子は今年十三歳。私とは六年の年の差だ。傀儡にするには丁度よい年齢だ。


私は、第二王子との間にできた子を王太子とすることを条件に、その話を受けた。


その間に父は宰相の職に就き、親族のものを魔術師団長と騎士団長の職に就けた。


父も抜け目がない。


こんな大掛かりなことを私一人ではできるはずがない。当然父もぐるだ。


邪神教崇拝者による連続誘拐殺人事件の黒幕だと怪しまれないように、公爵家からも何人か被害者を出している。


自ら殺すように命じた親戚の少女の葬儀で、涙を流す父は、演劇の賞を取れるほど名演技だった。


肉を切らせて骨を断つ戦法だ。


そのおかげで邪魔なゴミどもを一掃できた。


これからは我が家の天下。




◇◇◇◇◇


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