第33話





 ルーカスがジリジリと武蔵の横に回ろうとしている。二人の間に流れる緊張感が、私がいるところまで伝わってくる。皮膚の表面がざわつく。体温が上昇しているように感じる。


 ルートヴィヒはVIP用の椅子を2つ使って寝そべり、ふてぶてしい態度で二人の様子を眺めていた。彼だけが緊張感に囚われていないように見えるが、彼が武蔵の方にも私の方にも気を張っていることに気付いていた。なにかしようとしたら、容赦なく和たちとミシェルを殺すだろう。それはミシェルもわかっているはずだ。我々のような一般アンドロイドにもわかるように殺気を垂れ流しているのだ。牽制を意味しているに違いない。


 ルーカスの動きが止まった。


「来るよ」


 ルートヴィヒが言うのと同時に、状況が動いた。どう動いたのかは、私には完全には分からないが、最初に動いたのはルーカスだったのは間違いない。


 ルーカスがショットガンを撃ったあと、両手にハンドガンを持ち直し6発ずつ発射した。それに対して、武蔵は片手で刀を何度か振った。それに合わせて、ルーカスは手榴弾を投げた。武蔵はそれも刀で切った。切った、というよりも分解したといったほうが適切かもしれない。手榴弾は信管がヒューズに火をつけ、その火が雷管に達すると火薬に火がつく。仕組みを説明するのと、それを理解して切り分けるのとでは話が全く違う。そんなこと、いくら精密動作の得意なアンドロイドだったとしても不可能だと私は思う。それなのに、武蔵はそれをやってのけた。それぞれの部品を切り分けたのだ。


 ルーカスは驚いたような顔をしたが、予想の範囲内だったのだろう、分解され散った火薬を銃で撃って爆発させた。


「やるねえ」


 ルーカスが口笛を吹く。


 武蔵は最初の位置から一歩も動いていなかった。


 軽口を叩いたように聞こえるが、爆風から逃れるように後方に飛んだルーカスの顔から余裕は見受けられなかった。


 それまで、能面アンドロイドとの戦いでも、ルートヴィヒとの戦いでも見せなかった焦りが見える。ルートヴィヒも気づいているようで、面白くなさそうに座席を蹴飛ばした。


「正直、あんたとは戦いたくなかったよ」


 ルーカスがテンガロンハットをグイと頭に押し付ける。驚いたことにルーカスは武蔵のことを知っているようだ。いや、強者同士、お互いを認識してはいたのだろう。驚くようなことではないのかもしれない。武蔵は裏の世界で四天王最強、ルーカスは世界最強のアンドロイドと呼ばれているとしたら、最強同士が互いに興味がないはずがない。


「どうして武蔵はあそこから動かないんだ?」


 誰に尋ねるともなく、私は呟いた。


「武蔵は負けたことがないんだ。だから、ハンデのつもりでああやって動かないでいるのさ」


 ルートヴィヒがガラスに向かって水の容器を投げつける。


 彼が武蔵を畏怖しているのを感じる。悪態をついてはいるが、彼の肌に鳥肌が立っているのが見えた。戦闘アンドロイドにもその機能はあると知って少し面白かった。


 素人目には、すでにルーカスに勝ち目はないように見える。実際のところ、私にはなぜルーカスが最強のアンドロイドと呼ばれているのかわからない。彼が使っているのはかなり古い銃火器だけだし、荷電粒子砲があるとはいえ、簡単に撃てる代物ではない。かなり戦い慣れているような動きではあるが、それはただのテクニックの問題であって、決定的に彼を最強たらしめる要素には思えなかった。対して武蔵は最強であることを納得させる力量を見せた。


「私には、ルーカスがどれくらい強いのかわからないのだが」


 思わず呟いてしまった。


「確かに、ルーカスがどうして最強と呼ばれているかは定かじゃないわね。ルーカスと戦った敵はみんな死んでるから。ただ、彼はどんな劣悪な戦場からでも必ず生還するって言われてるわ」


「はっ、君たち何も知らないみたいだね」


 私達がコソコソと話していると、ルートヴィヒが嘲笑うようにこちらを振り返った。


「ルーカスが最強なのはねえ、あいつが……」


 ルートヴィヒが言いかけたとき、大きな音がした。我々三人は思わず音がした方へ視線を向ける。


 見ると、武蔵が先程の位置よりも後ろへ移動していた。それだけではない、武蔵は膝をついていた。


「あちゃあ、良いところ見逃しちゃったじゃん。このボケジジイ」


 ルートヴィヒがこちらに水を吐いた。ミシェルに水がかからないように守ったが、その代わりに私が水を浴びてしまった。


 銃声が続く。ルーカスが両手にハンドガンを構えて武蔵を斉射していた。そのことごとくが、甲冑で弾かれている。


 それはもうやったろうーー思わず声が出そうになる。


「ああ、もうっ。そんな銃じゃ効かないわよ」


 ミシェルがもどかしそうに叫んだ。まるで映画の中のキャラクターを応援しているみたいな気分だ。


 ルートヴィヒが口元にニヒルな笑みをたたえたまま、覚めた目で眺めていた。でも手がピクピク動いて戦闘をシミュレーションしているのがわかった。


 武蔵が立ち上がる。しかし、先程とは違って片足を後ろに引き、いつでも刀を抜けるような構えを取った。


 瞬間、体中を電流がほとばしるような感覚に襲われた。これはーー殺気だ。一般アンドロイドの私でもわかる。武蔵が殺気を放っているのだ。ルートヴィヒのものとは全く違う、本気の殺意だ。こんなに離れているのに、息が苦しく、意識を失いそうになる。視界にノイズが走り、聴覚センサーにも異常をきたした。


