第25話

 彼らの戦闘は凄まじかった。こんな戦いを映画の中でだってみたことがない。戦闘アンドロイド同士の戦いは、街を吹き飛ばしてしまうと聞いたことがあるが、なるほど納得した。おそらく、彼らはこれでもまだ力を抑えている方だろう。ルーカスは私がここにいることを構いもせずにバカスカ銃を撃つし、敵はその体の硬さを利用した打撃でコンクリートさえ砕く威力を惜しげもなくふるった。


 認識が甘かった。マフィアの本拠地に忍び込んで子供だけ助けて逃げ出すということを簡単に考えすぎていた。私一人では明らかに力不足だ。


 身体システムが再起動した。チェック工程が走る。まだかーー焦っても意味がないことはわかっているが、焦れったかった。


 体が動くようになるまでに、私は自分がやるべきことを考えるが、たとえ私が参戦したとしても足手まといにしかならない。なにかできることはないか。


 腰につけている電子銃はどうだ。


 私は頭を振った。電子銃は護身用で、彼らのような戦闘用アンドロイドにとっては豆鉄砲以下の威力しかない。


 結局のところ、廊下の向こうの安全なところにいるミシェルと同じようにルーカスの勝利を祈るしかない。


 彼らの戦闘はあまりにも速度が早くて視覚センサーが追いつけない。私の目が捉えられるフレーム数では、彼らが瞬間移動しているように見えてしまう。


 ルーカスがショットガンを構えると、能面アンドロイドがショットガンに向かって何かを飛ばす。彼は指から銃弾のようなものを飛ばすことができるようだった。そうすると、ショットガンはあらぬ方向へ銃弾を飛ばす。いくらルーカスが器用にポンプアクションによって弾丸を補充しようにも、相手も同じくらい素早いと弾を込める隙がない。結局ハンドガンで応戦するが、彼の銃はレトロ過ぎて連射が効かない。撃鉄を起こして引き金を引く動作や銃弾を補充する速度はさすがだが、どうしても攻撃のリズムがそこで途切れてしまう。能面アンドロイドへの攻撃の決め手にかけていた。


 一方で、能面アンドロイドは防御力や回避能力は高いが、攻撃には特化していないように見えた。指先から飛び出す弾丸以外は近接攻撃しかしなかった。しかし、彼の硬質な肉体から繰り出される攻撃は、触れただけで壁をえぐり、衝撃波を発生させた。いくら戦闘用アンドロイドといえども、一発でも食らったらおしまいだろう。長期戦向きの能力だ。いくら攻撃されても倒れずに、戦い疲れた相手を撃破するという戦い方を想定しているのだろう。


 ルーカスの銃が能面アンドロイドの顔をかすめた。仮面の部分がえぐれて、左目のセンサーが露出した。体は硬いが、能面部分はそうでもないらしい。


 能面アンドロイドはため息をついた。真っ白な能面に青筋が浮かぶ。


「お仕置きが必要ですね」


 能面アンドロイドはボクサーのように構えると、ルーカスに向かって突進した。彼は両腕で顔を隠しながら、ルーカスの弾丸を受け止めた。そうして、目にも止まらぬ速さで距離を縮めると、ルーカスに向かってジャブを繰り出した。私には全く見えないが、ルーカスには見えているらしい。避けると彼の顔面に向かって銃を向ける。


 能面アンドロイドは銃を持つ手を叩いた。ルーカスは銃を取り落としてしまう。今度はルーカスが防戦一方になった。能面アンドロイドが繰り出す拳は、通常のアンドロイドでは捕捉できないほど早く威力があった。


 なんとかしなければーー打開できるのは私だけだ。ミシェルがなにか試みようとしているみたいだが、彼らに割って入るのは難しいだろう。一般アンドロイドならまだしも、戦闘アンドロイドのセキュリティを簡単に突破できるとは思えない。


 ルーカスの落とした銃が私の近くにある。あれを拾って彼に向かって投げればーー。


 私が動こうとすると、能面アンドロイドの首がこちらを向いた。私がすでに動けるようになっていることに、彼は気づいていたのだ。


「余計なことはするな」


 彼の表情がそう言っているように見えた。


 それでもーー。


「いまだ! やっちゃえ! ばーかブサイク野郎! お前なんかよりルーカスの方が強いのよ!」


 突然ミシェルが叫んだ。一瞬、能面アンドロイドがミシェルの方を見た。


「ルーカス!」


 私は立ち上がった。銃を拾ってルーカスに向かって投げようとした。


 銃が私の手から離れる前に、能面アンドロイドが私に向かってジャブを繰り出した。彼はミシェルの陽動に引っかかったふりをしたのだ。その攻撃はおそらく、私が瞬きをするよりも早く私の頭を破壊するだろう。きっと頭に入っているチップは修復不能なほど破壊されるに違いない。しかし、この銃がルーカスの手に渡って、ミシェルが助かってくれれば本望だ。


