第7話
私は彼女の乗ったタクシーを見送ると、その後に来たタクシーを引き留めた。
「どこか、人間が食べていたような有機物を帰る場所はあるかい?」
タクシーは無人運転だが、対話型AIが搭載されている。AIは彼らのネットワークを探索した後「登録されていません」とだけ答えた。
さて、困った。誰かに尋ねてみるべきだろう。しかし、私には友人と呼べるものは少ない。
少し考えて、オーナーに連絡した。意識がはっきりしていることを願う。
「もしもし、オーナーですか」
連絡すると、オーナーはすぐに応答した。先ほどよりも意識がはっきりしているようだ。
「人間向けの有機物を売っているところを知っていますか」
「なんだ、観葉植物でも置くのか」
オーナーはケラケラ笑った。
「違います。食べ物を探しているんです」
「お前、人間かぶれが嫌いじゃなかったか」
「嫌いではないです。興味がなかっただけで。今は興味があるから知りたいんです」
「へえ」
オーナーが訝しげに唸る。あごひげを触るシャリシャリという音がスピーカー越しに聞こえた。
「心当たりがないわけではないな。場所を送るから行ってみろ」
「助かります」
すぐに何かの座標が送られてきた。それをタクシーのAIに転送する。
タクシーは静かに動き出した。
「人間の食べ物と言えばよぉ、草だよな」
オーナーは話を続ける。私としてはもう通信を切りたいのだが、今日の彼は饒舌だった。
「人間は草を食べてたんですか」
「そうみたいだぞ。草を食って草を吸っていたらしい」
オーナーの下品な笑い声が聞こえる。
「草を食べるだけなら、よくある草食動物ですが。吸うとなると変な生き物ですね」
「肉も食うらしいが、肉は吸わないのかね」
「どうやって吸うんですか」
オーナーが大笑いする。彼はつまらない冗談が好きだった。
「人間はそのほかに何を食べていたんですかね」
子供に食べさせるものをまるで想像できない。もっと情報が必要だった。
「そのほかにねえ。お前、ずいぶん積極的に人間のことを知りたがるじゃねえか」
ドキッとした。何か勘付かれただろうか。
「まあ、そういう時期ってのはあるよなあ。俺も人間のことを調べた時期があったよ」
オーナーは勝手に何かを解釈してくれたようだ。
「肉と植物なら何でも食うって聞いたぞ」
「肉と植物……」
全く想像ができなかった。アンドロイドと人間は、姿形は似ていても全く別物なのだと改めて実感した。
タクシーの外の風景が、窓パネルに映し出される。窓のように見えるが、実際はただのディスプレイパネルだ。同じような形のタクシーが並走している。あの車内に乗っているアンドロイドも、私の乗っているこのタクシーをみているのだろうか。
色とりどりの電飾が街を包んでいる。どのビルにも電飾が派手に取り付けられ、立体広告が中空を踊っている。ネットゲームの宣伝だろう、ドラゴンが空に映し出されている。最近はそんなにネットゲームにもログインしていない。ミシェルは以前と同じようにやっているらしい。たまに誘いが来るが、気分が乗らない。
「おい、聞いてるか」
オーナーの声で我に返った。
「聞いてますよ」
このやりとり、先ほどもミシェルとしたばかりだ。屋上で体の制御が効かなくなってから、なんだか思考がファジーになっている。
「まあとにかく、有機物を食べるんだろう。人間は」
「虫はどうですか。タンパク質も豊富だし、人間の体の組成に合っていると思いますが」
「冗談だろ」
オーナーが笑った。
「冗談ではありません」
私は努めて冷静に答えた。
「それが冗談じゃなかったら、お前の知識不足だ。確かに、虫は人間の組成に合っているが、人間の組成に反する寄生虫がいるんだ。そこらへんにいる虫なんて捕まえて食べてみろ。お前の脳が寄生虫に乗っ取られるぞ」
いつも私にやり込められているので、珍しくやり返すことができてオーナーは嬉しそうだ。
「あいにく、私に搭載されているのは、脳髄ではなく複合型ロジックボードです。チップは無機物なので寄生虫に乗っ取られることはありません」
オーナーが舌打ちをする音が聞こえた。
「お前は顔がいいのに面白くないな」
通信が一方的に切られた。結果的に、彼の長話が中断されることになってよかった。
それにしても危ないところだった。人間に虫を食べさせてはいけないなんて、思いもよらなかった。思いついた時は名案だと思ったのだが。確かに私の知識不足だ。今まで、人間というものに興味がなかったせいだ。
よりによって、どうして私のところになんて来るのだ。私は唐突に憤りを覚えた。なぜなら、アンドロイドの中には人間にかぶれた奴らがたくさんいるからだ。そいつらのところへ行けばよかったんだ。
そこまで考えて、ふと冷静になった。人間かぶれのアンドロイドがあの子を捕まえたら、きっとあの子供は無事では済まないだろう。四肢を剥ぎ取って、脳髄も内臓も取り出して自分に移植したがるだろう。そういった意味では、私のところにきたあの子は、正解なのかもしれない。
それにーーもしかしたら、私が生きる意味を、彼女は教えてくれるかもしれない。
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