第34話



 その時代遅れのガンマンに踊らされていたのはどこのどいつだよ、といってやりたかったがこらえた。


 ガラス越しに見るルーカスは顔を歪めている。武蔵は再び、抜刀の姿勢に入った。


「ルーカス……」


 何もしてやれない自分が不甲斐ない。


「エヴァン」


 ミシェルの声がする。


「大丈夫かい、ミシェル」


「このバカ。あたしの心配なんてしてどうするの」


 頭の中をかき回されるようなノイズだ。ミシェルが怒っているのだ。


「なんだよ」


「なんだよじゃないわよ。ルーカスが戦ってくれてるのよ。あんたは何をしてあげられるの」


「私にできることなんてなにもないよ。戦闘アンドロイドではないんだし」


「ほんとバカ。あんたは電子ドラッグが使えるじゃないの。さっさと行ってルーカスにやってやんなさいよ」


「あそこにいけっていうのかい? 邪魔になるだけだろう」


「それでも行くの。あんた男性型アンドロイドでしょ? あたしの体が万全だったら、あんたのケツを蹴り飛ばしてるところよ」


 本当にケツを蹴られるような気がして、私は立ち上がった。子供が不思議そうな顔で私を見上げていた。私はこの子を守らねばならない。私が死んでも、この子だけは。


「やめとけ。犬死にだ」


 ルートヴィヒが覚めた声で言う。


「わかってる」


 私は部屋から出た。


 


「おい、ルーカス」


 私の声に、ルーカスが振り返らずに答える。


「邪魔だからすっこんでな」


 余裕がないことが声から伝わる。


「ポートを開け」


「邪魔だと言っている」


 ルーカスの声に余裕が感じられなかった。


「うるさい。言うことを聞け」


 私が喚いたことに驚いたのか、ルーカスがこちらを振り返った。


「なんだよ、うるさいな」


「良いから、ポートを開け。私は電子ドラッグを作るのが得意だ。さっきもやったろう」


「さっきは弱いやつが相手だったから良いけど、武蔵相手にそんなもの、なんの足しにもならんよ」


「良いから」


 私は指先からケーブルを出す。


 吐き気が込み上げた。武蔵から、再び殺気が放たれている。


 早く私から逃れたいと思ったのだろう、ルーカスは渋々私を受け入れた。


 元々、ルーカスの視覚センサーのフレーム数は上限が多い。クリエイティヴィティを上げても仕方がない。快楽も邪魔だ。だとしたら、私が彼にしてやれるのはーー。


「おい、それ……」


 ルーカスが驚いた顔で私を見た。


「勝てよ」


「あたしも、あんたにプレゼントがあるの」


 ミシェルが言う。


「嬉しいね」


「でも、内容は秘密」


「そんな……」


 ルーカスが言い終わる前に、再び殺気がピタリと止んだ。


 急に何も聞こえなくなったような感覚に陥ったと思ったら体が吹き飛んでいた。




 壁に叩きつけられて床にころんだ。武蔵からはだいぶ距離があったが、ここまで攻撃が届くことは、本能が察した。これはだめかも知れないと思ったとき、私の体が宙に浮いた。その御蔭で、武蔵の刀から逃れることができた。元々、彼は私をターゲットとしていなかったことが幸いした。


「お前が死んだらなんか、胸がモヤつくと思ったから」


 ルートヴィヒだった。彼が私とミシェルとルーカスを掴んで天井近くまで飛んでくれたのだ。やはり彼は良いやつかもしれない、攻撃を避けたあとは私を壁に叩きつけたけれど。それでも死ぬよりはマシだ。


 しかし、ルーカスは今度も武蔵の刀から逃れる事はできなかった。右足を失っていた。ルートヴィヒがルーカスを床に下ろす。切られた足は綺麗に切断されていたので、ルーカスは指先で溶接して足をくっつけた。ついでに切られた腕もくっつけたが、どうも思うように動かないようだった。


