第22話 また会えて嬉しいです

 ……油断した。


 ヴァイスハウプト・メイヤーは己の認識の甘さに腹を立てていた。

 王宮内の豪華な客室に彼は監禁されている。

 シャワー付きの浴場がついていて食事は毎食ちゃんと出てくる。

 人によっては羨ましいとさえ思われるであろう待遇である。

 だが、警備は非常に厳重であり逃げ出すことはできそうにない。


 ヒルダリア女王とは依頼された暗殺をこなし報酬も受け取った所で関係が完結していると思い込んでいた。

 メイヤーは女王を権力を得たからと言って意趣返ししてくるような人物ではないと分析していたし、今更自分にちょっかいをかけた所で相手にとってはリスクしかないだろうと思ってもいた。

 その結果がこの様である。


 メイヤーはリューやクリスティンたちがダナンを発った後も換金を終えていなかった所謂の処理でしばらく街に留まっていた。

 それをようやく終えて旅立とうとした矢先に彼らは現れたのだ。


「皇太子ジェロームの侍従長をしていたヴァイスハウプト・メイヤーだな?」


 背後から掛けられたその声には親しみやすさは微塵も感じられない。

 敵視するものに向ける硬さと刺々しさが滲んでいる。


 振り向いたワシ鼻の男のモノクルに映ったのは濃い灰色のマントに黒い鎧姿の一団だ。


「いかにもその通りだが。何だね? お前たちは……」


 言いながらもメイヤーは男たちの正体を察している。

 先頭の男の顔には見覚えがある。

 茶色の髪に左頬に古い刀傷のある凄みのある男。


(コイツ確か……第3大隊の……)


 そう、彼の見立て通り男たちの中心に立つのはかつての聖堂騎士団第3大隊所属の騎士オーギュスト・ユーグである。

 だが聖堂騎士ならばサーコートに銀の鎧姿のはずだ。


「オレたちは女王親衛隊クィーンガード。ヒルダリア女王陛下がお前を捕らえよと仰せだ」


 威圧的に言い放つとオーギュストは背負った大剣の革製の覆いを外して抜き放った。

 陽光を弾くその鋼の刀身の大剣は聖遺物アーティファクトである。


(ぬかったッ!! まさか今になって私を狙ってくるとは……!!)


 ギリッと奥歯を鳴らして身構えたメイヤー。

 この男が『聖域』使いであるという事は知っている。

 聖域の性質上、複数の使い手が同時にそれを用いて攻めてくることはできない。

 最初に武器を抜いたという事はオーギュストが聖域を展開するという事であろうか……?


(だがここは人の多い市街地だ。聖域は使えまい。何とか逃げなくては……)


