第36話
あの炎を受けて、ほんの少しも皮膚にダメージを受けていない。
「お返しだ」
ボスがルートヴィヒに手をかざすと、手のひらからルートヴィヒのものよりも強い炎が吹き出した。
ルートヴィヒは炎に包まれ絶叫した。床を転げ回るが火が消える様子はない。ルートヴィヒはマフィアたちの死体に飛び込んだ。ようやく火が消えたとき、ルートヴィヒの皮膚は表面がどろどろに溶けていた。その姿を見て、ボスは大笑いした。
「炎はお前だけのものじゃあないんだよ」
満足気に吐き捨てるボスの後ろで銃声がした。ルーカスだ。ボスに向かってショットガンを打ち込んだ。
しかし、ボスの皮膚に傷ひとつつけられない。
「おいおいルーカスぅ。随分な挨拶だなあ」
ボスはルーカスに向かって拳を振り下ろす。すんでのところで躱したが、ほんの一瞬前までルーカスがいた床に大穴が空いた。
「まさか」
思わず声が出てしまった。
まさか、ボスはーー。
「気付いたか?」
振り返ると、ボスの体から禍々しい殺気が放たれる。
躱せないーー。
本能が白旗を上げた。私は死を覚悟し、その場に座り込んだ。
「おいおい、情けないな」
急速に殺気がしぼむ。
「俺が今、刀を持っていなくてよかったな」
ボスがゆっくり歩いてきて、私の肩を叩く。肩が砕けるかと思った。
間違いない。ボスはーー。
「俺は四天王全員の技を使えるんだ。いや、違うな。俺が使える技を、あいつらに一つずつ分け与えてやったんだ。これだけは別だけどね」
ボスがルートヴィヒ、武蔵を順番に指差す。そして、最後にルーカス。
ボスは指さしたまま、その腕を外す。そこには、ルーカスと同じ銃身がついていた。
「この荷電粒子砲は面白そうだからルーカスのマネをしてつけたんだ」
「まさか……」
「なんだ、お前たち知らなかったのか。ルーカスも四天王の一人だ」
私とミシェルは驚いてルーカスを見た。ルーカスは視線を逸したまま、肯定も否定もしなかった。
たしかに、能面アンドロイドもルートヴィヒもボスも、ルーカスのことを裏切り者と呼んでいた。
あんなに強いルーカスが、タダの用心棒なはずがないのだ。考えればわかったことだ。
「もしかして、最初から私と彼女のこと、わかっていたのか?」
私の問いに、ルーカスは答えなかった。
「なら、どうして……」
「感傷ごっこはそこまでだ」
ボスの腕が光る。このプレッシャーは荷電粒子砲だ。
こんなところで終わるのか。
私は死んでも良い。だが、子供だけは助けなければ。
「ルーカス。聞こえてるか」
私の声に、ルーカスが気まずそうに顔を上げた。
「私のエネルギーをすべて使って良い。私は死んでもいい。だから、もう一度だけ荷電粒子砲を撃てないか」
「お前……」
ルーカスの視線がボスへ、私へ、そして自分の腕へ移った。
「正直全然足りないけど、やってみる」
「あたしのエネルギーも使って」
ミシェルがこちらへ這ってくる。
「ライラちゃん……」
「ミシェルでいいわ。知ってたんでしょ?」
ミシェルが言うと、ルーカスは気まずそうに頭をかいた。
「おい、僕のもだ……僕のも使え」
ルートヴィヒが這ってくる。それを見て、ボスは「まだ生きていたのか」と吐き捨てる。
「俺たち全員のエネルギーを合わせたって敵わないだろうけど、やらないよりはマシか」
私達は全員のエネルギーをルーカスへつなぐ。
ルーカスの腕も光り始めた。
「これが最後……」
ボスが荷電粒子砲を発射した。同時にルーカスの腕からも光が飛び出した。
視界が眩しい。目を閉じていても眩しくて仕方がない。
とても長い時間に感じた。
永遠にこの眩しさは終わらないのだと。
そう思っていたが、終わるのは突然だった。
眩しさが終わったとき、視覚センサーが保護を解除した。
「なんだって……」
私は目を開けて驚愕した。なぜなら、目を開ける前と同じ光景だったからだ。まるで、何事もなかったみたいに、ボスとルーカスは対峙している。部屋のどこも壊れた様子はなかった。今までなら、攻撃を受けた方は体の部位を消失したし、部屋には大穴が空いていた。しかし、今、目の前の光景は少しも何も壊れていない。
「どうなったの?」
ミシェルの視覚センサーも回復したらしい。私と同じように驚いていた。
「なるほど、ルーカスのやつ考えたな」
ルートヴィヒが床に倒れたまま口を開いた。
「どういうことだ?」
「ルーカスは荷電粒子砲を撃ったんじゃない、反粒子砲にして放出したんだ」
「つまり、ボスの荷電粒子砲との対消滅を狙ったってことか」
「そんなこと可能なの?」
ミシェルが驚きの声を上げる。
「僕だって信じられないけど、可能だからこうなってるんじゃないか」
ルーカスが口をとがらせる。
「やっぱり、ルーカスは最強のアンドロイドだよ。ざまあみろ」
こめかみに青筋の浮いたボスを見上げて、ルートヴィヒは笑った。
「ルーカス……貴様……まだそんな力が残ってたのか」
「俺だけの力じゃないよ。みんながエネルギーをわけてくれたからさ」
