第11話

「何かね」


「私はここで働いているものだが、もし彼がいなくなると、私の生活が立ち行かなくなる。それは避けたいのだ。だから、貴方が彼に何か害を及ぼすと言うなら、私はそれを阻止せねばならない」


 裸の男はニヤリと笑いながら、オーナーを投げ捨てた。彼はフロアの方へ吹っ飛んでいった。壊れていないと良いが。


「落ち着け。言っただろう。俺は別にこいつを取って食おうって言うんじゃあない。ほら、何も隠していないだろう。これは俺の誠意だ」


 裸の男は、裸のままオーナーが座っていた椅子に腰を下ろした。股間のケーブルもしまわないままだ。彼が裸なのは、彼なりの交渉方法だったらしい。武器を持っていないからって、相手を安心させているつもりだろうか。彼を中心に、彼の仲間が武装してこちらを見ているはずである。


 喉が渇いていたのか、テーブルに置いてあった水を一気に飲み干すと「まあ、座りたまえ」と言って、手で椅子を示した。


「お前は知ってるかな。この店……、いやあの男のこと」


 オーナーの飛んでいった方を指で示す。


「売り上げに手を出したってことなら、さっき聞いたが」


「売り上げ……? そんなことまでしていたのか」


 男はため息をついた。


「まあ、そんなことはどうだっていいんだ。知らないなら良い。だが、我々にもメンツってものがあるんだよねぇ」


 裸の男は椅子の肘置きを、指でトントンと叩いた。


 売り上げのことはどうでも良いと言うなら、彼の意図がいまいちよくわからない。オーナーは何を隠しているんだ。


「要求があるなら言ってくれ。私とオーナーとで対処できるならする。売り上げを返すっていうだけじゃあ許されないんだろう?」


「よくわかっているじゃあないか」


 裸の男は指を鳴らした。


 私は息を漏らした。彼らマフィアのやり方はわかっている。この街で暮らす以上、彼らの機嫌を損なう行為は即死を意味するからだ。


「そうなんだよ。マネーじゃあないんだなあ。ちょっと、代わりにやって欲しいことがあるんだよねぇ」


 周りくどい言い方をするやつだ。私はマフィアと懇意にしているわけではないが、このような男は見たことがない。普段相手にするのはチンピラのようなアンドロイドばかりだが、この男からはただのチンピラでは持ち得ないオーラを感じる。


「何をやらせようって言うんだ。殺し屋でもやらせるつもりか」


 裸の男は手を叩いて大笑いした。


「殺し屋だって? 今時そんなもの必要なもんか」


 彼はまだ笑っている。鬱陶しいやつだが、笑い終わるまで待つしかない。何せこの場では彼の方が優位なのだ。先ほどは気づかなかったが、やはり彼の仲間がクラブ内にたくさんいる。視線がこちらにいくつも集中しているのがわかる。私がこの場で彼に何かしようものなら、私のような一般アンドロイドのもつセンサーでは捉えられないほどの速度で破壊されてしまうだろう。つまり、彼は私が思っているよりずっと権力のある立場にあるはずだ。


「ちょっとな、子供のアンドロイドを探して欲しいんだ」


「子供?」


 うっかり反応してしまった。それを見逃す男ではなかった。


「おや? 何か知ってるのか?」


 裸の男は急に真顔になって、サングラスを外して私に顔を近づけてきた。目の奥のセンサーが、私の思考を覗き見るように動いている。


「知っているも何も、その件で私の暮らすアパートメントまでマフィアがきた。街はその話題で持ちきりだ。懸賞金を出すんだろう?」


 マフィアが来たというところまでは本当だが、そんな噂があるのか、懸賞金があるのかはわからなかった。当てずっぽうのつもりだった。


 裸の男は急に興味をなくしたように離れ、再びサングラスをかけた。


「なんだ。もうそんなに噂が広まっているのか。それじゃあ、仕方ない。さっさと子供のアンドロイドを捕まえろ。捕まえたら今回の件はチャラにしてやる」


「子供のアンドロイドなんて、娼館に行けば掃いて捨てるほどいるだろう」


 裸の男は呆れたような顔を向けた。サングラスをしているが、はっきりわかる。彼はアンドロイドにしてはずいぶん表情が豊かである。彼も人間かぶれなのだろう。


「俺たちマフィアがただのガキを欲しがると思うのか?」


 声がイラついていた。先程までの余裕のある口調ではなくなっている。


「いや、あんたらが探してるくらいだ。特別な子供なんだろう。ただ、なんの情報もなく、ただ子供を探せって言われてもわからないだろう」


「それについては大丈夫だ。見たらわかる」


「どうわかるっていうんだ」


「わかるんだよ。何度も言わせるな」


 裸の男がイラついたようにテーブルに拳を叩きつけた。先ほどまでの陽気さは消え失せていた。


 彼の言っていることはわかる。私も、あの子供を見た瞬間、今まで感じたことのない感情が押し寄せてきた。一目見た瞬間から、彼女が人間であることがわかったし、彼女を保護しなければならないと強く思った。それは、我々が作られた当初から植え付けられている至上の命令なのだろう。むしろ、我々アンドロイドの存在意義といっても過言ではないのだ。


「わかった。努力する」


 再び、拳が叩きつけられる。


「努力するんじゃあない。確実に見つけろ。これは命令だ。お願いなんかじゃあないんだ。Verstehen Sie das?」


 ドイツ語で「理解したか」と彼は念を押す。私は頷いた。プログラム言語は英語がベースだが、彼の思考ベースはドイツ語らしい。そういったアンドロイドは多かった。ここが元々ドイツと呼ばれる土地だったからだろう。


「そうだな。一週間だ。それまでに見つけろ。そこで寝てる間抜けにも伝えておけ」


 裸の男が出口へ向かうと、屈強な大男が近づいてきて、彼にガウンを着せた。


 ハッとしてクラブ内を見回すと、普段はドラッグで酩酊しているアンドロイですら、怯えた顔で息を殺していた。


 オーナーはあのあと、都合よくすぐに起きてきた。会話の一部始終を音声データで彼に転送したが、彼からのレスポンスはなかった。次の日、彼は失踪した。








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