第18話 その剣が呼んでいる

 老将ゼノヴィクタ率いる精鋭部隊、聖堂騎士団第4大隊の猛攻を凌ぎきったクリスティンたち。

 部隊は参戦できないままに騒ぎが収束してしまった3分の1ほどの騎士を平原に残し、主力部隊は王都へと引き上げていった。

 残ったものたちは通常の演習を行うらしい。

 その中には名のある騎士は含まれておらず、もうクリスたちにちょっかいをかけてくる余力は大隊には残されていない。


「ふ~ぅ、どうにかなったか……。今回は流石に肝が冷えたな」


 談話室サロンのソファに深く身を沈めたメイヤー。

 ワシ鼻の執事のヒゲ先も力なく下を向いている。


「いたた……ああ!? これ!! 奥歯が欠けちゃってますよ……」


 口の中に指を入れて涙目になっているクリスティン。

 傷の手当てを終えている彼女とリューの2人は全身が包帯と絆創膏まみれであった。


「そのくらいで済んでよかったではないか。お前の相手なんぞ牙を叩き折られてるんだからな」


 意地悪い笑みを浮かべてメイヤーは視線でテーブルの上のあるものを指す。

 そこに置かれているのは立派な象の牙である。


「必死だったから無我夢中でやっちゃいましたけど、そう考えると悪いことをしちゃったかな……」


 それを見る彼女の表情が曇る。


「バカタレ、気にすることなんぞあるものか。向こうが襲ってきたんだぞ。相手がお前じゃなかったら死んどったかもしれん。むしろ牙だけで許してやったことを有難いと思えと言え」

「いえ、私そういうキャラではないので……」


 疲れた顔で苦笑するクリスであった。

 そんな2人のやり取りには加わらずに壁に寄り掛かっているリュー。

 やや俯き加減の彼はどことなく険しい顔をしている。


「……痛みますか? リュー」

「いや、問題ない」


 即答してから少し間を空けて、彼はぽつりと口にする。


「強敵だった。キリエッタが来なければ俺は負けていたと思う。まだまだ修行が足りん」

「そういえば助けてくれたらしいですね。キリエッタさん」


 負傷の度合いで言えば倒されたノクターナよりも倒したキリエッタの方がずっと重傷であった。

 理由はわからないが突然現れて助けてくれたキリエッタ。

 とはいえ、味方ではない彼女を王家の館に入れるわけにはいかない。

 なのでリューは戦いが終わった後でキリエッタを街の病院に入院させていた。


「治療術師を手配しておいた。直に回復するだろう」

「そこまでしてやる必要があったのか? 大金が飛んだだろうに……」


 釈然としない表情のメイヤーである。

 治療術師はすぐに傷を癒してはくれるもののとんでもない代金がかかる。

 リューは自分への治療にも術師を手配していない。

 彼は組織の刺客だった時代の貯えでそういう費用を払っている。


「金は大した問題ではない。意図はどうあれ、助けてもらったのは事実だからな」

「なんで助けてくれたんでしょうか……キリエッタさん」


 クリスが首をかしげるとリューは静かにかぶりを振る。


「さてな。俺たちの為ではないと言っていたので俺たちの為ではない理由があったのだろう」


(それはよくある照れ隠しのあれなのでは……)


 そう思うクリスティンであったが確証のない事を不用意に口に出すのはやめておく。


「先日スレイダーに後れを取ったばかりだというのにこの様だ。不甲斐ないな」

「あのなぁ……お前が相手にしとるのはその辺のゴロツキどもじゃないんだぞ? 大陸屈指の強国のトップクラスの強者たちだ。旅するラーメン屋がそうポンポン倒していい相手じゃないんだ。ここまでのお前の戦績がおかしいんだよ」