ルーカスが膝をついた。さすがのルーカスも、あれだけのエネルギーを放出したのだ。立っていられなくなるのも当然だ。それに対して、ボスはあれだけのエネルギーを放出したにも関わらず、まだ立っていられるどころか、戦闘能力が落ちていないように見える。
「我々の負け……か」
ルーカスが戦えなくなった今、我々の敗北は決まった。しかし、悔しくはなかった。子供を守れなかったことだけが心残りだ。
「皆殺しだ!」
ボスがルーカスに向かって腕を振り上げた。
その瞬間、どこからか飛んできた矢がボスの体を貫いた。
「なん……だと」
ボスがその場に倒れ込む。おそらく、ジェネレータを貫いている。ボスはもう起き上がってこられないだろう。倒れ込んだボスの体を、さらに無数の矢が襲った。
「誰だ」
あたりを見回すが、誰の姿も見えない。
上からアンドロイドが落ちてきた。手に弓を抱え、背中に矢筒を背負っていた。その姿は、まるで猫を想わせた。しなやかな肢体に、ウエーブのかかった髪の毛、その髪の毛から、獣を想わせる耳が2つ出ている。小柄な体にツンと上を向いた鼻。指先は細く、女性型のアンドロイドだ。
ルーカスが彼女に銃を向けた。彼女はそれを手で制する。
「ちょっと待って! 敵じゃない」
慌てたように甲高い声で言うと、彼女は素早くあたりを見回した。観覧部屋のすぐ外にいる子供を見つけると、彼女は子供に近づいた。
「よかった〜無事だね」
彼女は、その身にまとう殺気とは裏腹に元気な少女のようだった。子供の体をチェックすると、彼女は子供の頭を撫で、自分の顔をこすりつけた。まるで猫みたいだ。
一体、何者で、何が目的なんだろう。敵だとしたら、ボスを殺すはずがない。味方だとしたら、もっと早く助けてくれても良かったんじゃないか。
「我々をどうするつもりだ」
尋ねると、彼女は目を丸くして首を傾げた。
「どうするって?」
「殺すのか?」
再び首を傾げる。
「殺すなんて。どうして?」
彼女は笑った。どこに笑う要素があったのかわからない。
「どうしてって……」
私はミシェルと顔を見合わせた。彼女も困っているようだ。
「ねえ、貴方の目的を教えて頂戴」
ミシェルが努めて優しく尋ねた。彼女は少し困ったような顔をしたあと、手を打った。
「私はシャープシューターのレオナっていうの。子供を保護しに来たのよ。あなた、エヴァンでしょ?」
「どうして私の名前を知ってる?」
レオナはしまった、という顔をして額に手を当てて天を仰いだ。
やはりわからない。全く心当たりがない。
「君は……我々の敵か?」
レオナは首を振った。余計なことは話さないぞという気持ちの現われだろうか、固く口を結んでいる。
私はふぅ、と吐息をついた。ひとまず、彼女が敵ではなくてよかった。今、新たな敵が現れたところで我々はすでに戦闘能力を失っている。
レオナは子供をヒョイと肩に担いだ。
「おい、ちょっと待て。その子をどうするつもりだ」
「持っていくの」
振り返ってレオナが言う。まるで、荷物を持っていくみたいな言い方だ。
「その子は私の子だ。連れて行かないでくれ」
敵ではないと知って油断していた。彼女は、敵ではないかもしれないが、味方でもない第三の勢力だ。私は彼女の足元にすがりついて懇願した。
「この子は私が地上に逃がしたはず。どうしてここに戻ってきたの?」
彼女の猫目が見開かれた。
「それは……」
そうか、彼女が子供を私のアパートに連れてきたのか。そうなると、わざわざここまで子供を連れてきてしまった我々は、彼女からしたら余計な存在であるということになる。
「やっぱりヘブライは死んだの?」
「ヘブライ? 彼を知っているのか?」
ヘブライは、私にあのチップを託して死んだ芸術家だ。私が否定しないのを見て、やはり彼が死んだとわかったのか、彼女は悲しそうにうつむいた。
「私が彼にこの子供を託したの。チップとともに。彼にここの情報を教えて、世界に広めてもらうために。人間を助けるために」
なんとーー。レオナがヘブライに子供とチップを託し、ヘブライはその約束を果たさずに私に押し付けたのか。あの子供をわざと私のいたあの屋上まで連れてきて、自分はさっさと逃げ帰ったというのか。ボーナスなどといって、あのチップを解析させてーー急に怒りが込み上げてきた。
「ヘブライなら死んだ。その子とチップを私に押し付けて」
ハッとした表情をしたが、レオナは「そう」と言っただけだった。
彼女はそれだけ言って、再び子供を連れて行こうとする。私は彼女の足を離さない。
「子供を返してくれ。今度は私がその子を逃して、絶対に捕まらないようにするから」
「でも、この子はここに戻ってきたじゃないの。信用できない」
先程までと違い、レオナの声は冷たかった。
「今度こそ……」
「ごめんなさい……あたしが悪いの」
ミシェルが私の言葉を遮った。
「ミシェル……」
「いいの。あたしが悪いの」
ミシェルらしくない。
レオナの耳がピクリと動いた。
「誰か来ている。大勢」
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