第15話 老婆、強襲

 ヒルダリア王妃の派閥に属していた聖堂騎士団の第3と第5……2つの大隊の大隊長、サソリの異名を持つ女傑キリエッタと飢狼の名で恐れられた剣豪スレイダー。

 王国内でも屈指の強者とされている2人はどちらもクリストファー・リューの前に敗れ去った。

 武の面で王妃を支える両翼とも言える両名の敗北……。

 それは王妃の派閥にはもう赤い髪の死神を倒せる実力者がいないのだと政争に関わる者たちに認識させるのは十分な出来事であった。

 元々クリスティンの所属していた第6大隊も王妃派であるが、ここには創設からさほど年月が経っていない事もあって強力な騎士は所属していない。

 おまけに第6大隊は指揮官パウル大隊長がクリスティンによって殺害されている為に現在副隊長が代理として隊を指揮しているものの、経験の浅い騎士たちは統率が取れているとは言い難く戦力として計算できる状況ではなかった。


 ……王妃の派閥は今大きな危機を迎えている。


 ちなみに第1大隊は騎士団長の直轄であり政争に関しては中立、第2大隊は副団長テオドール・フランシスの直轄であり皇太子派……ただし指揮官テオドールは現在行方不明。


 そして残る第4大隊。

 この大隊も皇太子派と王妃派の権力闘争には第1大隊と同じく中立の立場を貫いている。

 しかしその指揮官の心中は今、穏やかならざる状況であった。


「……不甲斐ないね」


 第4大隊の拠点である宿舎。

 女神エリスの聖印の意匠された大きな大隊旗が掲げられた部屋。

 しわがれた声で苦々しく呟いた老婆。

 小柄でギョロリと目は大きく三角に尖った鼻の……なんというか魔女的な顔立ちの老婆である。

 三角のつば広帽子を被って大きな鍋でもかき混ぜていればもう完璧なのだが。


 容姿は魔女的とはいえ装束は聖堂騎士。

 サーコートに鎧で彼女は武装している。

 こんな小さなサイズの鎧は普通には作られていないので特注品だ。


 第4大隊の大魔女……もとい大隊長ゼノヴィクタ・シンクレア。

 御歳不明。尋ねた奴の意識も不明。

 聖堂騎士団に所属して実に半世紀の大大大ベテランである。


「は? 何か言った? おばあちゃん」


 聞き返した黒髪の若い女性。

 すらっと長い手足のスタイルの良い女騎士だ。

 ストレートの黒髪に切れ長の瞳のクールで知的な美女である。


 第4大隊副隊長ノクターナ・シンクレア。

 公式の書類によれば年齢は21歳。

 でもこれ数年前も21歳だった。

 祖母と孫が揃って年齢がミステリー。


「大隊長とお呼び、ノクターナ」

「……は~いはいはい。大変失礼しました、ゼノヴィクタ大隊長様」


 敬意の欠片もないノクターナの口調にゼノヴィクタがやれやれとため息をついた。


「キリエッタもスレイダーも不甲斐ないと言ってるんだよ。くだらない王宮内の権力争いなんぞに首を突っ込んだ挙句にどこの馬の骨ともわからん奴にやられてくるとはね。私ら聖堂騎士団は女神様と王国の栄光を守る砦。それがこんな所で内々で争ってこの有様。いい恥晒しさね」

「でもさ、おばあちゃん。キリエッタもスレイダーもどっちも実力は本物よ? そこは相手を褒めてあげるとこじゃないの~? ……誰なのか知らないけど」


 ノクターナの言葉にゼノヴィクタが鼻で笑った。


「浅いねえ。浅いし甘っちょろいんだよお前は。そんなだからいい歳になっても結婚もできないんだよ」

「……いや、ウチが結婚できねーのは祖母アンタがこえーからだっつーの」


 明後日の方向を向いて小声で呟くノクターナ。


「何か言ったかい」

「いーえなんにも! それで王国の砦ゼノヴィクタ大隊長サマはどーなさるおつもりでしょうかね!」


 足が床に着いてなかったゼノヴィクタがぴょこんと椅子から飛び降りた。


「ダナンへ行くよ。ジェローム坊ちゃんに1つ灸を据えてやらないとね。王国の跡取りとしてシャキっとしなきゃいけないものを……ならず者を雇って身内で戦争ごっことは情けない。少しばかり痛い目を見て反省してもらおうじゃないか。さ、準備をしな」

