第17話 乙女よ握り潰せ

 以前、リューと自分の戦い方について話をした事がある。


「お前に向いた戦法がある。武器が無くても可能なものでな」


 その事を今クリスティンは思い出している。

 唇の上にふと熱を感じる。鼻血が……流れている。

 慌ててそれも手の甲で拭った。

 どうやら先ほどの一撃で鼻もぶつけていたらしい。


(ああもう、何をやってるんでしょうかね私は……。こんなところで鼻血出して……)


 ため息が漏れそうになるのをこらえる。

 そんな彼女の眼前に……ほんの数cm先に盾があった。

 突進から繰り出される巨象のシールド打ちバッシュが来る。


(……でも……)


 激しく盾に打ち付けられ視界が白くフラッシュする。

 内臓がシェイクされたような不快感。

 衝撃と激痛で意識が遠くなりかける。

 一瞬、脳裏にあの笑わない男の横顔が浮かんだ。


 酷い目に遭ってばかりだが……。

 辛いことも多い旅ではあるが……。

 それでも。

 あの変な……いや、少し変わったラーメン屋とずっと一緒の旅だった……。


(そんなに悪いものでも……ない……かな……)


 盾の縁を掴んで吹き飛ばされないように持ちこたえる。


 キャムデンが驚く。

 相手が吹き飛ばない。

 盾にへばりついている。


 掴んだ盾を抱きしめている様な体勢になったクリスティン。

 あの日のリューの言葉が彼女の耳の奥に蘇る。


『お前はとにかく……


 今思い出しても酷い言いようだ。

 痛みに歪んだ口の端に苦笑が浮かぶ。

 また鼻血も流れているが今は拭っている余裕もない。


「ふッ……んんんん…………!!!!」


 両手で掴んだ盾の両端を力一杯握る。

 指先が盾に食い込み表面にヒビが走る。

 これまで数多の鋼鉄の武器の激しい攻撃を弾き返し続けてきた鉄壁のシールドが崩壊していく。


「ぬうッッ!!!? 馬鹿な!!!!」

「……がーーーーーッッッ!!!!!」


 クリスティンが吠えた。


 バキッッッ!!!!!!!


