第4話 婚約者ならキスできるでしょ?

 なかなか婚約が決まらなかった私たち2人。

 お見合いをする度に、私は断る前に断られ、ウィリアムは断られる前に断る。

 この結果、私は10敗、ウィリアムは10勝。勝敗の違いはあるものの、私たちは「こじらせ人間」と周りから思われていたのだろう。


 そんな私たちの婚約は、クラーク王家、私の家族(マルカン公爵家)を喜ばせた。両家は数日間、お祭り騒ぎとなった。

 私たちの婚約をみんな喜んでくれている。が、私は罪悪感を抱えている。

 だって、この婚約は嘘だから…


 ウィリアムが私と同じように罪悪感を抱えているかは分からない。

 きっと、何とも思ってないのだろうな……


 私たちは偽装婚約したことにより、当分の間は婚約しているフリをして過ごすことになる。

 私はイザベル王立学園の2年生になったばかりだ。卒業までの約2年はこのまま嘘の婚約を続けることになる。


 私はこの偽装婚約を続けていけるか一抹の不安を抱えている。

 だって、私とウィリアムは相性が良くないのだ。

 ウィリアムに会う度に喧嘩になる。それなのに、周りには仲睦まじい婚約者として振舞わないといけない。仲のいいフリ(演技)ができるのだろうか…


***


 私はクラーク王室に呼ばれてクラーク城に向かった。婚約成立のお披露目会があるそうだ。

 クラーク城にはたくさんの関係者が来ていた。クラーク王国の王族、貴族はもちろん、イザベル王国の王族、貴族も来ている。

 この婚約は『両国の友好関係の架け橋』とまで言われてしまい、国家外交に大きな影響を与えている。

 我ながら、壮大な嘘を付いてしまったことを後悔している。


 お披露目会場に行く前に、ウィリアムと打ち合わせすることにした。嘘がバレてはいけないから。

 控室に行ったら、クラーク王がいたから挨拶した。


「本日は私たちのために、このような会を開いて頂きありがとうございます」

「いやいや。こちらこそ、遠いところをわざわざありがとう」

「お気遣いなく。妻になるのですから当然です」


 私は公爵令嬢だ。このような立ち振る舞いは幼少期から叩き込まれている。

 余計なことを言わなければ、私はそれっぽいのだ。

 余計なことさえ言わなければ……


 そんな私を見つけてウィリアムがやってきた。


「お前、意外にそれっぽいじゃないか」

 王子が私の立ち振る舞いを見て小声でささやく。余計なお世話だ。


「あたりまえでしょ! 私は公爵令嬢。それっぽい振舞いはお手の物よ」

「へー、じゃあなんでお見合い10回も失敗してるんだ?」

「うるさいわねー。あんたは一言多いのよ」

「お前もな」

「あんたも、それっぽく見えるわね」

「あたりまえだろ! 俺は王子だ!」

「へー、品のない王子ねー」

「うるせー」


 私たちが小声で言い争っていたら、クラーク王は「君たちは本当に仲が良さそうだね」と喜んでいる。


 あー良かった……クラーク王は節穴だ。

 クラーク王は騙し続けられそうな気がした。


「父上。こんな素晴らしい女性に巡り合わせてくれて、なんとお礼を申し上げればいいのか」


 心にもないことを平然と言うウィリアム。今までこうやって生きてきたのだろう。

 コイツは信用しちゃダメだな……


「私も、こんな素敵な方と婚約できるなんて、夢のようです」

 私もウィリアムに続いてクラーク王を褒めた。


 ウィリアムの冷たい目線を感じたが、私は気にしない。お互い様だ。


 クラーク王が別室に移動した後、私たちの小競り合いが再開する。


「お前、その変わり身が気持ち悪いな」とウィリアム。


「あんたこそ。あんな嘘を平気で喋れるわね?」

「嘘? 王子としての処世術だよ!」

「へー、あれが処世術……詐欺じゃなくて?」

「うるせー」


 私たちが小競り合いをしていたら、今度は王妃がやってきた。


――マズい……聞かれたか?