 ミシェルも苦しそうにうめいている。ルートヴィヒは眉間にしわを寄せてはいるが平気そうだ。


 子供にもわかるのか、泣き出してしまった。


 このままここにいてはシステムがクラッシュしてしまいそうだ。


「ルートヴィヒ。なんとかならないのか。僕たちが死んでしまう」


 声がうまく出ているかどうかもよくわからなかった。


 ルートヴィヒは不愉快そうな顔で振り返った。


「うるさいな。どうでもいいよ、そんなこと。僕が殺すなって言われてるのは人間だけだ。君ら一般アンドロイドがどうなろうが知ったことかよ」


 少しでも良いやつだと思った私が馬鹿だった。彼は敵の幹部なのだ。


「子供だって死んでしまうかもしれないぞ」


 脅すように言うと、めんどくさそうにルートヴィヒは子供の全身をスキャンした。そして、何も言わずにまた戦いの観覧に戻った。


 この殺気は我々アンドロイドには毒だが、人間には死に至るほどではないということか。


 ミシェルが更に苦しそうにうめいた。きっと、一時的に支援AIと統合しているせいで弱っているのだ。それでなくても、ミシェルは元々ノイズに弱い。処理能力を限界まで引き出しているからだ。


 どうしようか悩んでいると、急に殺気が止まった。


 そこからはまるで時間が止まったように感じた。


 武蔵が動いたと思った瞬間、ルーカスが後ろに飛んだ。それと同時にルーカスの左腕の肘から先も切れて飛んでいった。能面アンドロイドのときのように、手首が取れたくらいではない。肘から先がなくなったのだ。致命的だ。


 何が起こったのか分からなかった。


「居合だよ」


 私に気を使ったのか、ルートヴィヒが呟く。居合というのは東洋の剣術であることは知っている。侍が使う技だ。では、あの武蔵は甲冑を着た侍だということか。


 ルーカスの体から離れた腕は、飛んできて私達の目の前のガラスに当たった。そこまで、瞬きをするよりも短い時間で行われた。


「くそっ」


 いつものルーカスとは違った、余裕のない声だった。冷却液が垂れている。ルーカスは残った手で切れた腕を熱して傷口を塞いだ。


「ああ、ルーカス」


 思わず叫んでしまった。ずっと劣勢だったが、どこかで盛り返すはずと思っていた。しかし、ルーカスは武蔵に圧倒され続けていた。勝ち筋は全く見えない。


 一体、どうやって攻撃したのかさえ私には分からなかった。武蔵も再び刀を鞘に納めている。


「荷電粒子砲を使うしかない。早く使えルーカス」


 私は叫ぶ。


「バカだね。そんなもの、使えるならとっくに使ってるよ」


「どういうことだ」


「使えないのさ。エネルギーが足りないんだ。知ってるだろう? あれは馬鹿みたいにエネルギーを喰うんだ。万全のルーカスならまだしも、今のルーカスに使える代物じゃない」


「さっきだって使ったぞ」


 能面アンドロイドとの戦いを思い出していた。


 それに対して、ルートヴィヒは「ハッ」と鼻を鳴らして嘲った。


「報告で見たよ。あんなの、荷電粒子砲とは言えないな。ちょっとエネルギーを飛ばしただけだ。本当の荷電粒子砲を撃っていたら、ここら一帯、今頃何も残っていないだろうね」


 知らなかった。そんな威力のあるものだったなんて。


「そんなにエネルギーが必要なら、腕につけてあっても無駄じゃないか」


「本気で使うときは、ルーカスに動力をつなぐのさ」


「動力をつなぐ?」


 全く想像ができない。ミシェルが解析をするときにディスクリートを利用したときのようなものだろうか。


「想像できないだろうね。でも、それがルーカスが最強と呼ばれる所以だよ。すべてのアンドロイドの中で、ルーカスしかいないのさ。大都市一個分の大電力をつないでもバラバラにならないのは」


「なんで……」


「そんなこと知らないよ。過去、何人も同じように改造して荷電粒子砲を内蔵したやつはいたけど、生き残ってるのはルーカスだけさ」


「それじゃあ……ルーカスは……」


「まあ、単体じゃあ勝ち目はないだろうね。なんのアシストもなければ、ただの時代遅れのガンマンだ」


 ルートヴィヒが蔑んだように笑った。

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