第26話 竜の姫神ルクシオン

 ……じっとしている。


 暗闇の中で、ただそこにいるだけ。

 立っているのか座っているのか……或いは浮いているのか。

 自分ではもうそれもわからない。

 気が遠くなるほど長い時間をそこで過ごしている。

 これからもまだ長い時間をそう過ごすことになるのだろう。


 ……そう思っていた。


 突然世界に光が差した。

 眩い光。

 それと共に自らに五感が……時の流れが蘇る。


 気が付けば朽ちた遺跡で自分は座り込んでいた。

 灰色の空の下。

 雲間から幾筋かの光が差している。


 そして……目の前では大柄な老人が泣き崩れている。


「姫神様!! 姫神様!! よくぞ……よくぞご帰還くださいました……!! この日を……どれだけ待ちわびたことか……ッッ!!!」


 滂沱の涙を流す老人をぼんやりと見ている自分。

 誰なのだろうか……?

 自分のことを知っているらしいが……。


「私でございます!! ジルカインです!! 姫神様のお側にお仕えしておりましたジルカインでございます!!」


 名乗る老人。

 ジルカイン……その名前は憶えている。

 そう、いつも自分の後ろを小走りで付いてきていた……小柄な……従者の……。


「……!!」


 彼女は眼を見開く。


 ジルカインは……だ。

 自分に仕えていた頃は彼は二十歳にもみたない少年だった。

 ハーフエルフの寿命は3~400年程度とされている。

 肉体の老化が始まるのは死期の100年前くらいからだというのが通説である。


 彼の老いた姿は過ぎ去った長い時を……自分があの暗闇の中で過ごした時の長さを表していた。


「ジル……! ジルなのね……!!」


 震える手を彼に伸ばす。

 顔の下半分を白い長い髭で覆った日焼けした老人は皺だらけの顔で泣きながら笑う。


「ははっ! ジルでございます……姫神様。貴女のしもべ、ジルカインです」


 伸ばされた手を老いた大きな両手で優しく包み込んでジルカイン老人は深く頭を下げるのであった。


 ────────────────────


 カーライル王宮、玉座の間。

 荘厳な王国の権威の象徴たる一室。

 今その玉座に座っているのはこの国の王族ではない。

 ……王族どころか、国の住人ですらない。


 それはリタと名乗ってヒルダリア女王の側にいた女騎士だ。


「……っ」


 怜悧で切れ長なその瞳の上の……眉をぴくんと揺らしたリタ。

 玉座に座ったまま彼女は自分の掌を確かめるように持ち上げた。

 その手の中に生まれる黒い炎……その炎に包まれて心臓が出現する。

 どくん、どくん、と鼓動を刻む心臓。

 それを冷めた瞳で見ている彼女の前でその心臓は唐突に真黒く染まり塵のように崩れて空中に溶けて消えていった。


 それは1つの生命の終わりを意味していた。


「ごめんなさい、ジル……上手くいかなかったわ」


 玉座の脇に控える大柄な灰色のローブの老人に言うリタ。

 その彼女の瞳が一瞬だけ哀し気に揺れたことに気付くものは誰もいない。


「いやいや、姫神様がこの老いぼれに頭を下げる必要など微塵もございませぬ。……使えぬ女でしたな」


 たった今命を落としたであろうヒルダリア女王に侮蔑の言葉を投げつけた老人。


「それではこちら側の軍を動かすことにいたしましょうぞ」


 ジルカインは玉座の前に跪いている男を見下ろした。

 豪華な装束を纏い、頭に煌びやかな王冠を頂いた口髭の中年男。

 この国の王、ロイアーダン・カーライル2世である。


「……聞こえていたな? 国境の軍に進軍の指示を出せ」


 一転して冷たい声音でジルカインは平伏する王に命令する。