 そう考えていたメイヤーであったが、続いたオーギュストの挙動は彼の予想を裏切るものであった。

 虚空を切り裂くように高く振り上げた大剣を振り下ろすオーギュスト。

 その瞬間、ガラスの砕け散るような音を立てて「世界」は崩れ落ちる。


「……馬鹿なッッ!!? 正気かキサマぁ!!!?」


 驚愕して叫んだメイヤー。

 一瞬にして周囲は真っ赤な雲が満ちた空の下の荒れ地と化した。


「『深紅クリムゾン荒野ウィルダネス』……灼熱の雨が降る地獄の原野がオレの世界だ、メイヤー」


 表情もなく冷徹に言い放ったオーギュスト。

 周囲からはわけもわからずに結界世界に取り込まれてしまった街の住人たちの戸惑いの声が聞こえてくる。


 ……そして、燃える雨が降り始める。

 一瞬にして周囲は阿鼻叫喚の地獄に変わった。


 悲鳴が、絶叫が……そこかしこで木霊している。

 無関係の街の住人が燃える雨に打たれて炎に包まれている。


「何をやっているかわかっているのかこのバカタレがッ!!! 早くこの結界を解け!! こんな事を女王に知られればお前もただでは済まんぞ!!!」

「女王様は全て承知だ!!!」


 叫ぶオーギュストに絶句するメイヤー。

 刀傷の男も必死の形相であった。


「あの方の命令だ!! オレたちはもうこうするしかないんだよ!!!」

「……わ、わかったッ!! 降伏する!! 大人しくするから結界を解除しろ!!!」


 オーギュストの周囲の騎士たちがメイヤーを捕縛する。

 彼らも炎の雨を浴びて火傷を負っているのだが全員それを気にする風もない。

 無論痛みを感じていないわけではないのだ。

 それでも騎士たちは脂汗を浮かべ痛みを嚙み殺して任務を遂行している。

 その鬼気迫る様子にメイヤーは言葉もない。


 こうして、メイヤーは捕らえられたのだった。

 それから10日が過ぎたが尋問されるわけでもなく彼はただ王宮の一室に監禁されている。


「誰かが私を助けに来ないか、それを待ち受けているということか……?」


 小声で呟き窓から外を見るメイヤー。

 この部屋は3階だ。

 そしてこの窓から見える風景の中だけでも何人もの騎士が警備に就いている。


「……フン、だとしたらご苦労様な事だ。生憎私を助けに来るような物好きはおらんよ」


 もう平和な暮らしに戻ったであろう「皇太子の財産ぶん取り大作戦」の同志たちを思い浮かべて呟くメイヤーであった。


 ────────────────────


 王宮の一角に黒い鎧の騎士たちが数名集まっている。

 ヒルダリア女王の親衛隊たちだ。

 その中心にいるのは隊長のオーギュストである。


「ご苦労さん。油断なく警備を続けてくれ」


 報告の書面に目を通したオーギュスト。

 その隣には長弓を背負った銀の長髪の騎士が立っている。

 副隊長のフェルディナント・マティアスだ。


「……ケッ、ご立派なこって」


 集まった騎士の内の1人が舌打ち交じりにそう吐き捨てた。

 金色の髪の毛を箒のように逆立てた痩せた騎士だ。


「……ジグ」


 フェルディナントが咎めるようにその名を呼ぶとジグと呼ばれた男がギョロリと大きな目をそちらへ向ける。

 元第3大隊の聖堂騎士の1人だったクィーンガード、ジグラッド・ブラムだ。


「なんだフェルディナント。オレぁなあ……まだおめえらが自分の上だと認めたわけじゃねえぞ? 失敗して戻ってきやがった連中がよ」

「ふん、その選抜メンバーにすら選ばれなかった男が」


 フェルディナントが鼻を鳴らす。

 2人の視線が空中に見えない火花を散らした。

 ジグの言う失敗とは先日のリューとクリスティン追跡の一件の事である。


「おい、やめろ2人とも。……ジグ、文句があるなら働きでオレをぎゃふんと言わせてみな。その時は喜んでこの席をお前に譲ってやるよ」

「言われなくたってそのつもりだぜ。せいぜい今だけの隊長生活を満喫しとくんだなぁ」


 オーギュストの言葉に苦々しげにそう吐き捨てるとジグは乱暴に靴音を鳴らして立ち去る。


「……勝手なことを。オーギュストの苦労も知らないで」