 握り潰した縁から走った無数のヒビから砕け散る大盾。

 口を開いて愕然とするキャムデンの視界を木片が舞う。

 その一瞬の隙にクリスティンはもう次の行動に移っていた。


 キャムデンの持つ巨大な木剣を掴むクリス。

 竜の握力で指先が硬い木剣の表面にめり込む。


「ふンッッ……ぬーーーッッ!!!!」


 乙女としてはちょっとアレな叫び声を上げるクリスティン。

 砕き折られた木剣は3分の1程度の長さにされてしまった。


「こ、こんな……こんな事が……」


 ゾウの獣人戦士は呆然と立ち尽くす。

 だが、クリスの攻撃は終わったわけではなかった。


「!!!?? まっ……待て!!!!」


 片方の牙を掴まれていることに気付いたキャムデンは裏返った声を上げた。

 だが時すでに遅し。

 自慢の牙は無残にもへし折られて地に落ちる。


「参った!! 降参だッ!!!」


 残る片側の牙にも手を伸ばされて必死に叫んだキャムデン。

 そこでようやく我に返ったクリスが動きを止めた。


「あ、そうですか……。じゃあ、ここまでという事で……」


 そこで自分の暴れっぷりを思い返したのか、クリスはばつが悪そうな照れ臭そうななんともいえない表情で頭を描いた。


「なんたる膂力。このキャムデン、戦場に出て初めて純粋な筋力の前に敗北した……」


 ずずん!と重たい音を響かせ巨体がへたりこんだ。

 地面に座った巨大なゾウの獣人は戦意を喪失しぐったりとうなだれている。


「違うんです。……筋力じゃないんです。これはなんて言ったらいいのか……乙女の……えーと、もう……なんでもいいです……」


 諦めたクリスティンもうなだれていた。


 そして、それを見ていた攻め込んできた第4大隊の聖堂騎士たちも防衛側の第2大隊の聖堂騎士たちも……そして現場で指揮をとっていたメイヤーも全員が動きを止めていた。


「凄えな……あの娘……」

「キャムデンさんをあんな一方的に……人間じゃねえ」


 何人かの聖堂騎士がひそひそと囁きあっていた。

 そんなクリスがふらりと騎士たちに近寄っていく。


「ええと、次はどなたでしょうか……」


 慌てて第4大隊の聖堂騎士たちが手にした武器を足元に投げ捨てて両手を挙げた。


 ────────────────────


 キリエッタがチラリと横目でリューを見る。

 赤い髪の男は傷だらけで疲労困憊の状態だ。


(ああ……ゴメンよ、クリストファー。アタシがもっと早く来てれば……)


 くっ、と奥歯を噛んで目を閉じたキリエッタ。

 病院で静養中であった彼女は第4大隊がダナンへ向かったと聞いて慌てて治療術師ヒーラーを手配した。

 全治数か月の傷は見事に癒えた。

 だが、それと引き換えに彼女の聖堂騎士団でのおよそ半年分の稼ぎが吹き飛んだがそんな事は今のキリエッタには些細なことだ。

 大急ぎで駆け付けたダナンでどうリューたちにコンタクトを取ったものかと悩んでいた彼女をゼノヴィクタの聖域が巻き込んだというわけである。


 ……非常に都合のいい展開だった。

 これで両者の戦いに首を突っ込む口実ができた。


 その彼女の前に立ちはだかるのは第4大隊副隊長ノクターナ・シンクレア。


 キリエッタとノクターナ。

 共にかつては聖堂騎士団にその人ありと謳われた女傑同士であった。


んのはいいんですけど~ウチもう1戦した後なんだけどな~」


 両手を挙げてその手を後頭部に重ねたノクターナがそう言ってくねくねしている。


(おバカ……こっちだって必死に険しい岩山をダッシュで駆け上ってきた所だってえの!!)


 そう思ったが口にはできないキリエッタ。

 涼しい顔をしてはいるが呼吸の乱れを悟られないように彼女は必死であった。


「ふ~ん? それじゃあそう言いな。『私は戦った後で疲れているので今はやれません。時間と場所を改めてください』ってね。ちゃーんと言えたらアタシだって鬼じゃない、考えてやらなくもないよ」

「むむむ。煽るじゃんよ~。なんでさ? 本気でキレてんの? 聖域に巻き込んだくらいでぶち切れるほど器小さくないじゃんあんた。彼のことだってさ……ウチが彼倒したからってそれであんたよりウチのが強いですとか言わないのあんたもわかってるよね?」


 顎に手を当てて前屈みになりキリエッタの顔をまじまじと見つめるノクターナ。


「ウチ自分で気付かない内にあんたになんかしちゃってた? 本当にちゃんと謝っておいたほうがよさげ?」


 煽ってみたもののキリエッタが思ったほどノクターナが乗ってこない。

 それどころか彼女の挙動に疑念を持ってしまっている。


(うわああ!! 冷静になんじゃないよ!! 謝られでもしたら話がおかしなことになる!!!)


 内心で慌てまくるキリエッタ。

 ここはどうしてもリューたちの為にノクターナを撃退しなくてはいけないのに。


(仕方ない。……これを口にすんのは自分にもダメージが来るからイヤなんだけどさ)


 見せつけるようにキリエッタは大げさに肩をすくめてため息をついた。


「ぐちゃぐちゃ考えてないでさっさとやろうじゃないか。時間ないだろ? あんただって……でさ」


 その瞬間、その場の全員が周囲の気温が数度下がったような感覚に襲われていた。


「……は?」


 ノクターナの表情が消えている。


「は? お前? 今なんつって……お前?」


(……!!!)