 大きな音がして、私の顔に何かが叩きつけられた。それは想像していたような攻撃力のあるものではなかった。


「なんで……」


 ルーカスが直前でジャブを食い止めていた。彼の片手と引き換えに。


「どうしてだ。君にとって私なんて守る価値はないはずだろう」


 能面アンドロイドが驚いている隙に、ルーカスが私を後方へ吹き飛ばす。


「馬鹿野郎。仲間を助けないやつはカウボーイじゃねえだろうが」


「仲間?」


 彼が私のことをそう認識してくれていることに驚いた。カウボーイの定義については分からないが。


「すまない……」


「いや、良いんだ付き人。これで踏ん切りがついた」


 彼は私の名前を覚えていないようだった。


「どういう……」


「ダヴァイ」


 ルーカスは能面アンドロイドから距離を取ってタバコを何本も咥えた。まるで薪でも咥えているみたいに見えた。すべてのタバコの先端が赤く光った。


 能面アンドロイドは、ルーカスの片手を吹き飛ばしたことで余裕を見せていた。


「その腕ではもう戦えないでしょう? 話を聞く気になりましたか?」


 能面アンドロイドが余裕の笑みを湛えている。


「うるせえ。敵の話なんて聞くかボケ」


 アクチュエータの稼働する音が聞こえる。見ると、先程失ったルーカスの手が引っ込んでなにかに変わろうとしていた。


「おい、ライラちゃんに怪我させるなよ」


 ルーカスが言う。


「え?」


 一瞬遅れて、彼が何を言っているのかわかった。


「やばい」


 私は起き上がってミシェルの方へ走った。能面アンドロイドがこちらを攻撃しようとしたが、ルーカスが睨んだだけでそれを阻止した。その重圧は戦闘アンドロイドではない私でさえ感じることができた。


 ルーカスの手が漏斗のような形になる。


「こんな風情のないことはしたくねえんだがなあ」


 ぼやくと、ルーカスは漏斗の先端を能面アンドロイドに向けた。


「まさか、かでんりゅうし……」


 能面アンドロイドが言い終わる前に、轟音と閃光が部屋いっぱいに広がった。




 数秒の間、視界が真っ白になるほどの光が放出され続けた。光が引くと、ルーカスの荷電粒子砲によって、攻撃が当たった箇所は蒸気になっていた。辺りの壁が赤く熱を持っている。荷電粒子砲の通り道が、遥か先まで穴を開けたのだろう、どこまでも続く漆黒の闇が続いている。あれが本当に荷電粒子砲なのだとしたら、防ぐ術は存在しない。もしこれが地下でなかったら、とてつもない被害が出ていたことだろう。地下を這うインフラにダメージがないだろうか。


 あたりがやけに静かに感じた。そのせいか、壁を熱が侵食するジリジリという音がやけに耳につく。


「本当にあったんだ」


 ミシェルが呟く。荷電粒子砲なんてのは空想上の武器であって、あったとしてもアンドロイドの手に仕込めるような代物ではないと思っていた。一体どういう構造なんだろう。体の中に太陽を埋め込むようなものだ。それだけのエネルギー密度を彼はコントロールできるというのか。


 蒸気が晴れると、膝をついているルーカスが見えた。


「ルーカス。大丈夫か?」


 慌てて駆け寄る。彼は私に向かって笑うと、親指を立てた。


「最小出力のはずなんだけどな……タバコ……くれ」


 弱々しい声に、彼のポケットからありったけのタバコを咥えさせてやった。


「こんなものじゃなくて、エネルギー密度の高いエナジーボトルのようなものを使えばよいのに」


「バカ言え。そんなのカウボーイじゃねえだろうが」


「そうだな」


 よくわからなかったが同意しておいた。


 ルーカスが美味そうにタバコを喫(の)む姿を見て、彼が味方で良かったと思った。我々に裏切られたと知ったら、彼はどれだけ怒るだろうか。考えたくもない。


「まだ生きてるわ」


 ミシェルが叫んだ。


 まさか、嘘だろうーー?


 私とルーカスはまだ蒸気漂う向こう側を凝視した。


「驚きました。貴方がこんな奥の手を隠しているなんて。さすが最強のアンドロイド」


 能面アンドロイドの声が聞こえる。


 あの攻撃で倒せなかっただとーー。一体、どうしたら倒せるんだ。


 蒸気が晴れると、能面アンドロイドの姿が見えた。両腕が吹き飛び、胴体の何割かも消失していた。冷却液が溢れ、動力も停止寸前に見える。その姿を見て、私はホッとするどころが背筋を凍らせた。彼の目がまだ死んでなかったからだ。どう見ても、彼はもうすぐ死ぬはずだ。


「ご覧の通り、貴方の勝ちです。ですが、ただで死ぬわけには参りません。一人でも道連れにしますよぉ」


 能面アンドロイドは残された足でこちらへ走ってくる。瀕死の我々くらいなら、蹴られるだけで死んでしまうだろう。


「ブリャーチ(くそっ)!」


 ルーカスが叫ぶ。


「ルーカス、ポートを開いて」


 言って、私は腕を引き抜きアンテナを露出させた。彼のネットワークに接続信号を送る。


「ごのワダグジの勝ぢだぁ」


 能面アンドロイドが口から冷却液を吐きながら足を振り上げた。


「あ?」


 もうだめか、と思ったが、突然能面アンドロイドの動きが止まった。


「早く! 動きを止められるのは数秒よ」


 ミシェルが叫ぶ。彼女のクラッキングだ。


 ルーカスが私を見上げた。


「作戦があんだろうな? 勝てなかったらぶっ殺すぞ」


 ルーカスが私の接続要求を承認した。


「一番キツイやつだから覚悟しろ」


 私はエネルギーとともに、彼の身体能力を向上させる電子ドラッグを送り込んだ。


 ルーカスが立ち上がる。彼は雄叫びを上げながら、腕に仕込んだ銃で能面アンドロイドの顔面を撃ち抜いた。

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