「えぇ~……ウチも行くの?」


 げんなりするノクターナ。

 その彼女を祖母がギラリと光る眼で睨む。子供だったら漏らしてそうな面相である。ノクターナは慣れたもので涼しい顔で受け流しているが。


「当たり前だろうが。これはあんたの鍛錬も兼ねてるんだよ。相手がとんでもない? 戦場で出会う相手がいつも自分より弱いと思ってんのかい。相手がすごかろうが強かろうが関係ないね。出張った以上は必ず勝つ……死んでも勝つ!! それが聖堂騎士団魂ってもんだろうが」

「うひ~根性系~……」


 泣き真似をしてからノクターナは椅子の上で大きく伸びをした。


「ま、久しぶりに温泉にゆっくり浸かってのんびりするのもいっか~。それに……」


 壁に掛けられている巨大な三日月型の刃を持つ銀の大鎌。


「ウチの聖域せかいもたまにはお客様をお迎えしとかないと拗ねちゃうからね」


 それを見てノクターナは目を細めた。


 ────────────────────────


 キリエッタに続いて第5大隊の大隊長スレイダーも敗北。

 これは斜陽のヒルダリア王妃の陣営にとってはかなりの痛撃となった。


 王妃私室にて……。

 豪奢な椅子に座ったヒルダリアの表情は物憂げである。


「ランドルス商会が来週のパーティーの協賛金の額の見直しをさせて欲しいと」

「そう……随分と露骨に距離を取ってくれるわね」


 背後に控えた占星術師の言葉に気のない返事を返した王妃。

 ここの所、ヒルダリアの下へご機嫌伺いに訪れる者の数も減っている。

 無言で彼女がテーブルのグラスに手を伸ばすと占星術師がワインを注いだ。


「下級騎士が1人逃げたくらいどうという話でもなかったはずだけど……」


 口元に運んだグラスを傾けるヒルダリア。

 その形の良い唇に感情らしきものは浮かんでいない。


「クリストファー・リューと言ったかしら。とんだ疫病神ね」

「心中お察しいたします」


 無感情な占星術師の慰めの言葉に王妃がフッと笑う。

 この従者は常にこういう感じなのでヒルダリアにもその思う所を察するのは無理だ。


「あなたにご希望のを与えたら、それを持ってリューを殺しに行ってくれるのかしら?」

「……………………」


 王妃の問いに対して占星術師はすぐに返答しなかった。

 それもそうだろう。

 王妃もYESの反応を期待して口にした台詞ではない。


 ……占星術師アストロジャー

 星を読む者。だがそれは彼女を傍に置くための名目上の役職である。

 王妃も彼女が本物の占星術師であるとは思っていない。

 主な役割は謀略であり王妃の派閥のために暗躍するのが彼女である。

 この正体不明のローブの女をヒルダリアが召し抱えたのは王宮内で王の後継者を巡る騒乱が起こった後のことだ。

 ある時、突然彼女は現れて王妃に自分を売り込んだ。

 自分を使って政争を有利に進めよと。


 本名は知らない。

 彼女の言によればとうの昔に名は無くしたという。

 いくらでも偽名は名乗れるだろうがあえてそうしない所をなんとなく王妃は気に入った。

 以来彼女の呼び名は占星術師のままだ。


 彼女が王妃に自らの働きの見返りにと望んだ報酬はたった1つ。

 聖堂騎士団が所有しているある聖遺物アーティファクト

 それのみを希望し金銭その他に限らず他の報酬を受け取ったことはない。

 つまり、これまで彼女はずっと無償で王妃の為に働いていることになる。

 ヒルダリアの口約束のみを信じてだ。

 ……最も王妃も約束を反故にするつもりはまったくない。

 かねてより口にしている通りに信賞必罰が彼女の信条。

 ヒルダリアは上に立つ者はただそれだけで奉仕を得られると思っているほど現実を知らない権力者ではない。

 彼女は知っている……与えるものを与えて初めて人は付いてくるものだと。


 つまり先ほど王妃が口にしたように、仮にここで聖遺物を彼女に与えるという事は……。

 それ以上彼女が王妃の為に働く理由がなくなるという事であった。


「私は……件の武器と引き換えに王妃様の勝利を約束致しました」


 やがて口を開いた占星術師。

 いつものように感情を感じさせない声色だ。


「王妃様が自分とのお約束をお守り頂けるのなら……私もまた、あの日の自分の言葉を守るだけでございます」

「…………………………」


 ヒルダリアは薄く笑っただけでその発言に対して返答はしなかった。

 その代わりに机の引き出しを開けるとそこから一通の封書を取り出す。


「ウィルベルト卿が会わせろと言ってきているわ」