 呆れたメイヤーは半眼である。


「こっちとしちゃ味方が強いのは頼もしい事ではあるがな。……だがリューよ。お前少し考えた方がいいぞ。過剰な強さも戦績も、どちらもトラブルを呼び込むもんだ」


 呆れ半分ながらも諭す口調にからかうような響きはない。

 この男なりにリューの身を案じてはいるのだろうか。


「ずっと強敵相手に戦い続ける人生を送りたいのなら別だが、お前がやりたいものはラーメン屋なんだろ?」

「……覚えておこう」


 メイヤーの言葉に何か胸に刺さる部分があったのか、クリスティンは彼の声にいつもより力がないように聞こえた。


「クリスティンだって大分頼もしくなってきた。なんでも自分だけでやろうとするな。……まあ、お前たちがいつまで一緒にいるのかは私はわからんがな」


 侍従長は葉巻を吹かしている。

 なんとなく……場は無言になった。

 いつまで一緒にいるのか、そのメイヤーの一言がクリスの胸に波紋を広げていた。


 全てが解決したらその時は自分は平穏な日常へと戻る。

 リューはラーメン屋になるための旅に戻るのだろう。

 一緒にいられるのはその時までだ。


(……というか、そもそもまず私は平穏な日々を取り戻せるのでしょうか!!)


 そこからして不安で仕方がないクリス。

 下手をすれば嫌疑を晴らすどころかここから大きな罪状が追加されかねない事をやっている。


 そんな頭を抱えて苦悶しているクリスティンと黙って見ているリュー。


(この2人もなあ。どうにもわからんな。お互い憎からず思っておると思うんだが……)


 その2人を遠巻きにしながらメイヤーが腕を組んでいる。

 大きな彼女と小さな彼氏の逆凸凹コンビはメイヤーの目から見てもまあまあお似合いなのではないかとは思うのだが……。


(まあいい。余計なことに首突っ込むのはやめよう。2人とも怒らせると怖いからな)


 結局我関せずを通すことに決めたメイヤーであった。


 ───────────────────────


 午後の陽光を背負ってシルエットになっている威容。

 見上げるフードの占星術師は僅かに目を細めた。


 バルディオン王宮敷地内にその白亜の大神殿は存在している。

 石造りの厳粛で荘厳な外観が見る者の心に静謐な畏れを生じさせる。

 今静かにその内部へと歩を進める彼女の胸中に去来するものはやはり神を畏れ敬う気持ちなのであろうか……。

 表情のない人形のような彼女の怜悧な瞳からはどのような想いをも読み取ることはできそうにない。


 神殿の祭壇の前で数名の聖堂騎士を従えた1人の男が占星術師を待っていた。


 銀の鎧を着こんで純白の外套を纏う体格の良い老人である。

 日焼けした顔に刻まれた皺が大樹の年輪のように彼の歩んできた日々の長さを物語る。

 顔の下半分を灰色の髭で覆った彼は穏やかながらも鋭い視線を来訪者に注いでいた。


 彼は聖堂騎士団の最高指揮官。

 団長ウォード・ウィルベルト。


 彼を前に占星術師はフードを脱ぐ。

 赤紫色の長髪が外気に晒され揺れている。

 そして、彼女は片膝を突いて深く頭を下げた。


「団長様の召喚に応じ参上いたしました」

「顔を上げなさい。リタ・リシエル」


 リタ・リシエル……それは面会に先んじて占星術師が提出した書類に自らの名として記したもの。

 無論、他に記した経歴ともに全ては偽りである。


「王妃様の推薦であれば私から質すことはほとんどない。良く働き王家の為に尽くしなさい」

「御意にございます」


 淀みなくリタが答える。


「王妃様の直属とはいえ形の上では我が指揮下第1大隊の所属となる。1か月……いや、3か月に1度でいい。活動報告を出しなさい。私が何をしているのか知らぬというわけにもいかんのでな」

