第26話





 先程までの戦闘の轟音のせいだろうか。やけに静かに感じる。他のマフィアの構成員は彼の誰も彼の応援に来なかった。確かに、能面アンドロイドは人望がありそうには見えない。


「見てみろよ、まだ生きてやがる」


 ルーカスが能面アンドロイドを見下ろして言った。私はうんざりした。


「安心してください。もう戦闘能力はありません」


 今にも消え入りそうな能面アンドロイドの声はノイズでざらついていたが、楽しそうに聞こえた。


「これから、貴方達は死ぬまで追われますよ」


 能面アンドロイドがクックックと笑う。


「ワタクシは四天王の中でも最弱。所詮、作られた兵器でしかありません」


「四天王なんているのか。初耳だな」


 私が言うと、ルーカスがタバコの煙を能面アンドロイドに吹きかけた。能面アンドロイドはむっとした顔で続ける。


「絶対に逃げられない。後悔するでしょう」


 またクックックと笑う。


「なあ、こいつって本当に侵入者なんだよな?」


 ルーカスが言っていることを、一瞬理解できなかった。そうだった。この場で彼だけが状況を理解していないのだった。


 能面アンドロイドがまた笑う。


「もう、何だって良い。ほら、牢の鍵も開けてあげます。トラップも解除してあげますよ。さあ、鬼ごっこの始まりです」


 牢の入り口から電子音が鳴った。


 私は慌てて駆け寄るが、牢の中は空っぽだった。


「おい、騙したな。誰もいないじゃないか」


 能面アンドロイドの頭を持って揺さぶる。彼はクックックと笑った。


「大切な人間をこんな汚いところに置いておくわけないじゃないですか。そもそも、あの子供がどういう存在なのか知っているのですか?」


「どういう存在? 世界に一人だけの人間だろう?」


 能面アンドロイドがおかしそうに笑った。


「貴方はこの世界から、本当に人間が消えたと思っているのですか?」


「どういうことだ?」


 能面アンドロイドは再びおかしそうに笑うと、動かなくなった。


「おい、どういうことだって聞いているんだ」


 揺さぶる私の腕を、ミシェルがそっと止めた。


「もうエネルギー切れよ」


 あれだけの脅威だったはずなのに、彼はもうただのガラクタになった。


「メモリを読むことは?」


 ミシェルが首をふる。


「暗号化されてる」


「解析は?」


 ミシェルがため息をついた。


「こいつは死んだのよ。戦闘アンドロイドは死んだらデータを自動消去されるの」


 私が手を話すと、能面アンドロイドは地面に落ちて硬い音を立てた。


「アンドロイドは誰でも死ぬ。早いか、遅いかだ」


 ルーカスが良いことを言ったような顔をした。それが西部劇映画のセリフのオマージュだということに気づいていたが、反応してやれるだけの余裕がなかった。


 私は能面アンドロイドの言葉を反芻していた。我々アンドロイドは、この世界から人間は滅んだと教育されている。アーカイブにもその通り記載されているが、それは嘘だったのか。








「なあ、お二人さん」


 地下の電力網からエネルギーを拝借して私達三人は回復した。


「何かしら」


 ルーカスの背中のミシェルが答える。


「俺ぁ難しいことはわかんねえんだけどよ、さっきのヤツは侵入者じゃなかったってことかい」


「いいえ、彼は侵入者の一味だったわ。四天王とか言ってたし、まだいるのかも」


 しれっとそれらしい嘘をつく彼女の言葉は、嘘には聞こえなかった。彼女は嘘に慣れすぎている。


「そうかあ? そのあともなんか難しい話しをしてたじゃねえか。人間がどうとか?」


 ルーカスはイマイチ納得していないような様子だった。さすがの彼も、違和感を覚え始めているのだろう。


「侵入者の目的を知ってる?」


 ミシェルの問い詰めるような口調に、ルーカスはたじたじになった。


「い、いや……俺は侵入者を殺すってこととマネー以外のことは知らねえ」


「侵入者はねえ、人間の子供をさらいに来たの」


「人間の子供? だって、人間なんてもういないんだろ? ずっと昔に滅んじまったって聞いたぜ」


「滅んでなかったとしたら?」


 ルーカスが助けを求めるような視線を私によこす。私は目をそらした。ミシェルのように器用に嘘をつく自信がなかったからだ。


「そりゃあ、まあ、なんだ……、すごいってことだろ?」


「そうよ。すごいことなのよ。だから、私達で人間の子供を守ってあげなくちゃ」


「おお、そうだな」


 やっと合点がいったのか、ルーカスが力のこもった声を出す。


「侵入者にさらわれる前に、私達で見つけて守ってあげましょう」


「守ってやろう」


 きっとルーカスは理解していない。




「それで、牢はこの他にはないの?」


 ミシェルが尋ねる。ルーカスは腕を組んで唸った。


「俺の知ってる限りではねえなあ。この上のフロアは、どこももっと小奇麗な感じだぞ」


 ルーカスが新しい手をつけて上を指差した。スペアの手をどこから取り出したのかは見ていなかった。


「どこに行ったのかしら」


 ミシェルもネットワークを探索しているようだ。眼球が光る。


「下は?」


 私が言うと、二人が同時にこちらを見た。


「下って?」


「ほら、私達が最初にエレベータで降りたろう? さらにその下は何があるのかなって」


 キョトンとしている二人に向かってさらに言う。


「だいぶ苦労してここまで上ってきたのにまた戻るというのは想像したくないが、上にないなら下だろう?」


 ミシェルがうんざりした顔をして頭を抱えた。


「あたしたちがここまで来たのは無駄だったってこと……?」


「無駄とは限らないんじゃないかな」


「限るわよ!」


 ミシェルが叫ぶ。


「まあ、そうだな。付き人の言い分には一理ある。でもよお、一旦上に戻らねえか? 補給もしたいし」


 ルーカスの提案に頷きたい。本当に自分たちが侵入者でなければの話だが。


「それはできない。一刻も早く、侵入者を探さないと」


「探すのは人間の子供なんじゃないのか?」


「あー、もうどっちでも良いから早く行くわよ」


 ミシェルがルーカスの頭を叩いた。


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