 その後姿を嘆息して見送るフェルディナント。


「まあ、仕方ねえさ。オレたちがしくじったのは事実だし、あいつはキリエッタ大隊長を一番慕ってたからな」


 苦笑して肩をすくめるオーギュスト。


「オレが好きでも嫌いでもどうでもいい。オレたちは全員もう後がねえんだ。……わかってるよな、フェルディナント。次にが来たらその時は……」

「ええ、わかっていますよ。差し違えるつもりでやります」


 厳しい顔で言う相棒にうなずくオーギュストだった。


 ────────────────────


 女王の親衛隊たちは全員が今王宮の警備に就いている。

 メイヤーを奪還しに来るものがあればこれを討てというのが彼らの使命であった。


 だが、その中に1人王宮を抜け出して街を歩くものがいた。

 天を突く金色の髪が揺れている。

 大きな三白眼が油断なく周囲を見回している。


「ケッ、お行儀よく城で突っ立ってろだなんてやってられっかよ。オレは番兵じゃねえぞ」


 黒い鎧を脱いでラフな私服姿のジグラッドがポケットに手を突っ込んで通りを歩いている。


「狙う奴は決まってんだ。近くまで来てるってんなら探して狩りゃいいんだよ」


 ニヤリと犬歯を見せて笑うとジグラッドはお世辞にも上品とは言えない酒場の戸を潜った。

 店内は薄暗くガラの悪い男たちが屯している。

 入ってきたジグラッドの姿を見るとならず者風の数名の男たちが彼に駆け寄った。


「ジグさん、いましたよ」

「間違いねえよ。銀の髪のでけえ女だった。連れのチビは赤髪じゃなかったけどよ」


 口々に言って男たちがメモ書きをジグラッドに手渡した。


「よくやったおめえら。まあコソコソしてるでけえ若い女なんてそうそういるもんじゃねえ。探せばすぐ見つかるとは思ったがよ……」


 ジグが折り畳んだ数枚の紙幣を渡すと男たちは歓声を上げて店を出て行った。


「……見やがれ。おめえらがマヌケに城でうろうろしてる間にこんなもんさっさとオレが終わらせてやるよ。クソが……キリエッタ大隊長を追い出しやがって……タダじゃ殺さねえ。少しずつ刻んでやる」


 瞳に憎悪の炎をチラつかせたジグラッド。

 メモ書きの住所を頭に入れて彼はそれを握り潰した。


 ────────────────────


 その男は唐突に現れた……。


 派手な音を立てて蹴り破られたドア。

 木片が飛び散り、金具が歪んでドアから外れた錠前が床に落ちる。


「……邪魔するぜぇ!! クリスティン・イクサ・マギウス!!!」


 入ってきたのは金髪を逆立てた痩せた男だ。


「な、なんですか……!?」


 驚いて硬直するクリスティン。

 そしてカエデは僅かに躊躇する事もなく侵入者を迎撃する。

 ジグラッドが蹴り破った戸の陰から奇襲するカエデ。

 完全な死角からの攻撃……これに反応することはできない。

 ……相手が並の戦士であればだ。


「ン~~~? 聞いてんのとり方が違うなぁお前。やっぱお前はクリストファー・リューじゃねえな?」

「……!!」


 ジグラッドはいつの間にか抜いていた短剣でカエデの一撃を受け止めていた。

 攻撃を仕掛けた彼女の方を見もしないでだ。


 もう片方の手にも同じ短剣を持っているジグラッド。

 左右一対の武器。

 2本で1つの聖遺物である。


「強いぞ!! 気を付けろ!! こいつ聖堂騎士だ!!」

「古い呼び方すんじゃねえよ~……」


 蹴りを放つジグラッド。

 短剣の攻撃を受け止めているカエデはそれを回避できない。

 横腹を蹴られた彼女が呻き声を上げて床に転がる。


「カエデちゃん!!!」

「今はなぁ、クィーンガードつーんだよオレらはなあ」


 カクンと口を開いて長い舌を見せるジグラッド。

 痩せ方といい、どことなくガイコツを思わせる男である。


「……くっ!! 聖域が来るぞ!! クリスティン!!」


 身を起こしながら叫ぶカエデ。

 クリスは大剣を構えてはいるがこの狭い屋内では大きなこの武器を思うようには扱えない。

 短剣使いの相手が圧倒的に有利な状況である。


(流石に聖域はここじゃ使えね~んだよなぁ)