「団長様の仰せのままに」


 ウィルベルト団長が沈黙する。

 後は何を話すべきかと、それを思案しているように見える。


「うーむ……それで、聖遺物を持ちたいのだったな。なら『試しの儀』をやってしまうとするか」

「……は?」


 初めてリタの顔にほんの僅かに動揺が走った。

 これは想定外の事である。

 今日は面通しのみのはずであった。

『試しの儀』とは非常に重要で神聖な儀式である。

 ついでにやってしまうか、のような話で実行できるものではない。


「いえ、お待ちください。王妃様にご許可を頂きませぬと」

「その王妃様がお前に聖遺物を与えよと言っておるのだぞ?」


 非常に珍しいことであったが、この時リタは若干混乱していた。

 彼女にしてみれば千載一遇の好機と言える。

 労せずして自分の究極の望みが叶おうとしているのだ。

 だがそれは、裏を返せばヒルダリアへの裏切りでもあった。

 自分は彼女への約束をまだ果たしてはいないのに報酬を手にしようとしている。


 そのまま事を進めればよいだろうと、心の中でもう1人の自分が言っている。


 何故団長を止めたのか自分でも自分の行動に上手く理由付けができない。


 困っている様子のリタに団長は嘆息する。


「やれやれ、義理堅い奴だな。……おい、ひとっ走り王妃様の所へ行ってきてくれ。あなたの忠実な騎士が困っています、試しの儀のご許可を頂けますでしょうか、とな」


 ウィルベルトに命じられ、傍らに控えていた聖堂騎士の1人が一礼して立ち上がると神殿を出ていった。

 内心でやや安堵するリタ。

 これで試しの儀は先送りになるだろう。

 その間に謀略を進めなくては……。


 しかし戻ってきた騎士の携えた王妃の返答にまたしても彼女は驚愕することとなる。


「戻りました。お返事、一筆頂いてまいりました」


 騎士が折りたたんだ手紙をウィルベルトに手渡す。

 彼はそれを広げて一瞥するとリタに向けて広げて見せた。


「これでよいか? では進めるぞ」

「…………………………」


 呆然としているリタは返事もできずにいる。

 そこには確かに王妃の字と署名でよろしく進めてくれと記されていた。


(何故だ……?)


 何故王妃は許可を出した?