 封書を占星術師に手渡す王妃。


「いくらわたくしの直属にするという言い分でも所属は聖堂騎士になる。彼に面通しせずに『試しの儀』をするのは不可能よ。会ってくることね」

「……わかりました」


 封書を受け取った占星術師。

 裏返して署名を見る。

 女神の刻印と共にあるその名は……。


 ウォード・ウィルベルト。

 聖堂騎士団団長。


「彼の前で占星術師です、だなんて名乗らないように。適当な名を考えてから行くことね」


 わずかに瞳を細め小首をかしげた王妃はそう言って優雅に口元を扇で覆った。


 ────────────────────────


「……そろそろ潮時だな」


 髭の侍従長の一言は唐突であった。

 食事を終えてデザートの林檎の皮をむいていたクリスティンは不思議そうな顔をする。


「はい? ですからデザートもうちょっとお待ち下さいね」

「誰も朝飯の話はしとらんのだよ。我々の壮大な計画がだ」


 朝の食後の一幕。

 テーブルにはいつもの4人。

 リューは話は聞いているが反応が薄い。

 アルゴールはそもそもあんまり話に興味を示さない。

 その為、メイヤーの話に反応するのは大体クリスティンである。


「この前リューが第5のスレイダーを倒したことで権力争いの趨勢が決定的になったのでな。本当はもう少し金やらなんやらを回収したい所ではあるが皇太子周辺も相当騒がしくなってきおった。残念ではあるが、これ以上引き伸ばしてボロを出す前に幕引きを図るべきだろう」

「まあお金を欲しがっているのはメイヤーさんだけなんですけどね……」


 クリスのどことなく乾いた声もメイヤーには届いていない。


「ここの所、皇太子の側にいる時間が減っているのはその為か」

「そうだ。まあフィナーレへと向けた仕込みの1つだ」


 リューの言葉にメイヤーが鷹揚にうなずいた。

 言われてクリスは初めて気付いたが、確かに最近メイヤーはジェロームの傍らにいる時間が前よりずっと減っている。

 動く死体である現在のジェロームはクリスたちの命令を忠実に聞くのだが、リューもクリスも結局1度もジェロームに何かを命じて動かした事はない。

 彼の「操作」は常にメイヤーの役割であった。

 生前の彼を詳細に知るのはメイヤーだけなので妥当ではある。

 その為以前はメイヤーはジェロームにほぼ付きっ切りであった。

 最も生前からその2人はそんな感じであったらしく、特に不審がる者もいない。


「命令のコツがわかってきたので四六時中張り付いていなくてよくなったのも理由の1つではあるがな」


 得意げにクリスの出した林檎を一切れ口に放り込むメイヤー。


「侍従長様、お話が……」

「何事かね」


 トントンと食堂の戸がノックされメイヤーを呼ぶ声がする。

 この朝のひと時に彼が呼び出されるのは初めての事である。

 トラブルでなければよいが……そう思ったクリスティン。

 だが、その彼女の不安は不幸にも的中する事となる。


 少ししてからメイヤーが険しい顔で室内に戻ってきた。


「まずい!! ……まずいぞ!! とんでもない事になった!!!」


 驚いて食器を片付けている手が止まるクリス。


「ど、どうしたんです? メイヤーさん凄い人相ですよ」

「それは生まれつきだ! 放っとけ!!」


 侍従長は乱暴に椅子に腰を下ろしテーブルに肘を突いて口元を手で覆う。


「……第4大隊がこっちに向かってるそうだ。名目は演習って事になっておるが目的地はエイダ平原……ここの真北すぐ隣だ!! 本当の目的地はここに決まっておる!!」

「第4大隊は中立のはずだ。問題あるまい」


 いつもの静かな口調で言うリューにメイヤーは何かを振り払うようにブンブンと首を横に振る。


「いーや! そうではない! 権力争いについては中立でもあそこには別の厄介な問題があるのだ。クリスティン、お前だって第4のバアさんの話くらい聞いた事があるだろう」

「はあ。なんだか怖いお婆さんだという話は……」


 なんとなく思い出すクリスティン。

 第4大隊の大隊長は老婆で怖いらしい、という程度のふんわりとした噂話である。


「そうだ。第4大隊大隊長ゼノヴィクタ……あのバアさんの口煩さは筋金入りだぞ。フィニガン国王の幼馴染で王より年上なもんだから相手が国王だろうがお構いなしだ。大体なあ……そもそもジェロームが王都を離れてこっちで暮らすようになったのだって向こうじゃ事あるごとにあのバアさんが殴りこんできて小言を言うもんだからそれから逃れる為だったんだぞ」