 ノクターナの闘気が膨れ上がる。

 空気が振動するほどの殺意だ。

 リューが思わず身構えていた。


「それ……それ言ったらお前……それを口にしたらお前もう……」


 メキメキと何かが軋むような音を立てるノクターナ。

 まるで全身に爆発力を充填していっているかのように。


「……この地上からッッ!!! 消えてなくなれ、キリエッタぁーッッッ!!!!!!」


 漆黒のオーラを纏った殺意の獣が襲ってくる。

 その彼女のもたらす圧倒的な絶望感は周辺の味方側の第4大隊の聖堂騎士たちが腰が抜けてへたり込む程であった。


 目を光らせ、牙を剥き、大鎌を振りかざして三十路を目前にした死神が迫る。

 それを迎え撃つサソリの名を持つ女はギリギリまだ四捨五入すれば二十歳と言い張れる。


 迎撃の鞭が虚空を走る。

毒サソリの尾スコーピオンテイル』の異名を持つ必殺の一撃は狙いを過たず迫るノクターナの額を打ち据えた。


「……があッッ!!!!」


 額から鮮血を迸らせて一瞬のけ反るノクターナ。

 しかし大熊の首も一撃で跳ねるサソリの尾撃を受けて尚、疾駆する死の女神は止まらない。


 振るわれた銀の鎌をのけ反って回避したキリエッタ。

 彼女の顎先数cm先を高速で刃が横切っていく。

 大鎌の間合は広いほうではあるが到底鞭を振るえるだけの余裕はない。

 以前リューと戦った時同様に躊躇わずに彼女は鞭を捨てる。


 ……だが、ここからは以前の彼女ではない。


 腰を低く落として構えを取るキリエッタ。

 リューとの戦いの時のように相手の得意な距離での打ち合いをただ続けるのではなくその先に彼女の狙うものがある。


(……組みついてくる気だ!!!)


 狂乱し大暴れしながらもノクターナは本能でそれを感じ取っていた。

 そうはさせまいとさらに攻撃を加速する。

 斬撃の結界。

 敵を寄せ付けない刃物の檻で自らを守るノクターナ。


 縦横無尽に鎌が舞う。


 堅牢なはずの岩壁に幾筋もの深い亀裂が走った。

 組みつく構えのキリエッタは動けずにいる。


(これは無理だね。近づけやしないよ)


 そう思いながら……彼女は


 無数の傷が刻まれ血しぶきが舞う。

 彼女の自慢であった美しいブロンドが切り刻まれて散っていく。


(ッ!! ……ここで!!!)


 両腕を伸ばしノクターナに掴みかかったキリエッタ。

 だがその瞬間、左の二の腕に深い裂傷が刻まれる。


「くあッッ……!!!」


 表情を歪ませ、苦悶の声を上げるキリエッタ。

 左の腕がだらりと力なく垂れた。


 ……終わりだ。

 片腕を殺された今組み付いてもどうしようもない。

 そう思ってノクターナが幾分か冷静さを取り戻したその時……。


「気を抜くのはまだ早いって……!!!」


 キリエッタは加速する。

 彼女は抱きつくように飛び掛かり、そのままノクターナの背後に回り込んだ。

 そして体重をかけてノクターナを後方へ引き倒す。


 だがそうした所でキリエッタは片腕だ。

 振りほどくのは容易なはずだと……。

 そう思ったノクターナが驚愕に目を見開いた。


(首に……何かが……!!!???)