「なんのつもりだ、ルートヴィヒ」


 武蔵の声だった。思ったよりも若そうな声だ。


 ルートヴィヒは叱られた不良少年のように、顔をしかめて頭をかいた。


「まださあ、ルーカスとの決着がついてないんだよね。だから、ルーカスを殺すのは待ってくれないかな」


「だめだ」


 即答だった。


「だよね」


 ルートヴィヒはため息をつくと、私とミシェルを観覧部屋の中に投げ込んだ。そして再びため息をつくと、武蔵に向かって炎を吹き出した。


「何をする」


 武蔵は炎を刀で切ると、事もなげに言った。


「貴様ごとが出しゃばる状況ではない。控えろ」


 仮面の奥の眼光が光る。見ているだけの私でさえ、震えて動けなくなる。


「はいはい」


 ルートヴィヒが振り返ったーー振りをして、もう一度炎を叩き込む。先程とは違い、高火力だ。部屋全体の温度が上がる。あんな炎に包まれたら、如何な武蔵といえどーー。


 武蔵の雄叫びと刀を振った風圧で竜巻が起こり、炎が上空へ吸い上げられてゆく。


 武蔵の甲冑は赤い。さらに赤くなっていた。あれでは中にいるアンドロイドの皮膚はドロドロに溶けてしまうと思ったが、そうでもないようだ。


 一歩、武蔵の足がこちらへ踏み出された。


「容赦はせん」


 武蔵がルートヴィヒに向かって走る。


「そうはさせないよ」


 ルーカスが武蔵を撃つ。うまく動かない左腕と右足のせいで姿勢を保ちにくそうだ。


 武蔵が方向転換してルーカスに向かって刀を振った。


「サンキュ」


 ルートヴィヒがルーカスを抱えて飛び上がる。上空から炎を噴射するが、武蔵はそれも刀で切った。


 なかなか息があってるじゃないか。


 ルーカスの攻撃は相変わらず甲冑に阻まれるが、たまに甲冑の隙間に入り込むらしい。当たったように見えるが、目に見えるダメージはないようだ。武蔵の攻撃はルートヴィヒが回避してくれる。一進一退の攻防だ。


 二人がかりで、やっと武蔵一人と互角に見受けられる。それ故に、お互い決定打がない。このままだと、すでにダメージを受けているルーカスがエネルギー不足になってしまうのではないか。ただでさえ、彼はここまで私のかわりに戦ってくれたのだ。


「あっ」


 これまで攻撃を躱していたルートヴィヒが、ついに武蔵に捕まった。ルートヴィヒの右腕が切り飛ばされる。


「もうだめだな」


 ルートヴィヒがため息をついた。


「最後まで諦めるなよ、ボーイ」


 ルーカスがニヤリと笑う。


「俺は右腕と左足、お前は左腕と両足が残ってるだろ。合わせて一人前だ」


「手足は合わさらないし、足が一本多いだろ」


 ルートヴィヒがため息をついて、その場に座った。


「まあ、最後に楽しい戦いができてよかったよ」


「諦めるなって言っただろう?」


「お、おいそれ……」


 ルーカスが残った右腕を口でくわえて外した。中には銃身のようなものがあった。


「荷電粒子砲さ」


「でも……動力は」


 ルーカスがウインクする。


「小規模なら一発打てる。さっき、あいつからエネルギーを渡されたのさ」


 先程、電子ドラッグのかわりに渡したのは、私の体に残っているエネルギーのほとんどだ。今の私は、生命を維持することくらいしかできない。


「時間を稼いでくれよ。普通の銃と違って、こいつは準備に時間がかかる」


 言うやいなや、エヴァンの右腕の銃身が光り始めた。どういう構造になっているのかわからないが、荷電粒子が加速器によって加速されているのだろう。粒子が亜光速になるまで時間が必要だ。


「今使えるエネルギーは、たった二万ジゴワットしかない。一発で決めたいから頼むぜ」


 ルーカスの様子に感づいたのか、武蔵が刀を手に走り寄ってきた。


 ルートヴィヒがルーカスを連れて飛ぶ。飛ぶ姿勢は不格好だったが、さすが小柄なだけあって速度では武蔵に劣後しない。武蔵は重い甲冑を着ているので、ルートヴィヒほどの機動性はないようだ。


「早くしてくれ。もうもたない」


 ルートヴィヒが喚く。


「もうちょっと」


 ルーカスの体が小刻みに震える。


「オノレちょこまかと」


 武蔵が苛ついているのがわかった。


 武蔵はピタリと動きを止めた。刀をしまい、深く呼吸をした。


 唐突に強い圧力を感じた。また、武蔵の居合だ。今のルートヴィヒでは交わすことは困難だろう。


「間に合うか?」


 ルートヴィヒが心配そうに尋ねる。ルーカスはウインクした。


「あいつは頭に血が昇ってたな。最初から居合に決めてたら間に合わなかった。今なら俺のほうが早い」


 不意に殺気が消える。


「あれ、思ってたより早いな」


 ルーカスが苦笑いでルートヴィヒを見上げた。


「おいおい、冗談はやめてくれ。来るぞ!」


「だめだ! 加速が足りない」


 ルーカスが歯を食いしばる。


「制御のプログラムがだめね。これじゃ効率が悪いわ」


 突然、ルーカスの耳元でミシェルの声が聞こえた。


「ライラちゃん?」


 ルーカスの支援AIとして、ミシェルが入り込んでいたのだ。先程、ルーカスには秘密だと言っていたのはこれだったのか。道理で先程から静かだと思っていた。


「いける」


 ルーカスが叫ぶよりも一瞬早く、武蔵が動いた。


 間に合わなかったかーー私は体をギュッと強張らせた。


 そのとき、私の手元に子供がいなくなっていることに気付いた。同時に、子供が部屋から出ようとしていることにも。


 武蔵が笑った気がした。腕が抜刀の姿勢に入る。


 間に合わないーー。


 突然、武蔵の動きが止まった。自分で動きを止めたと言うよりも、何かの力によって強制的に止められたように見えた。


「今だ!」


 ルーカスの声とともに、荷電粒子砲の光が部屋を覆った。

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