 今のジグラッドは命令違反の状態で城を出ている。

 ここまではターゲットを討てば帳消しにできるマイナスだ。

 だが、ここで聖域を展開してしまうとそうはいかなくなる。

 無許可で、しかも城下での聖域の使用は重罪である。

 罰が軽く済んだとしても降格と聖遺物没収は避けられない。

 規則を規則とも思わぬこの男でも流石にそこは越えられない一線であった。


「……ま、おめえら相手に聖域は必要ねえだろうよ」


 無造作に踏み出すジグラッド。

 前方には身構える2人の女性……その内のカエデが前に出る。


「おめえにゃもう用はねえんだよ!! クリスティンを出せやぁ!!!」


 瞬間、両者の間合いを無数の刃の舞が埋め尽くした。

 斬り、尽き、払う……縦横無尽に繰り出される短剣の攻撃。

 速度には自信のあるカエデでもその全てを見切って捌くことができない。


「くうっ……!!! ああああッッッ!!!!」


 無数の斬撃を浴びてカエデが鮮血を散らして叫ぶ。


「…………………」


 無言でカエデを引き寄せたクリスティン。

 小柄な少女を腕の中に抱え込むように抱き締める。


「……バカっ!!!」


 自らを庇ったクリスにカエデが悲痛な叫び声を上げた。


「ヒャハハハハ!! そうだそれでいいんだよ!! オレが用があんのはてめえだクリスティン!! 今念入りに刻んでやるからなぁ!!!」


 哄笑しながら短剣を振り上げるジグラッド。

 クリスティンは……動かない。

 カエデをぎゅっと抱きしめたまま動かない。


 ……轟音が響き、宿がグラグラと揺れた。


「………………」


 何が起こったのかと恐る恐る顔を上げたクリス。

 ジグラッドがいなくなっている。

 そして、向こうの壁には大穴が開いていた。


 誰かが……自分のすぐ隣に立っている。

 襟足に短い三つ編みを揺らした赤い髪の男が。

 ハイキックの姿勢で右足を高く上げて立っている。


「……リュー!!!」


 涙の混じった声でクリスは叫んでいた。


「久しぶりだ、クリスティン」


 彼女の方は見ずに言うリュー。

 彼の視線の先……その壁の大穴からバキバキと木片を踏み砕いてジグラッドが姿を現す。

 先ほどは顔面を蹴られたのか、頬が歪んで口から血を流している金色の髪の痩せた男。


「そうかよ、てめえがクリストファー・緑か……」


 口元の血をぐいっと乱暴に手の甲で拭ってニヤリと笑うジグラッド。

 リューは黙ったまま静かに彼を見ている。


「ツイてるぜえ、オレは。獲物が2匹揃って仕事が1発で終わるじゃねえかよ、なあ? クリストファー」


 逆手に構えた2本の短剣。

 狩猟者の眼光でリューを射抜くジグラッド。

 両者の間に冷たくひりついた空気が流れる。


「……シャアアアアアアッッッッ!!!!」


 咆哮したジグラッド。

 繰り出された一撃は彼のこれまでの生涯でも最速のものであった。

 しかしその一撃は赤い髪の男を捉えることはできず……交差して放たれたリューの拳はジグラッドの胸部中央に炸裂する。


「や……やるじゃ……ねえか……よぉ……」


 今度は吹き飛ばない。

 ジグラッドは白目を剥いてその場に跪くように崩れ落ちた。


「生憎だが、俺はお前には用はない」


 拳を引いたリューが静かにそう言った。


 そして床を軋ませドアの吹き飛んだ入口から背の高い白い装束の男が入ってくる。


「酷い部屋だな。こんな所に居ても美を愛でる心が錆び付いていくだけだ。宿を変えるぞ、クリスティン」

「先生……」


 入ってきたハンカチを口に当てて眉を顰める男……アルゴール・シュレディンガー。

 そして続いて部屋に足を踏み入れたのは金色のショートカットに褐色の肌の美女である。


「あれ、なにさコイツ……ジグラッドじゃないか」


 床に座り込んでいる意識のない男を見る彼女。

 元第3大隊長キリエッタだ。


「知り合いか」

「第3だよ。元部下。……今はクィーンガードって言うんだっけ?」


 リューが問うと彼女はうなずく。

 ジグラッドを見るキリエッタには特に感慨のようなものは感じている様子はない。


「手加減すればよかったか」

「必要ないよ。コイツらが襲ってくるのはわかってたんだしさ。アタシだって顔合わせれば本気でやるし、その代わり殺されたって文句は言わない。そういうもんだろ、アタシらの生きてる世界は」