 巻き付いていたものは黒い髪。

 ポニーテールに纏めていた彼女自身の髪の毛。

 キリエッタは飛び付きながら彼女の髪を右手で掴み首に巻き付けながら後方へ回り込んだのだ。


 最早ここを逃せば勝機なし。

 渾身の力で掴んだ髪の束で締め上げるキリエッタ。


「がッッッ……!!!!! キリ……エっ……」


 今だ手にしている鎌で髪の毛を切れば脱出できる。

 だがノクターナはそれができなかった。

 そう考えつつも実行できなかった。

 その一瞬の迷いが勝敗を分けた。


 自分の髪を捨ててでも前に出たキリエッタと髪を捨てられなかったノクターナ。


 ノクターナの全身の力が抜け投げ出された手から鎌が地面に落ちた。


「……ごめんよ、ノクターナ」


 自分の上で意識を失っている彼女を横たわらせてキリエッタが立ち上がった。

 その表情は勝ちを喜ぶような誇るような様子はなくどこか寂し気だ。


「でもここだけは。どうしても譲れないんだ」


 小声で言うキリエッタの言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

 そうして彼女は拗ねたようにそっぽを向いた。

 今度ははっきりとした声で言う。


「勘違いしないでおくれよ、クリストファー。アタシは別にアンタたちの為に戦ったわけじゃ……って、いない!! いやしない!!!!」


 クリストファー・緑は……いなかった。

 さっきまでそこに立って2人の戦いを見ていたはずの男はどこにもいない。

 見ると向こうのほうで第4大隊の聖騎士たちを黙々と倒している。

 彼にしてみれば、なんかいきなり同士討ち始めたし今のうちに他の戦力を削っておくか……みたいな感じだったのだろう。


「恋する女はツライねえ……」


 つぶやくキリエッタはホロリと涙を零した。


 ────────────────────


 聖域『栄光の山頂グローリーピーク』……その険しい岩山の麓にゼノヴィクタがいる。

 第4大隊と、そしてこの世界を支配する老婆には全体の戦況がこの位置からでも見えていた。


「キャムデンもノクターナもやられちまったかい。なるほど……まぐれや策略でここまできたわけじゃあなさそうだね」


 地面に杖のように突いていた聖遺物のメイスを持ち上げるゼノヴィクタ。


「ならこの婆が直々にその腕前を見てやるとしようかねえ」


 不気味な赤いオーラを立ち昇らせてゼノヴィクタの足が地面からわずかに浮き上がる。


「美しいものや尊いものの為に生きているか? ゼノヴィクタ」


 不意に低い男の声がして……老婆の動きが止まった。

 いつの間にそこにいたのか白いスーツの男が立っている。


「……シュレディンガー様」


 呆然とその名を呼んだゼノヴィクタ。

 その手からガランと音を立ててメイスが落ちる。

 同時に世界はぐにゃりと歪んで崩壊を始めた。

 険しい岩山の景色は溶け落ちて下から平原の風景が現れる。


 ゼノヴィクタ・シンクレアとアルゴール・シュレディンガー……2人は旧知の仲である。


 それは在りし日の記憶。

 大きな館の薔薇園でのこと。


「シュレディンガー様、どうか王宮へ来てくださいませ。貴方の優れた才を王が求めておいでなのです」


 背の低い眼鏡を掛けた少女が言う。

 そばかすのある可愛らしい顔立ちの少女だ。

 聖堂騎士団の見習いである彼女。

 その言葉を薔薇の手入れをしながら現在とまったく変わらぬ容姿のアルゴールが聞いている。


「ゼノヴィクタ。前にも言った通りだ」


 男は低い静かな声で言う。

 30歳を前にして数多くの学問と魔導の技を修めた稀代の天才と呼ばれた男が。


「私は心を動かすものの為にしか動かん。今の王宮には私の心を動かすものはない」

「シュレディンガー様……」


 沈んだ表情で俯くゼノヴィクタ。


「ゼノヴィクタ、尊いものや美しいものの為に生きるのだ。そうする事で魂は磨かれていく」

「私には難しいです、シュレディンガー様。私はいつも、誰かに言われたことをしているだけですから……」


 そう言って少女は寂し気に微笑んだ。

 代々優れた聖堂騎士を輩出してきた名門貴族シンクレア家の娘として彼女には既に生きる道が定められているのだ。

 そこに自分の意志は介在しない。


 ……そして現在。

 半世紀以上の時を隔てて今再び両者が向き合っている。


「相変わらずでございます。シュレディンガー様。あれから随分と時間は経ちましたが……ゼノヴィクタは相変わらずでございます。貴方様のように生きていくことはできそうにもありません」

