第35話



 


 光が収まると、鳥に下半身を食われたカブトムシみたいになった武蔵が地面に伏していた。武蔵の背後の荷電粒子砲が通った経路は穴になって、どこまでも続いていた。


「やった……のか?」


 武蔵の体は元々下半身などなかったみたいに、綺麗サッパリ消えていた。傷口も熱で癒着している。


「ああ、ああ」


 甲冑の中から反響したような声が聞こえた。


「まだ生きてるぞ」


 驚いたことに、武蔵はミシェルのように上半身だけの状態で、腕だけを器用に使って起き上がった。ミシェルと違うのは、熱で焼かれて、皮膚もバイオフィルムもとけてしまっていることだ。その状態でも、彼は恐るべき生命力で刀を握り、ルーカスたちの方へ這って行った。


 武蔵が力なく刀を振るうと、刀はその場に落ちた。


「ありがとう。やっと死ねる」


 そういうと、武蔵が伸ばした手から力が抜けた。その様子を、ルーカスが悲しそうな目で眺めた。


「こいつも、何もここまでしなくても良かったんだ。別に逃げたって……」


「ここで戦うことがこいつのアイデンティティだったのでしょ。僕たち四天王は同じようなものだと思うな。まあでも、見世物から開放されてよかったんじゃない。武蔵もうんざりしてたろうね、ここで毎日毎日罪もないアンドロイドと戦わされるのは」


 ルートヴィヒが武蔵を見下ろして言った。


「最後に君と戦えてよかったんじゃない?」


 ルーカスは答えなかった。




「武蔵め、使えないやつ」


 唐突に出入り扉が開いた。入ってきたのはボスとその後ろにいる無数のマフィアたち。もちろんボスは裸だ。


「鬼ごっこは終いだ」


 ボスは武蔵に一瞥さえせず、手を踏みつけた。


「おい、やめろ」


 ルーカスが銃を構える。


「あ〜ん? 誰に向かって言ってるんだ」


 ルーカスの手を薙ぎ払うように、ボスが蹴り飛ばす。


「お前たち、全員死刑!」


 ボスが指を鳴らすとマフィアたちが銃を構えた。


「約束が違うぞ」


 私は重い体を引きずって観覧部屋から出た。


「約束だって?」


 ボスが振り返って耳に手を当てる。


「そうだ。我々が逃げ切ったら……」


「逃げきれてないじゃーん」


 ボスが私を指差す。


「いや、今、武蔵を倒したところだから……」


「だから何? 待ってくれって? チッチッチ、甘いだろぉ〜それは甘いだろぉ〜」


 ボスは歌うように言うと、マフィアの一人に「おい」と合図をした。マフィアがボスに銃を渡す。そのまま、間髪を入れずにルートヴィヒの左手を撃ち抜いた。


 ルートヴィヒがうめき声を上げる。


「お前たちさあ、なんで俺のことを裏切るの? 四天王なんて大層な肩書をくれてやってさあ、かっこいい体に改造してやってさあ、何が不満なんだよ」


 さらに左足も撃ち抜く。


「お前もだよルーカス」


 ボスがルーカスの右腕を撃った。ルーカスはエネルギーが足りなくて、思うように動けていない。この場で戦えるのはもう誰も残っていない。つまり、ピンチってやつだ。


「まったくよお、この間からついてないな。人間は逃がすし、四天王は壊滅するし、侵入者は生意気だしさあ」


 ボスが私を蹴り飛ばした。


「なんでこんなにこの街のために尽くしてる俺が、この俺が、こんな目に遭わなくちゃあいけないんだよお」


 手に持った銃を乱射した。何発かは部下のマフィアに当たった。やがて、玉がなくなって銃はカチカチと音を鳴らすだけの鉄の塊になった。ボスはそれを投げ捨てた。


 ボスは覚めた目で我々を一瞥すると「やれ」とマフィアに命令した。


 マフィアたちが全員銃を構える。


 もうだめだーー私はギュッと目をつぶった。


「させないわ」


 ミシェルの声が聞こえたと思ったら、マフィアたちは銃口を味方同士に向けて撃ち合った。


「何事?」


 部下たちが相打ちをしている様を眺め、ボスは狼狽えた。


「あたしにも活躍させてよ」


 ミシェルが観覧部屋から這い出してきた。見た目はホラーだが、なんと心強い。


「再起動できたんだ」


「あたりまえよ。あたしを誰だと思ってるの」


 最後のマフィアが自身の頭に銃を突きつけて引き金を引く。


「これで、あんたのお仲間はみんな死んだわよ、この変態野郎」


 ミシェルがボスに向かって中指を突き立てる。やっと仕返しができたと喜んでいるのだ。


 突然、ボスは笑い始めた。


「何がおかしい」


「いや、だってさあ。あんな十把一絡げのゴミどもがいなくなったくらいで、何を喜んでるのかなと思って」


「負け惜しみね」


 ボスはまだ笑っている。


「まさか、この俺が改造していないとでも?」


 先程死んだボスのクローンを思い出す。いとも簡単に死んでしまったが、目の前のボスは違うということか。


「ハッタリだね。さあ、お前たちやっちまいな」


 ミシェルが叫ぶ。その声に呼応するように、ルートヴィヒが手のひらから炎を放出した。


 炎がボスを包む。片腕しかないからか、腕を撃たれているからか、辺り一面を火の海にするほどの火力はなかった。しかし、もしボスが一般アンドロイドだとしたら、これで充分致命傷になる。


「こんなもの」


 突然、突風が吹いた。その中心はボスだった。炎は消え、無傷のボスが現れた。


「吐息で消えるなんて、焚き火にもならんね」


 ボスがニカッと笑う。金色の歯が並んでいる。


 確信した。このボスは戦闘用に改造されている。

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