第40話 第一章 了





 結局のところ、 私たちは街を出た。あんなことをしてこの街にとどまり続けることはできない。幸い、オーナーがやってきたという街なら当てがあるらしい。オーナーの話によれば、三つあるファクトリーはお互いに不可侵らしい。つまり、ここでお尋ね者になったとしても、別のファクトリーが管轄している街なら問題なく暮らせるということだ。


 このまま身を隠して暮らすとしても、我々アンドロイドだけなら良いが子供にそんなことはさせられない。人間は脆く、アンドロイドと違ってパーツを交換できないし、すぐ死んでしまう。だから今の街に隠れ住むのではなく、新天地を目指すことにした。何にも怯えることなく子供との暮らしを手に入れることが、今の私の使命だ。面倒だが、子供の笑顔を見ると捨て置けない。意外なことに、この案には全員が賛成した。我々は、気付かないうちに子供の無邪気な笑顔と純粋さに勇気を与えられていたのだ。


 街と街とをつなぐシャトルバスがある。早朝の乗り場には我々以外だれもいなかった。元々、街を行き来するアンドロイドは少ない。我々は役目を与えられた場所でのみ行動することが多いからだ。


「あんたもついてくるのね」


 立ったままのミシェルが、椅子に座っているルートヴィヒを見下ろして言った。元々ルートヴィヒは少年型素体だったが、ミシェルの新しい下半身が脚長だったために、身長差が大きくなった。ルートヴィヒは気に入らないらしいが、ミシェルはそれをネタにずっとルートヴィヒをからかっている。


「うるさい。僕がどこに行けるっていうんだ。何なら武蔵と一緒に殺されておけばよかったよ」


「せっかく助けてやったのに」


 オーナーが言う。


「お前が助けてくれたわけじゃないだろ」


「まあまあ」


 個性の強い彼らをまとめていけるのか不安だ。


「お前の子供は助かったから良いけど、他にもたくさんいるんだろう? クローンが。彼女らはどうするんだ。助けないのか?」


 オーナーが私を疲れたように地面に座り込んだ。上級アンドロイドのくせになんて怠惰なんだ。


 私は彼が言っている意味がよく分からなかった。


「私の子供はこの子だけだ。それ以外の人間を助ける必要なんてないだろう?」


 私にとっては他の人間は必要がない。どういうわけか、人間を保護するプログラムはこの子以外には働かなかった。


 オーナーはぽかんとした顔で私を見上げた。


「やあ、君たち」


「うわ」


 突然、背後からサイバーパトロールに声をかけられた。彼らの制服は特別目立つ。面倒な相手に捕まったものだ。


「昨日はどうも。今度は逃さないからな」


 声に聞き覚えがあった。帽子の下の顔を覗き込んで、私は「あっ」と声を上げてしまった。あのとき、私を逮捕しようとしたサイバーパトロールだ。名前は確かアリア。


「なんだ? 殺すか?」


 ルートヴィヒが手のひらから炎を出す。アリアがそれを見て眉をしかめた。ただのサイバーパトロールのくせに、やけに威圧感があった。


 オーナーが座ったままルートヴィヒを手で制する。


「わかってる。サイバーパトロールに手を出すほど馬鹿じゃねえよ」


 ルートヴィヒの炎が消えた。このメンバーなら、彼女一人をどうにかすることは容易いだろう。しかし、普通の警察と違ってサイバーパトロールに手を出すと後々厄介なことになる。


「その慌て様……もしかして、ビルの爆破にも関わってるんじゃないか?」


 アリアの目が光る。比喩ではなく、本当に光ったように見えた。


「まさか。我々はこれから旅行に出るので」


 私がそう言って踵を返すと、アリアが私の肩を掴んだ。随分力が入っている。


 振り返ると、監視カメラが視界に入った。わざわざこんな早朝にこんな場所に、サイバーパトロールが来る道理はない。もしかしたら、彼女はあれからずっと私のことを探し回っていたのではないだろうか。あのカメラに映った私を見つけて、仕返しをするためにやってきたのではないか。そう思うとゾッとした。


「そう慌てなくてもいいじゃないか。見たところ、シャトルバスもまだ来ていないみたいだ。時刻表は……うん、随分余裕があるんじゃないか?」


「そう見えますか?」


 冷静ぶってみたが、きっと彼女には見抜かれているだろう。


 ルーカスが銃を抜こうとする気配がした。私は彼を見て首をふる。それを見てアリアがルーカスを振り返った。彼はテンガロンハットを深く被って、寝たフリをした。


 アリアがルーカスに近寄り、テンガロンハットを取り上げた。ルーカスは露骨に不機嫌な顔をした。


「お前は最強アンドロイドルーカスか。こいつはまた、とんでもないパーティを組んだものだな」


 ルートヴィヒが立ち上がってアリアを睨みつけ、テンガロンハットをひったくるとルーカスの頭に載せた。


 一触即発の空気だ。間違いない。やはりアリアは仕返しに来たのだ。彼女は我々を挑発している。また昨日のように手を出したら公務執行妨害で引っ張るつもりに違いない。


 アリアが振り向きざまにルートヴィヒに足を引っ掛けた。


「おっと、ごめんよ。足癖が悪くてな。チビ過ぎてよく見えなかった」


 転ばされるまではルートヴィヒは大人しくしていたが、チビ、と言われたことで彼の感情のタガが外れたようだった。両手から火柱が上がる。


「やめろ」


 私とオーナーとルーカスとでルートヴィヒを押さえつける。それでも止まりそうもなかったので、地面に押さえつけた。


「なんだ? 公務執行妨害で逮捕してほしいのか?」


 アリアは押さえつけられたルートヴィヒに顔を近づけた。両手から上がっている炎に息を吹きかけて遊んでいる。


「もう良いでしょう。我々はシャトルバスを待っているだけだ」


 嘆願するようにアリアを見上げるが、アリアは私の顔面を蹴り上げて髪の毛を掴んだ。


「いいわけあるか。お前だけはこの街から出すわけにいかないんだよ」


「どういう……」


 アリアは私の顔を地面に叩きつける。


「公務執行妨害だ。連行しろ」


 アリアが言うと、どこからともなく警察がゾロゾロと現れた。私の体を掴んで引きずっていこうとする。私の手が離れてしまって、子供が泣き出した。耳につく声だったのでアリアが不快そうに眉をしかめた。


「待て、私は何もしていないだろう」


「こんなの違法だわ」


 黙っていたミシェルが怒りをあらわに、私の体を掴んだ警察たちを次々と再起不能にしていった。それを見たアリアはフフンと鼻を鳴らした。


「ほらな。公務執行妨害だ」


 我々は逮捕された。








第一部 了


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ヤクいサイバーパンクと世界に一人だけの少女 よねり @yoneri

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