第47話 八雲と調理実習

 「…………」


 朝、学校の準備をしているとなぜかテーブルに置かれたエプロンを神妙な面持ちで見つめる八雲やくもがいた。

 既に制服に着替え、準備を完璧に終わらせていた八雲だが、なんでエプロン眺めてんだろ。


 「八雲?どうしたんだ?そうなにエプロン見つめて。」


 「あ…みなとくん…」


 俺の声に気づき、こちらを向く。

 その顔は今日の天気のように曇っていて物憂げだ。


 「何かあったのか…?」


 「えっと…」


 少し考えてから八雲は口を開いた。

 八雲のこんな顔は久々に見たため俺にも緊張が走る。


 「今日…調理実習があるじゃないですか…?」


 「あー、あるね。」


 「その…私料理できないから…ずっと周りの人に迷惑かけちゃってて…それで少し落ち込んでいたんです…。」


 「なるほどね…。」


 確かに昔、出会ったばっかりの八雲ならそうだったかもしれない。スクランブルエッグはダークマターとなり黒焦げだったし、触れば皿が割れるあり様だったのだ。

 しかし今の八雲は違う。元々あった天才肌気質と率先して手伝ってくれるおかげでかなり出来るようになっているはずだ。


 椅子に座る八雲の目線までしゃがみ、俯いている彼女の顔を見た。

 そして優しくそっと頬を撫でた。


 「大丈夫。今は俺と一緒に料理してきてるんだから。上手くなってるよ絶対。」


 「そうでしょうか…。」


 「もちろん!俺が保証する。」


 自分の胸を軽く叩き、豪語した。

 もちろん、嘘偽りを言ったつもりはない。


 「…湊くんがそう言うなら…私…頑張ってみます…!」


 俯いていた顔をあげて俺の目を見て言った八雲。

 良かった、これで安心してもらえたかな。


 「お兄ちゃん、私行くから遅刻しないようにね!」


 二人で話していると玄関から出て行こうとするすいが大きな声で言ってくる。

 昨日、マツリさんに会えなかったので拗ねてるらしい。翠のやつ、帰り遅かったもんなあ…


 「分かってるよ、お前も気をつけて行けよ。」


 「はーい!」


 バタンと音がして翠が出て行った。


 「俺たちもそろそろ行こっか。」


 「ですね。」


 すると決心したのかテーブルにあったエプロンを握り、カバンへと入れた八雲。


 同じクラスだが同じ班だとは限らない。

 八雲の成功を祈っておこう。


 ——————


 「4班は内藤ないとうくんと白華しろはなさん、青山あおやまくん、マツリさんです!」


 まさかの一緒の班になった。

 しかも班員は俺、八雲、紫央しおにマツリさん。完全にいつものメンツである。


 「こりゃあ全然変わりねえ班だな!やったぜ!」


 「だな。」


 嬉しそうにする紫央。

 内心、俺もかなり喜んでた。


 「八雲ちゃんに湊くん…それにmaster師匠も一緒だなんて…。ああ…ボクは幸せだ…」


 天に祈りを捧げているマツリさん。

 金髪に三角巾をつけ、エプロンを着た姿も似合っており、男子たちは羨ましそうに俺たちの班を見つめている。


 だが男子たちが羨ましがる理由はマツリさんだけじゃない。

 普段、俺以外は見る事のできない八雲の激レアなエプロン姿。これ見よがしにと眼球と記憶に焼き付けているようだ。

 チェックの入ったエプロンをまとった八雲は''理想のお嫁さん''を体現してるかのような素晴らしさなのだ。

 ちょっと優越感で嬉しくなるのは抑えて、今朝不安そうだった八雲の顔を伺う。


 その顔に曇りはなく、むしろやる気に満ちているようだ。


 「まさか班一緒とはなあ。」


 「ですね。ですけど湊くんが一緒で安心したらなんだか出来る気がしてきました!」


 「おおっ、それは良かった。頑張ろうな!」


 「はい!」


 二人で話していると先生の大きな声が教室に響き渡った。


 「それじゃあ各班、調理を始めてくださーい!」


 声と同時に全員が一斉に動き出す。


 「よし、作るものは肉じゃがだから…じゃあ俺と八雲で具材を切ってくから紫央とマツリさんで鍋とかを準備してくれ。」


 「オッケー!」


 「分かったよ!」


 早速俺たちも調理にかかる。

 料理慣れしてる俺と八雲で具材の野菜や肉を切っていき、紫央とマツリさんに次の工程にスムーズにいけるように鍋や食器、調味料などをあらかじめ準備してもらう。


 トントン…サクサクサクサク…


 「湊くん、じゃがいも切り終わりました。」


 「お!すごい綺麗じゃん。」


 「本当ですか!」


 「うん!めちゃくちゃ上手いよ。じゃあ俺も肉そろそろ切り終わるからにんじん切っちゃって。」


