第32話



「おい、武蔵。人間は殺すなってボスに言われてるだろ」


 ルートヴィヒが叫ぶ。先程、人間ごと焼き殺そうとしてやつの言葉とは思えない。


 武蔵がこちらを睨みつける。私はギュッと子供を抱いて彼の視線から隠した。


「僕とルーカス以外は雑魚なんだ。こいつらが人間を守るだろうなんて期待はするなよ」


 言いたい放題言ってくれる。しかし本当のことなのだから仕方がない。


 武蔵がルートヴィヒに向かって顎をしゃくる。それに応じるように、ルートヴィヒがこちらにやってきた。彼が近づくだけで熱気が顔を焼くようだ。


「おい、雑魚ども。安全なところへ連れて行ってやる。僕についてこい」


 ルートヴィヒが私の尻を蹴り上げた。


「もっと丁寧に扱ってくれると助かる」


 私の抗議は無視された。


 ルートヴィヒが近くの壁を触ると、隠し扉が開いた。中はちょっとしたスペースになっている。さらに壁に向かってなにか操作すると、壁は透明になった。さながらガラス張りの競技場観覧席だ。


「この部屋はVIP向けの観覧席だ。本来はお前らみたいな雑魚が入れる場所じゃないんだぞ。ありがたく思え」


 ルートヴィヒが私達を威圧するように睨みつける。


「でも万一、人間を殺しちゃったらボスにどやされるからね。ルーカスがやられるまでここで大人しくしてろよ」


 ルートヴィヒがガラスに一番近い席に、立て膝をついて座った。そうしていると本当に子供のようだ。


 私が抱いていたルートヴィヒの印象は、少し変わった。もっと、戦闘狂のようなやつだと思っていた。今、こうして二人の決闘のようなものを見守っている彼は、もう少し理性的な存在に思えた。戦闘アンドロイド同士にしかわからないような、そんな世界観のコミュニティなのだろうか。そんな仲間がいるのだとしたら羨ましい。


 ルーカスと武蔵は互いに向かい合っている。ルーカスが少しずつ武蔵の横に回り込もうと動いている。対して、武蔵は微動だにしない。


「あの武蔵とかいうやつはどういうやつなんだ」


 ルートヴィヒに尋ねた。


「武蔵は……僕もよく知らない。ただ、めちゃくちゃ強いってことだけはわかる。武蔵と戦って生きていたやつは一人もいないんだ。四天王って名乗ってるけど、実際は武蔵とその他って感じ。悔しいけどね。いくらルーカスが表で最強って呼ばれてたって、裏の世界最強の武蔵には敵わないよ。戦うだけバカさ」


 ルートヴィヒが不満そうに答えてくれる。戦うだけバカ、と言う割には彼から殺気のような熱を感じる。きっと戦ってみたいのだろう。


「それより、水持ってない? 喉が渇いてるんだ」


「いや、持ってない。私もほしいくらいだよ」


 ルートヴィヒはうんざりしたような顔をして、部屋を出ていった。


「あの子、かわいいわね」


 ミシェルが言う。


「どこが」


 自分でもわかるほど不機嫌な声を出してしまった。私の様子を見てミシェルが笑った。


「あら、妬いてるの? 安心して。あんな子供、あたしの趣味じゃないわよ」


「どうだか」


 彼女がいろんな男性型アンドロイドと遊んでいることを私は知っている。彼女の好みはその時々によって全然違った。随分年寄りと付き合っていたこともあるし、ルートヴィヒよりもずっと小さい子供と一緒だったこともあることを私は知っている。


 こんな緊張した場面なのに、ふかふかな座り心地の椅子に違和感があった。私達ばかりが安全な場所にいて、なんだかルーカスに申し訳ない。


「やっぱり、戦闘アンドロイドのシステムに侵入するのは難しそう」


「君にもできないことはあったんだね」


 私の言葉が癪に障ったのか、ミシェルは語気を荒らげて反論する。


「不可能ってわけじゃないのよ。やろうと思えばできるわよ。でもね、たぶん気づかれた瞬間に私達、死んでるわ」


「システムに侵入できれば、君なら無力化するのに一秒だってかからないだろう?」


「普通のアンドロイド相手ならね」


「彼らは違うのかい?」


「違うわね」


 ミシェルの眉間にシワが寄る。


「支援AIを使っても?」


 私の提案に、ミシェルは上目遣いで私を見る。答えに迷っているように見える。


「どうかしら……。一瞬、動きを妨害するくらいはできるかもしれない」


「つまり、その一瞬をいつにするか見極める必要があるってことだね」


 ミシェルがうなずく。柔らかそうな胸が震えた。


「どのタイミングで……」


 言いかけたときにルートヴィヒが戻ってきた。水のボトルにストローを差したものをくわえていた。


 さすがに敵がいるところでこの相談はできない。データのやり取りも、戦闘アンドロイドが盗聴できないとも限らない。この手が使えるのは一度だけだ。慎重にならねば。


「ほらよ」


 私がルートヴィヒを見ていると、物欲しそうに見えたのか、彼が投げてよこしたのは新しい水のボトルだった。


「ありがとう」


 案外、いいやつなのかもしれない。

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