「愚直に務め上げてきたか、ゼノヴィクタ」


 ゆっくりとアルゴールは老婆に歩み寄るとその皺だらけの手を取った。


「路傍の石も磨き続ければいつしかそれは宝石になる。己を曲げずにここまで来たお前の生き方は既に尊いものである。お前は道標を見つけることはできなかったのかもしれないが、お前自身が誰かの道標になったのだ。それでいいのだ、ゼノヴィクタ」

「シュレディンガー様……」


 自らの手を取る男を眩し気に見上げるゼノヴィクタ。


「勿体ないお言葉でございます」


 そう言って老婆は深々と頭を下げたのだった。


 ────────────────────


 後方にいた第4大隊の聖堂騎士たちは結局交戦する事無く聖域の崩壊を見た。

 山を登っている途中であった彼らは元の平原に立っていた。


「あれ? なんだ? 終わりか?」

「ああ、キャムデンさんも副隊長もやられちまったそうだ。とてつもねえ連中だな」

「ひえー、おっかねえなあ。世の中にはバカ強え奴がいたもんだ」


 言葉を交わしあっている聖堂騎士たちの脇を担架を抱えた救護担当の兵士が何人も走っていく。


 キリエッタはリューの手当てを受けている。

 とはいえ応急措置だ。

 一番傷が深い彼女の二の腕の傷に布を巻いている赤い髪の男。


「助かった。礼を言う」

「べ、別にアタシはあんたの為に戦ったわけじゃないよ……」


 真っ赤になっている顔を悟られぬようにそっぽを向いているキリエッタ。

 そんな2人を意識を取り戻したノクターナが地面に転がったまま見上げている。


「なんだよ~そういう事かよ~。ウチをダシにしたんじゃん。ほんと許せねー」

「?」


 じっとりした目でキリエッタを睨みつつ恨みがましい声で言うノクターナ。

 そのセリフの意味がリューにはわかっていない。


「ち、ち、違うね!! 何を言ってんだい!! アタシはただね、プライドとかそういうのが……」

「ハイハイ、もういいよ。……それよりゴメン、髪の毛……バッサリやっちゃったね」


 一転ノクターナの声のトーンが落ちる。

 キリエッタの美しいブロンドはズタズタに刻まれてしまっている。

 こうなったらもうショートカットにするより他ないだろう。


「ああ、それはいいよ。ちょうどそろそろ短くしようかと思ってた所さ。アタシだってあんたに酷い事言ったしね……」

「ん。じゃあお互い恨みっこナシってことで」


 視線を交わらせ苦笑する2人であった。


 同時刻。

 王家の別荘では。


 ずずん!!と轟音を立てて目の前に折れた巨象の牙が置かれる。


「え、えーとですね……。これは……」

「我を討った証だ。持っていくがよい娘よ」


 もうもうと土煙を上げる立派な牙を前に何とも言えない表情のクリスティンにキャムデンはそう言った。


「いえ、あの……申し上げにくいんですけど、持ち帰って頂けると……」

「良き戦いであった。悔いはない。我もまだまだ鍛錬を積まなければな」


 感じ入ったようにゾウの獣人はうんうんと頷いている。

 耳は大きいのだがクリスの言葉は届いていない。

 そんな彼女の傍らにはメイヤーが立っている。


「別にいいだろう。貰っておけ。お前なら背負って持ち運べるだろう」

「できるけど嫌ですよ!!」


 大きな革製のリュックにゾウの牙を括り付けて持ち歩く自分を想像してクリスは叫んだ。

 ただでさえ今日、乙女が超えてはいけないラインを踏み越えた気がしているというのに……。


 バルコニーにジェロームが姿を見せる。

 いつものガウン姿の皇太子は眼下を見回して満足げに頷いた。


「よくやったお前たち! 我々の勝ちだ!!」


 皇太子は笑顔で両手を振っている。


「予め命令を出しておいたのだ。こういう細かい所で生きているというリアリティーを出しておかんとな」


 クリスに耳打ちしたメイヤー。


「はあ、でも……ジェローム様が手を振ってるの第4の皆さんですけど……」


 乾いた声で言うクリスティンであった。


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