 さばさばとした表情でキリエッタは肩をすくめる。


「一仕事終わって一緒に飲んで騒いだら、次の仕事場じゃ敵同士で殺し合いになる事だってあるよ。割り切っていかないとね」


 傭兵の出の彼女らしい物の考え方であった。

 聞きながらクリスティンは流石に自分はそこまで割り切っては考えられないかな……と思った。


 ────────────────────


 カエデの手当てをするクリスティン。

 劣勢ではあったもののそこは流石に彼女も腕利きのエージェントだ。

 今後の活動に支障のあるような深い傷はない。


 クリスティンたちは貧民街の宿を出た。

 迷惑料として大金を宿の主人に渡してある。

 慣れているのか主人は嬉しそうでも迷惑そうでもなく不愛想なまま平然としていた。


 昏倒しているジグラッドはそのまま部屋に放ってある。

 ……その内城から回収に来るだろうという事で。


「お、降ろせ……自分で歩ける……!」


 包帯姿が痛々しいカエデを背負って歩くクリスティン。

 もぞもぞと落ち着かない様子のカエデがクリスの背でもがいている。


「いいえ、ダメです。カエデちゃんは怪我してるんですから。大人しくしててくださいね~」

「バカッ! 目立つだろこんなことしてたら!」


 顔を赤らめて怒るカエデ。

 その彼女にクリスが返事をするより早く白いスーツの男が口を開く。


「気にすることはない。既に我々には監視が付いている。どこで何をしているかなど向こうには筒抜けだ。堂々としていればいいのだよ」


 アルゴールの言葉に驚いてクリスが周囲を見回した。

 しかし彼女が確認できる範囲で監視らしき人影はない。


「備えはしてあるが、おそらく連中は街中で仕掛けてはくるまい」

「ど、どうしてです……?」


 クリスの問いに薄く笑ったアルゴール。


「それは、部屋に着いてから話すとしよう」


 見上げた彼の視線の先には王都でも一番の高級ホテルが聳え立っていた。


 ────────────────────


 カエデと2人旅だったが、いきなり大所帯になった。

 合流した3人……リューとアルゴールとキリエッタ。

 何故この三者が一緒にいるのかはよくわからない。

 どうやら彼らの目的もクリスティンと同じくメイヤーの奪還であるらしいが……。


 一等室を取った一行がようやく腰を下ろして落ち着く。

 早速甲斐甲斐しくお茶を淹れたクリスが皆の前にカップを並べていく。


「まず、第一に連中はメイヤーを捕らえその情報を意図的にリークしている。何のためか? ……それは我らの耳に入れる為だろう」


 カップを手に座って足を組んでいるアルゴール。


「我らが奪還に来ると踏んで待ち構えているのだよ。メイヤーは地下牢ではなく王宮に閉じ込められている。つまりそこが連中の想定する決戦の場というわけだ」

「わざわざ王宮でですか……?」


 怪訝そうなクリスティン。

 向こうにしてみれば1番有事を避けたい場所であるようにも思えるのだが……。


「そこは不可解な所だが、現実としてクィーンガードはほぼ全員王宮に詰めているようだ。先ほどの男はまあ……暴走だろう」

「勝手な事ばっかりしてたからねアイツ。アタシの言う事だけは不思議とハイハイ素直に聞いてたんだけどさ」


 相槌を打つキリエッタ。


「で、あるからして後は我々としては準備を整えて王宮へ突入し彼らと交戦の後にメイヤーを奪還すればいいだけだ」

「だけって……」


 やる気ではあったのだが、いざ改めてそう口に出されるとげっそりしてしまうクリスティン。


 会話が一段落した所を見計らったかのようなタイミングで部屋の戸が開き、銀のワゴンを押してリューが入ってきた。

 ワゴンにはもう当然のように湯気の立つ丼が並んでいる。


「食事にしよう」


 ……お馴染みのラーメンタイムであった。


 一時の安らぎの時間。

 彼の作るオーソドックスな醤油味のラーメンは相変わらず美味しい。


 この時ばかりはクリスティンも不安なあれこれを忘れて食事に没頭する。

 そんな彼女がふと顔を上げると、斜め向かいに座っているリューと視線が合った。


「美味しいですよ」


 なんとなく、その視線で「どうだ?」と聞かれているような気がして彼女は言った。


「また会えて嬉しいです、リュー」

「そうか」


 笑顔でそう付け足したクリスティンにそっけなく答えるリュー。

 それから3分近くが経過したであろうか……。


「……俺もだ」


 いつもより大分落ちる声量で彼は言う。


「間が長すぎですよ」


 くすくすと笑うクリスティン。


 そんな2人をキリエッタがどこか寂し気な目で眺めながら軽く微笑んだ。



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