 既に政争の敗北を悟って投げやりになっているのではないか……と一瞬考えてリタはその思考を打ち消す。

 ヒルダリアは例え敗北しようが死の瞬間まで心折れることはあるまい。

 そういう鉄の意志を持つ女だ。

 ……だからこそ理解できない。

 現時点で自分の要求に応えてしまう事は彼女にとってはリスクだけでなんのメリットもないはずなのに。


 ────────────────────


 数名の聖堂騎士を伴ったウィルベルトがリタを案内したのは神殿地下であった。

 その最深部の部屋に至るまでに3度の厳重に神聖魔術に封印されている扉を通ってきている。

 予め魔術によって登録されている者が正しい解除の呪文を口にすることでしか通れぬ扉だ。

 手順を全て把握しているものは極一部の王族と司教たち、そして聖堂騎士団の団長と副団長のみ。


 最深部の部屋は広間であった。

 中央には円卓がある。椅子の数は28。

 そして卓上にいくつか武具が並んでいる。

 いずれもテーブル中央に向かって放射状に置かれていた。

 斧槍や剣など……その数は7本。

 いずれもが未だ所持者の決まらぬ聖遺物である。


「どれか……武器が自分を呼んでいるような気がするか?」


 ウィルベルトが尋ねる。

 これは『試しの儀』の時のお決まりの問いかけだ。

 滅多にない事ではあるが聖遺物への適性が相当高いと武器の方から持ち手を「選ぶ」事がある。

 その時対象者は自分が武器に呼ばれているような感覚を覚えるのだという。


 リタは迷わずに1つの武器を指差した。

 ……円卓の12時の席に置かれている剣を。


「……ほう」

「あの剣が私を呼んでいます」


 同行した聖堂騎士たちが無言で視線を交し合う。

 まさか、と彼らの無言の視線が語っている。

 その聖剣は聖堂騎士団設立時より1度も主を迎えたことのない「曰く付き」の一振りであった。

 数多の高名な聖堂騎士たちが所有を望み、そして叶う事のなかった聖遺物。

 本当に武器に呼ばれているのかどうか、それは他者にはわからない。

 口から出まかせを言っているのでは……そう思う騎士もいた。


 いずれにせよ、事の真偽はすぐにわかる。


「わかった。ではあの剣を手に取ってみなさい」

「わかりました」


 12時の席の前に立ったリタ。

 彼女が卓上の剣に手を伸ばす。

 ……並の騎士であれば手に取る事すら叶わない。

 適性の無い者なら指先が触れただけで強烈な不快感に襲われる。

 それは時として意識を失う者が出るほどの拒絶反応だ。

 そこを偽り、あるいは誤魔化して帯剣しようにも不可能なのである。


 一同は固唾を飲んでリタの動向を見守る。


 剣の柄に手を伸ばし……彼女はそれを握った。


「おお……」


 誰かが思わず声を出す。

 そのままリタは鞘に納めたままの剣を頭上に掲げてみせた。

 彼女の無表情はこの場においても些かも変化はない。


「如何でございましょうか、団長様」

「見事である。このウィルベルトと騎士たちが確かに見届けた。今日よりお前がその剣の所有者だ」


 深くうなずいた老騎士。


「おめでとう、リタ」

「素晴らしい事だ」


 周囲の騎士が称賛する。

 彼らへ向けてリタが頭を下げた。


 こうして……聖堂騎士リタ・リシエルは聖遺物、聖剣オメガの所有者となった。


 ───────────────────────


 聖遺物の所有者としての登録や手続きを終えてリタが解放されたのはそれから2時間程が過ぎてからの事であった。


 神殿を出た彼女はその足で王妃の所で向かうつもりだったのだが……その足取りはふらふらと頼りない。

 酔っているか病んでいるかのようにふら付く足取りで彼女は王宮内の人影のない一角に入り、そこで壁に寄りかかり大きく息を吐いた。


 両手で長剣の鞘を抱いているリタ。

 ずっと耐えていた涙が彼女の頬に流れ落ちる。


「やっと……やっと、取り戻した……! 私の……わたし……の……剣……」


 剣を抱いたままずるずると座り込んだリタ。

 溢れ出した感情の奔流はその後しばらく止まることはなかった。


 ……そして、そんな彼女の様子を誰にも知られずに窺っている者がいる。


 息を殺し、気配を殺して潜む者。

 百舌もずと呼ばれている密偵。

 黒覆面の彼女は感情のない瞳で泣き崩れるリタの様子を冷静に監視していた。


(泣くほど感動している。まあ、聖遺物はすごいアイテムだからな。感動しまくるのもわからないではない)