 同時に右手を胸の高さに持ち上げたローブの老人……その掌の上に先ほどリタが出したものと同じ黒い炎が生じる。

 その炎の中で脈打つ心臓があるのも同様だ。


 ジルカインの手の中の自らの心臓を見て顔中を冷たい汗で一杯にした王が呻き声を上げた。


「わ、わ、わかった……わかりました……ッ! 命じます。命令します……!! だからどうか……余の心臓ッ……命だけは……」


 ひれ伏して何度も頭を下げるロイアーダン王。

 その頭から落ちた王冠が絨毯の床を転がった。


 自らの足元に転がってきた王冠をチラリと見て玉座の彼女はスッと立ち上がる。


「お出かけでございますかな?」

「……気分転換に出かけてくるわ」


 ジルカインは主の言葉に深く頭を下げる。


「御意にございます。後は万事このジルカインめにお任せくださいませ。ごゆっくり……ルクシオン様」


 ルクシオン……そう呼ばれた彼女はうなずいて玉座の間を出て行った。


 ────────────────────


「……ダメかっ!? やっぱりダメなのか!?」


 騒いでいる髭の男……お馴染みお騒がせ中年のヴァイスハウプト・メイヤーである。


「だめです……!! これはちょっと……ムリ……!!」


 苦し気に喘いでいるのはクリスティン。

 彼女は今、女王の私室にある大きな女神の石像を持ち上げようとしている。

 全高は2m超……重さとしては1t以上だ。

 流石のクリスでも浮かせる事はできなかった。

 ……そもそも彼女の怪力は主に火事場のなんとやらで窮地で発揮される類のものである。

 今はそういう状況でもない。


「うーむ……仕方ないこれは諦めるとするか」


 心底残念そうにメイヤーが項垂れた。


「っていうか、仮にいけたとしたってこんなもの背負って城のほうから来る女がいたらもう都市伝説ですよ……」

「見たところこれが1番高いんだがなあ」


 ふうふうと汗だくで呼吸を荒げているクリスティンの前で未練がましくメイヤーは女神像を見上げた。

 その周囲では彼の式神がふわふわと無数に浮遊してカバンやらコンテナやらを運んでいるところだ。


「まあ他は大体抑えたしよしとするか。引き上げるとしよう」

「いやもう全員私たち待ちなんですけど……」


 かくして、王城からの脱出を図るクリスティンたち。


 今は無人の庭園を駆け抜けて城門を目指す。

 無言で走る一行を空の上から見ているものがいた。

 その誰かは目を細めると手綱を引く。

 ……降下の合図である。


 不意に上空から強風が吹き付けた。

 一瞬にして美しい花々が無残に吹き散らされて風に舞う。


「くっ!! なんだい急に!!!」


 立っているのも辛いほどの暴風だ。

 顔の前に手を翳したキリエッタが叫ぶ。


「……なるほど、こういうことだったのね」


 上空からそう声がして、何かが羽ばたく音が聞こえてきた。


 降りてきたものは大きな翼を持つ小型の竜……飛竜ワイバーンと呼ばれている亜竜の一種だ。

 その背には鞍があり1人の女性騎士が跨っている。

 赤紫色の長い髪の色白の美人だ。

 青い鎧を身に纏い長槍を手にしている。


 女騎士……ルクシオンは飛竜を羽ばたかせながら地上3mほどの高度を維持した。


「……あいつ、占星術師だ」


 この中でただ1人、彼女の素顔を見たことのあるカエデが掠れた声で言った。

 それならば……彼女がヒルダリア女王の心臓を持ち去り操っていた人物ということになる。

 身構えるクリスの頬を一筋の汗が伝って落ちた。


(……? 私の顔を見てその呼び名が出てくる者はもう誰もいないはずだけど)