 ひょっとしたら、この小競り合いを聞かれていたかもしれない。私は気を引き締めて、王妃の反応を窺う。


「あら、あなた達は本当に仲がいいのねー」


 あー良かった……王妃も節穴だ。

 やはり、育ちがいいと人を疑わないのかもしれない。

 私はうまく騙せていけそうな気がしてきた。


 クラーク王も王妃もいい人なのに、なぜウィリアムの性格はこんななのだろう?


 私がヘラヘラと王妃に愛想笑いしていたら、小さな女の子がやってきた。


「妹のマリーだ」とウィリアムが私に紹介した。


「マリー王女、はじめまして。アンナ・ド・マルカンです」と私はマリーに自己紹介する。


 マリーは私の自己紹介を無視して、「今、喧嘩してなかった?」と言った。


 確かお父様から入手した情報によると……彼女は10歳。この年頃の子は鋭いから気を付けないといけない。


「そんなことないよ、マリー。俺たちは仲がいいんだ」

 ウィリアムは何とか誤魔化そうと必死だ。


「へー、その割には距離が遠いような気がするわ」

「そんなことないよ、ほら」


 ウィリアムは私の腰に手をまわした。


「そっ、そうよ。私たちはとても仲良しよ」

 私も頑張ってフォローする。


 私たちの様子をジロジロ観察するマリー。


「なんかぎこちない気がする……」

「ほら、仲良しだろー」

「こんなにも愛していますわー」


 マリー王女は意地わるそうな顔をして言った。


「じゃあ、ここでキスして」

「えっ?」

「婚約者ならキスできるでしょ?」

「マリー、みんなが見ているだろ。ここでは無理だよ」


――くっ、ませガキが!


 クラーク王と王妃は誤魔化せたが、最大の難関は10歳の妹だったようだ。

 私はそれっぽいことで誤魔化すことにした。


「クラーク王国では結婚式までキスしてはいけないと聞きましたわ」

「ふっ、いつの話よ? それ、30年前の情報よ。騙されませんからね」

「ぐぬぅぅ……」


 どうやって切りぬければいいのか。しかたないからキスするか?

 私はウィリアムに目で合図を送る。


「キスは結婚式までとっておきたいんだ。分かってよ、マリー」

「ふぅーん。まぁいいわ。そのうちボロが出るんでしょうから」


 マリーは私たちがキスしないから興味をなくしたようだ。私たちの前から去っていった。


 マリーに聞かれていないことを確認してから、

「ちょっと、いつまで腰に手をまわしているのよ」

 と私はウィリアムの手を振りほどこうとした。


 その瞬間、私は慣れない高いヒールにバランスを崩してよろめいた。


 ウィリアムは私の腰に手をまわしていたから、バランスを崩した私につられて一緒に倒れた。

 ウィリアムは私に覆いかぶさるように倒れていて、ウィリアムの顔がすぐ私の前にある。遠目にはキスしているように見えなくもない。

 周りの人は「こんな場所で……」「キスしてない?」と囁(ささや)いている。


 マリーは「きゃーー! キスしてるーー!」と騒いでいる。


 本当はキスしていないのだが、マリーが誤解してくれたことは良かったのかもしれない。


「ちょっと、早く起き上がりなさいよ」

 ウィリアムがボーっと私を見ていたから、私は小声で言った。


「わかってるよ」

 ようやくウィリアムは立ち上がって、私を起こしてくれた。


 私が立ち上がったら、お披露目会の参加者たちは拍手した。何の拍手かは分からないけど…


「君たち、本当に仲がいいね」

 クラーク王と王妃が嬉しそうに私たちのところにやってきた。


 そして、その隣にはひときわ笑顔のおじさん。じゃなくて、お父様が親指を上にあげていた。

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