 ……その割にはイマイチ状況を理解できていない百舌だった。


 ───────────────────────


 息を切らせてメイドが廊下を走っている。

 顔面蒼白の彼女は目の端に涙の粒を光らせていた。


 第4大隊の襲撃事件から数日が過ぎたある日の事。


 皇太子の住まう王家の別荘で天地を揺るがす騒ぎが起こった。


「メイヤー様!! 侍従長様!! 大変です!! 大変でございます!!」


 ドンドンと自室の戸を乱暴にノックされメイヤーが顔を出す。


「どうした? 何事かね?」

「皇太子さまが……」


 取り乱すメイドに引っ張られて皇太子の私室に連れてこられたメイヤー。

 彼が目にしたものはベッドに横たわる既に息をしていないジェロームの姿であった。

 生前と何1つ変わった様子はない。

 ただ眠っているだけのように見えるジェローム。


「ご起床の時間を過ぎてもお見えにならないので様子を見に来たのです。それが……そうしたら……」

「……すぐに医者を呼ぶのだ」


 メイヤーがそう指示するとメイドは慌てて部屋を出ていった。


 ジェロームに既に呼吸はなく体は冷たい。

 誰から見てもその死は明らかである。

 連れてこられた医者は検死を行うと外傷はなく就寝中の心臓麻痺であろうとの結論を出した。

 魔術の知識が皆無の医師にとって外傷も病の痕跡も何もなしに昨夜まで元気だった(見た目は)人物が朝布団で冷たくなっていたとなればそう結論付けるしかなかったのである。


 ………………。


 その日の深夜近くになって、ようやくクリスティンたちとメイヤーが食堂で顔を合わせた。


「……説明をお願いします」


 幾分か怖い目付きでクリスがメイヤーに詰め寄っている。

 彼女は起き抜けにこの騒ぎに遭遇し、動揺と不安とで今日一日ロクに食事も喉を通らぬ有様であった。


「う、うむ。わかっとる。全部話すから落ち着けクリスティン」


 その彼女を両手で押し留めるようにしているメイヤー。


「まあ、まずは聞いての通りだ。皇太子ジェロームは死んだ……にな」

「よかったんですか……?」


 クリスの言うよかったのかとは皇太子の死を明かしたことについてだ。


「ああ、もう潮時だ。流石にそろそろケリを付けねばならん。これ以上引き伸ばしてまた第4みたいのが来たらやばいからな」


 そう言ってメイヤーは襟の内ポケットからガラスの小瓶を取り出した。


「これが何かわかるか? クリスティン」

「……?」


 首をかしげるクリス。

 見覚えのない小瓶だ。

 コルク栓がしてあり中には少量の透明な液体が入っているようだが……。


「これこそが、すべての始まりの夜……あのお前がパウル司祭を殺した夜に司祭から王妃派の密偵に渡った毒薬なのだ」

「え!!!?」


 驚いて思わず椅子から腰を浮かせたクリスティン。

 確かにあの夜は彼女は物陰に身を潜めていたので実物を目にしてはいない。

 リューとアルゴールの2人も興味深げに小瓶を見ている。


「な、なんで……? どうしてメイヤーさんがその毒を持ってるんですか?」

「どうしてってそりゃお前、王妃から受け取ったに決まっとる」


 さも当然とばかりに言うメイヤーだが、クリスの頭の中は?で一杯であった。


「まあ順を追って話すとしよう。少し前から私がジェロームの傍にいる時間を大幅に減らしていた事は知っているな?」


 うなずくクリス。

 その話は以前の会話でも出ていた。


「あれはあえてそうしていたのだ。それと同時に私はそれとなく噂を流してあった。皇太子と侍従長は最近不仲である、とな。当然王妃派の諜報員にもその噂は届いている」

「その前提を作った上で自分を王妃に売り込んだか」


 リューが言うと我が意を得たりとメイヤーがニヤリと笑った。


「そういう事だ。私は王妃と連絡を取ってこう言ってやった『皇太子は自分を疎んじていて近々処分されそうだ。そうなる前にこちらからやってやる。例の毒薬を寄こせ、私なら気付かれずに飲ませる方法がある』とな」


 メイヤーは件の小瓶を掲げる。

 照明の光を映して光る瓶の中で液体が揺れている。


「お前たちがこっちに逃げ込んだ以上私が毒薬の話を知っていてもなんの不思議もない。向こうはそのせいでこれをおいそれとは使えん状態に陥っている。ダメ元で構わんと乗ってくるだろうと思ったが案の定だ」

「じゃあ……メイヤーさんがその毒で皇太子さまを暗殺した、と……」


 感心半分呆れ半分くらいのクリスティン。

 よくまあこんな悪巧みを思いつくものだと。


「実際はとっくの昔に死んどるんだから飲ませてはおらんがな。やったふりだけして報酬だけブン取る楽な仕事だ」

「報酬まで貰うんですか!?」


 裏返った声を出したクリス。


「当たり前だろうが。事実はともあれ相当に危ない橋を渡ってるんだぞ。まあもっともこの報酬に関してはこっちもダメ元だ。これは取りはぐれたとしても構わん。無償でやると言えばかえって怪しまれるだろうから要求したにすぎん。……ああそうだ言い忘れていた。お前の件だが無罪にしといてもらうように手配したぞ」

「はい……?」


 自分を指さしたメイヤーにクリスが呆気にとられる。


「ジェロームが死んで王妃が勝てばもう司祭殺しがどうのなんてどうでもいいだろうとな。司祭の件は公式に落石による事故死という事になっとる。お前は聖堂騎士団に戻るのも辞めて何かするのも自由だ」

「…………………………」


 無罪放免。


 その事実が中々脳に入ってこない。


「そ、そうなんですか……」


 どこか現実味の無い感覚でぼんやりとクリスティンはそう呟いたのだった。



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