 小首を傾げたルクシオン。

 だがすぐにその考えは消した。

 ……もう、どうでもいいことだ。


「私の名前はルクシオン……ルクシオン・ヴェルデライヒ」


 上空で名乗った青騎士。

 その名を聞いてアルゴールの眉間に皺が寄る。


「やはりそうだったか。600年の時を超えて裏切りの報復を果たす為に蘇ってきたか……レム・ファリアスの竜の姫神ルクシオン」

「ちゃんと歴史の勉強をしてきたようね」


 無感情なルクシオン。

 彼女は冷めた瞳でアルゴールを見ている。


「ここへ来る途中に上からヒルダリア女王を見たわ。あれは……死体でしょう? 操っているのは貴方ね」


 白い服の紳士はその指摘に対して否定も肯定もしない。


「思えばこれまでも度々不可解なことがあったわ。イレギュラーは貴方だったのね」

「……!」


 ルクシオンは手にした長槍を逆手に持ち替えた。

 ……投擲の体勢だ。

 咄嗟にアルゴールは両手を広げる。

 彼を中心として周囲に波紋のように目には見えない魔力の波動が衝撃波となって広がった。


「ぬおっ!!?」

「うわ!!」


 メイヤーやクリスティンが……その場のアルゴール以外の全員が突き飛ばされたように地面に投げ出された。

 彼から遠ざけられる形でだ。


「これ以上かき回されたくないの。ここで退場してもらうわ」


 上空の竜の姫が槍を大きく引いて……そして放った。

 音が消える。

 そして一瞬の後に大地を凄まじい衝撃が駆け抜けた。


 必死に身を伏せるクリスたち。

 やがて彼女が恐る恐る顔を上げると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


 美しかった広い庭園は滅茶苦茶だ。

 中央に直径5mほどのクレーターができていてその中心に槍が突き刺さっている。


「………………………」


 言葉を失い表情を凍て付かせたクリスティン。


 クレーターの外にアルゴールが投げ出されている。

 アルゴールの……その上半身だけが。


「先生……」


 掠れた声で呟くとクリスはアルゴールに駆け寄る。

 だがそれを遮るように横から現れたルクシオンが彼女の前に立つ。


「っ!!」

「ん……」


 ルクシオンの切れ長の瞳がクリスを映す。

 どうやら彼女としてはクリスを妨害しようとする意図はなくたまたまそのタイミングで横切ろうとしていたらしい。

 槍を放った後、彼女は上空に飛竜を待機させて飛び降りてきていたのだ。


「貴女も散々ね……クリスティン・イクサ・マギウス。もうこの件からは手を引きなさい。十分酷い目に遭ったでしょう」

「………………………」


 返事は元から期待していないのか、言葉もないクリスにそう言ってルクシオンは歩いていく。

 クレーターの中心へ、槍を拾いに。

 彼女が地面に斜めに突き立った槍の柄に手を伸ばそうとしたその時、そのすぐ前の地面を激しく鞭が打った。


「……キリエッタ」

「まさかあのフードの下にそんな綺麗なお顔があったとはねえ」


 見上げるルクシオン。

 クレーターの縁から見下ろすキリエッタ。

 両者の視線が交錯する。

 ルクシオンは小さく嘆息して目を閉じた。


「無意味よ。やめておきなさい。貴女やクリストファー・緑も私にとってはイレギュラーだったけど、今となってはどうでもいいわ。許してあげる」

「へえ? そいつはありがたいねえ。涙が出そうだ……ねッッ!!!!」


 語尾に重ねて鞭を振るったキリエッタ。

 派手な打撃音を立てて鞭がルクシオンの頭部を打つ。

 一撃を食らって青の騎士がのけ反り気味に空を見た。


「……ウソだろ?」


 呻くように言うキリエッタ。


「気は済んだ?」


 頭部にまともに鞭を受けたルクシオンが再び顔を正面に向ける。


「土が跳ねて不愉快」


 言いながら髪の毛を手で払っているルクシオン。


「貴女が私にできる事はそのくらい」


 その言葉にかぶせるように横合いから彼女の間合いに高速で踏み込んだリューが鋭く拳打を放つ。

 今まで数多の強敵を葬ってきた一撃必殺の拳が虚空を抉ってルクシオンに襲い掛かる。


「……受けてあげてもいいのだけど」


 ルクシオンは無造作に上げた左手の、その掌でリューの拳を受け止めた。


「男性をそう身体に触れさせるのははしたないから」


 そう言ってから彼女はリューの拳を優しく押し返した。

