この町の小さな花屋

とろり。

お母さん、ありがとう




 この町の片隅に小さな花屋がある。その店の店主は“話せない”。いや、正確には声を出すことができない。だから、紙を使ってやり取りはできる。

 店の前の看板には花々のイラストと“店主、話せません”の文字。道行く人たちは、入店を躊躇する。だが、噂を聞いた人たちは躊躇ためらわずに店に入る。

 店主の名前は“はな”。首から下げている名札にそう書いてある。書いてあるだけで本当に“花”かどうかは分からない。本人は名前について何も答えない。

 小さな体はまるで小学校高学年の女の子のよう。見ようによっては中学生や高校生にも見えるが、背が低いのは変わらない。店を開いているのだから二十歳は超えているのだろうが。



 カランコロン


 お客様だ。大人、というよりはおばさんの方がしっくりくるだろう。女性は“花”に“オーダー”を渡した。

 “オーダー”。この店独特のやり方だ。“オーダー”を通して花を買うのだ。

 この店には花を買うための三つのルールがある。


 [一つ目]

 ・贈る相手について詳細に記入すること。自分のために購入する場合は自分自身について記入すること。

 [二つ目]

 ・今の状況を記入すること。

 [三つ目]

 ・購入した花に愛情を込めると誓うこと


 上記ルールがつまりは“オーダー”になる。お客はそれを“花”に渡す。

 そのルールがあるため、また、店主が話せないために訪れる客は少ない。



 “花”は女性から“オーダー”を受け取ると、裏に入り、しばらくして赤いカーネーションを持って現れた。

「ありがとうございます。母に渡そうと思います……」

 女性は言葉をつまらせながら言った。

 レジで会計を済ませると、少し重い足取りで店を出た。


 カランコロン


 “花”はそれを心配そうに見つめていた。



 ――――


 総合病院。

 先程購入した赤いカーネーションを持って、私は母のいる病室へと向かう。

 202号室から看護師が出て来て、私を見つけると「お母様、まだ元気そうですよ」と言った。

 “まだ”が少し強調されていた。「もう長くはないのだろうか……」、私は呟いた。

 看護師が去って行くのを見送ると、病室のドアに手をかける。


「また、姉と間違われるのかな」


 少し笑った。自分自身に笑った。

 三年前に亡くなった姉。母は私に姉の姿を重ねていた。精神の病気だろうと医者には言われていた。


「カーネーション、喜んでくれるかな……。たぶんまた……」


 このまま病室のドアを開けずに帰ろうと踵を返すと、ひらっと何かが落ちた。紙だった。



 “オーダー承りました。


  お花は愛情を、想いを込めて贈ってください。

  きっとあなたの想いが伝わるはずです。


  店主 はな より”



 もう一度ドアの前に立つ。そして――



 ドアを開けると、母がベッドの上で横になっていて、顔だけ窓越しに空を見つめていた。

「お母さん」

 母は私の方を向くと、「美羽みう、元気かい?」と呼んだ。姉の名前だった。

 けれど私は聞こえない振りをし、気持ちを整えて「母さん、ありがとう」と赤いカーネーションを渡した。

 母は微笑んだ。少し間が空いて――


 ――ありがとう、美咲みさき



 私の名を呼んだ。

 三年間、こんなに近くにいるのに、母の記憶に私はいなかった。しかし今日、母は確かに“美咲”と呼んだ。母の目には確かに私の姿が映っていた。

 そして、ぽろぽろと二人で涙を流した。




 この町の片隅に小さな花屋がある。そこで購入した花を相手に贈ると想いが届くという。そんな噂が少ないながらも広まっている。今日もまた一人、想いを伝えられた。小さな幸せがまた生まれたのだ。


 カランコロン


 おっと! お客様だ。今日は繁盛してますね、“花”さん!



 おわり





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この町の小さな花屋 とろり。 @towanosakura

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