 「了解です!玉ねぎは良いのですか?」


 「玉ねぎは俺やるよ。冷やす暇なんてないだろうから目に染みたら痛いでしょ?」


 「そ、それは湊くんだって一緒です。」


 「俺はいーの。何回もやってて慣れてるし八雲に痛い思いさせたくないからね。ほらささっとやっちゃお。」


 「むぅ…分かりましたけど納得いきません…。」


 「じゃあ今度家でやってもらうから、それで良い?」


 「まあ…それなら良いですけど。湊くんばっかり痛い思いしないでくださいね。」


 「はーい。」


 いかん。もしかしてこれ、我ながら甘やかしすぎてるか?

 これじゃ八雲が成長するための手助けにならないけど…ダメだ、やっぱり玉ねぎで涙流すなんて可愛いところを他のヤツに見せたくない。

 うーん…段々と重いやつになってないかな俺…。


 ——クラス一同——


 「お、おい…なんかあの二人すげえ息合ってねえか…?」


 「くそぅ…湊のヤロウめ…玉ねぎで痛がってる白華さん見たかったのに…。気づいてやがったか…。」


 「それにしてもさ、あの二人なんかさ…」


 「分かる!雰囲気がそうだよねぇ。」


 「うん…まるで……」


 『夫婦みたい…』


 ——————


 さっきから温かな目で見てくるクラスの視線が気になるところだが、気にしないで料理を進めることにする。

 八雲もすごくやる気になって頑張ってくれているのを見ると朝の事がまるで嘘のように感じて感動しそうだ…。


 現在は肉も入れて具材を鍋で炒めている工程。ここは俺たち二人ばっかやるわけにはいかないので紫央とマツリさんにやってもらうことに。


 「これがJapan日本の母の味…。そしてこれを作ったのは八雲ちゃん……ああ…神の食べ物だよこれは…。」


 「そうだぜ、湊の料理はマジで美味いからな。期待してなよマツリサン!」


 マツリさんは日本の料理に…興味津々のようだ。いつの間にか紫央とマツリさんは仲良くなっていたようで最近はこのメンバーでいる事が多い。

 ここにいないクロエがなんともいたたまれない。


 「お、そろそろ水入れても良いんじゃないか?八雲さん、そこにある水入った容器取ってくれない?」


 「容器ですねー…分かりました!」


 八雲が机に置いてある容器に手を伸ばそうと少し歩く。

 しかしすぐ近くに置いてあった包丁の持ち手に体が当たってしまったようで落ちてきてしまった。


 「八雲!!」


 「きゃっ!」


 カーン!


 急いで八雲をこちらへと抱き寄せてその場から遠ざける。

 幸い包丁は誰もいない場所へと落ちた。


 「八雲、危ないから包丁とかは使ったらすぐに洗うとかして片付けとかないと。」


 「ごめんなさい…忘れていました。」


 自分が失敗してしまったことで俯いてしまった彼女の頭に手をぽんと乗せて優しく撫でる。


 「分かれば良いんだよ。怪我がなくて良かった。」


 「うう…湊くん…!」


 ——クラス一同——


 『あ…これは本物ホンモノの夫婦だ……」


 ——————


 「「いただきまーす!」」


 途中、ハプニングは起こったもののしっかり出来上がった料理。

 箸などを準備して早速食べてみることにした。


 「………」


 全員が肉じゃがを口に運ぶのを真剣に見る八雲。今回は八雲のためにも彼女主体で作ったので俺よりも八雲の功績がデカい。


 ぱくっ


 俺たち三人は同時に肉じゃがを口に入れた。


 「んー…うめえ!味染みててマジで美味いぞ!」


 紫央が美味そうに目を瞑りながら絶賛する。


 「ああ…湊くんと八雲ちゃんの共同制作…愛の結晶…happiness幸せ…。」


 マツリさんなんて涙を流しながら食べているほどだ。


 「うん!すっごい美味しいよ八雲!上手くなったな!」


 「本当ですか…!嬉しい……!」


 そう伝えるとうっすらと目に涙を浮かべて喜んだ八雲。

 これで調理実習が嫌な思い出にならなくて済んだかな。


 「あの…白華さん…?」


 「…?」


 八雲を呼ぶ声がしたので見てみるとクラス一同が八雲の後ろに並んでいた。


 「俺たちもその…一口ずつ白華さんの食べても良いかな…!」


 「……!もちろん…もちろんです!いっぱい食べてくださいね!」


 今までこんな経験はなかったのか、嬉しそうに笑顔を浮かべて彼女はそう答えた。


 うん…俺もこの笑顔を見るために今日は頑張ったんだし。八雲が一歩成長できて良かった。


 


 


 


 ☆☆あとがき☆☆

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