 さしもの赤い髪の死神も言葉を失い立ち尽くす。


 キリエッタも……そしてリューも今の短い攻防だけで悟ってしまったのだ。

 自分たちでは彼女を傷付けることができないと。


「『竜の鱗ドラゴンスケイル』……私の体を覆う薄い魔力の層は竜の鱗と同等の硬度。竜の鱗を貫ける攻撃でなければ私に傷は付けられない」


 自らの超硬度の解説をしながらルクシオンが地面の槍を引き抜いた。

 それで更なる攻撃をしようというものでもない。

 本当に、ただ回収の為に彼女は降りてきたのだ。


「そんなにショックを受ける必要はないわ。私のドラゴンスケイルは打撃に対して特に防御効果が高いの。貴方たちは私と相性が悪いということ」


 青の騎士が軽く手を上げると飛竜が羽ばたきながら降下してくる。

 地上に降りた飛竜に飛び乗り跨るルクシオン。


「さようなら。もう会うこともないと思うけど……。早めにこの国を離れることをお勧めするわ」


 羽ばたきながらゆっくりと飛竜が上昇する。


「さもなくば、地獄を覗くことになる」


 キシャアアアアッッ!!!!

 ルクシオンの言葉に飛竜の咆哮が重なった。


 そして彼女は上空高く舞い上がり空の彼方へと飛び去って行った。


 ────────────────────


 斜陽の紅い光が荒れ果てた庭園を照らしている。


 立ち尽くすクリスティンたち。

 その中心に寝かされているのはアルゴールの上体だ。

 誰もが言葉もなく変わり果てた彼の姿を見つめていた。


「……悲しむことはない」


 か細い声で言うアルゴール。


「先生……!」

「私は実年齢はもう90以上だ。魔力で容姿は若いころのものを維持してはいたが、実際にはこの肉体には相当な無理を強いてきている。どちらにせよもう持たない身体だった」


 夕焼けを映しているアルゴールの瞳。

 だが、彼にはもう何も見えていない。


「王国の貴族として生を受けながらも私は権力を持つものたちの醜悪さに嫌気がさして世を捨て、死を操る術に傾倒した。そうして監獄島に引きこもっていたのだが……」


 瞳を閉じて穏やかに微笑むアルゴール。


「お前たちと出会ってからは全てが光り輝いていた。美しい日々をありがとう。……友よ、また会おう」


 そして……アルゴール・シュレディンガーは最後の息を吐き……。

 呼吸を止めたその身体は見る間に白く崩れ去る。

 後にはただ一握りの白い灰だけが残った。


「……先生っ……!!」


 泣き崩れて跪くクリス。

 他の誰もが何も言えずに立ち尽くしている。

 メイヤーは腕を組んで背を向けていたがその肩は微かに震えていた。


 そこにシャケ・オニギリーがやってきた。

 一行と行動を共にしていたはずのこのエルフの男なのだがルクシオンの来襲あたりから姿を消していたのだ。

 それが今戻ってきた。


「いやいや~。驚きましたね凄い女性でした」


 ……なんだか、白い猫を抱いている。

 毛並みの美しい青い瞳の美しい猫を。


「お前……どこで何やっとったんだ。猫なんか連れて……」


 胡散臭げにメイヤーがシャケを見る。


「いや、それは当然逃げて隠れてましたよ。おっかなかったですし」


 さも当然とばかりにしれっと言うシャケ。

 するとその腕の中の白猫がぴょんと地面に飛び降りる。


「……ともかくそろそろ行くとしよう。手間を取らせたな」


 ……かと思ったら急にアルゴールの声で喋った。


「ふえっ!!?? 先生!!!??」


 驚いて後ずさったクリスティン。

 白猫はぴょんと飛び上がると彼女の肩に乗る。


「うむ。こうなる予感があったのでな。今回はスペアの肉体ボディーを用意していた」


 猫は手をなめて顔を撫でている。


「なんなんだいもう……人騒がせだねえ……」


 先ほどまで涙を流していたキリエッタが嘆息してから鼻をかんだ。


「別に死ぬとは言っていない。また会おうとちゃんと言っていただろう」

「その『また』がまさかこんな直後とは思わないですって……」


 トホホ顔で肩を落とすクリスティンであった。


「こちらの身体まで傷付けられてはかなわんのでな。彼には持って退避してもらっていた」


 白猫アルゴールが言うと、両手でピースサインを出しているシャケ・オニギリー。


(それにしても……このエルフさんは本当に何者なんでしょうね。なんだか異様に馴染んでいますけど……)


 改めてその存在を不思議に思うクリス。

 とりあえずはリューやアルゴールが何も言っていないので彼女も流れで受け入れてはいるが……。

 どう考えても自分たちは正真正銘の犯罪者集団である。

 現在進行形で女王の部屋の美術品の数々を強奪中だ。

 この集団に馴染んでいるというのは世間的に見たら相当ダメなのでは? と彼女は思った。


 ────────────────────


 国境線を破り侵略してきたカーライル王国軍。

 それを南方、横から迎撃する形となったバルディオンの聖堂騎士団。


 両軍は数、実力共に拮抗しているはずであったが……。


「うおおおおおお!! いきなり攻めてきやがってカーライルのアホどもが!! ハラ減るじゃねえかよ!!!」


 交戦中の聖堂騎士団第5大隊。

 副隊長ブランドンが雄叫びを上げながら大戦斧を振り回している。

 一薙ぎごとにカーライル王国軍兵数名が吹き飛ばされて宙を舞っている。


「今はアイツに近づくんじゃねーぞ~。腹減ってると見境ないからな」


 全体の指揮をとっているスレイダー。

 その彼にモップトップの銀髪の聖堂騎士クリードが馬を寄せる。


「スレイダーさん、伝令が……」

「ああ? なんだって?」


 振り返ったスレイダーが見たのは珍しく困惑気味の表情のクリードだ。


「何でも……女王陛下が前線に出てしまっているらしく。見かけたらお助けしろと」

「ぶっ!! なんだそりゃ!?」


 驚いて噴き出すスレイダー。

 クリードも「わかりません」というように首を横に振る。


「とにかく……そういう事らしいです」

「冗談じゃねえっつの。万一があったらどうすんだよ……。ただでさえ今うちの国は上の方がゴタゴタしてるっつのによ」


 渋面になって愚痴るスレイダー。


 その時、彼らの前方の戦場の雰囲気が変わった。

 戸惑いと興奮がない交ぜになったような……混沌とした熱気が漂う。


「女王だ!! 女王がいるぞ!!!」


 誰かが叫んだ。

 カーライル軍の誰かが。


「やべえぞ!! バレた!!!」


 舌打ちして手綱を握るスレイダーだが、前方は混乱気味の兵士が壁になってしまっている。


「おい!! どけっつの!! オレが出る!!!」


 怒鳴るスレイダーだが、声が届いたもの数名が道を開けた所で状況には変わりがない。

 身動きが取れずにいる第5大隊長。


 ……だが、結果としてその状況が彼の命を救った。


 前方で爆発が起こった。

 いや、爆発が起こったように見えた。

 正しくはそれは爆発ではなく、直上から飛来した1本の槍がある標的に炸裂した衝撃波であった。


 その一撃は狙った標的のみならず周辺にいた者たちをも巻き込み粉々に吹き飛ばす。


 馬上から投げ出されたスレイダーは大地に叩き付けられ転がった。


「クソッタレが! なんだっつーんだよ!!??」


 咄嗟に地面に伏せながら毒づくスレイダー。


 ……その様子を戦場の遥か上空から飛竜に跨ったルクシオンが見ていた。

 大幅に手加減した先ほどの庭園での一撃とは違う。

 本気の投擲だった。


 大地には巨大なクレーターができている。

 その場にいたものたちはもう人の形を留めてはいるまい。


(これでいい)


 槍を放った彼女が真下を見ている。

 狙いは過たず、正確に標的を刺し貫いて粉砕した。


 ほんのわずかな間。

 ほんの数年間……一緒に過ごした女性を。


 ……これでもう亡骸を辱められることもあるまい。

 本当の意味で彼女もゆっくりと眠れる事だろう。


「……さようなら、ヒルダリア」


 空の上でそう言い残し、夕焼けの赤い光に向かってルクシオンは飛び去って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る