「それはまあ、なんというか……すごいですね」


 呆気に取られてそう言うしかないクリスティン。


「単にうるさいというだけではない。歳相応の洞察力もある。今のジェロームに会わせれば死体である事を見抜いてしまうかもしれん」

「面会を断るわけにはいかないのか」


 リューがそう言うとメイヤーはぐったりした表情で首を横に振った。


「無駄だ。あのバアさんが会うと言ったら絶対会う。平気で強行突破してくるからな」

「なら戦うしかなさそうだな」


 当然のようにそう言うと赤い髪の男はコーヒーカップを口に運んだ。


「やはりそうなるか……。だがな、敵に回せば第4は手強いぞ。副隊長のノクターナはゼノヴィクタ婆さんの孫娘だが、祖母が現役じゃなきゃとっくに大隊長になってるだけの実力と実績の持ち主だ。つまり、あそこは大隊長が2人いるようなもんなのだよ」

「聞けば聞くほどとんでもないですね。でも、そんな怖い人に目を付けられるなんてやはりジェローム様の私生活は乱れすぎていたのでは?」


 気持ち怖い声になっているクリスティン。

 目線もちょっといつもよりキツい感じだ。


「まあ、そこはほら……な? 故人なわけだし……一つ穏便にな?」


 そして愛人問題の時のやり取りを思い出したのか気持ち及び腰になっているメイヤーであった。


「……ゼノヴィクタ・シンクレアか」


 すると、それまで我関せずと言った様子で会話に加わっていなかったアルゴールが唐突に口を開いた。


「ご存知なんです? 先生」

「昔、少しな」


 気品のある仕草でティーカップを傾けるアルゴール。


「向こうはもう覚えてはおるまいがね」


 そう言って白スーツの紳士は過ぎ去った日々を思い出すように目を閉じた。


 ────────────────────────


 街道を土煙を上げて軍勢が進んでいく。

 騎兵が、馬車が、そして歩兵が……。

 整然と進軍を続ける。


 聖堂騎士団第4大隊。


 その大軍団の中心に巨大なシルエットがある。

 ずしんずしんと重たく大地を揺らして彼は進む。

 天を突く威容、身長3mを超える巨体。

 鋼の装甲の如く攻撃を弾く灰色の表皮。

 長い鼻と牙、そして大きな耳。

 他の何者でもない。ゾウの獣人だ。


「ババ様、何も全軍連れてこなくてもよかったのでは?」


 ゾウの獣人がその巨体に見合わぬ若干高い声で言う。

 その巨体の肩の上に大隊長ゼノヴィクタが立っている。


「フン。演習ってのも別に名目だけじゃないよ。それでなくても最近は大きな軍事行動を取るシーンも滅多にないんだ。これを機会に鍛え上げてやらなきゃね」

「国が平穏な証拠でございますぞ」


 キャムデンの言葉に一瞬ゼノヴィクタが遠い目をする。


「外側が平穏だと今度は内側でぐちゃぐちゃやり始める。どこまでいっても血生臭いね。私らの生きる世界はね」

「王妃様も皇太子様も、どちらもお気が強いですからな……。御二方共に国を思っての諍いであるとは思いますが」


 声のトーンが沈むキャムデン。


「それはどうだかね……。これが私の最後の奉公になるかもしれないからね。しっかりおやり」


 その祖母の言葉をキャムデンの足元の馬上でノクターナが聞いていた。


「……………………………………」


 無言のノクターナ。

 孫娘も、キャムデンも……そして周囲の聖堂騎士たちも。

 自分たちの大隊長の言葉を聞いて、その時の彼らの心は一つであった。


(……もう20年くらい毎回それ言ってますよね)


「よし、キャムデン……止めな」


 老婆の指示に従いキャムデンがその長い鼻を天高く振り上げた。


 パオオオオオオオオオン!!!!!


 ゾウの咆哮が大気を震わせ響き渡った。

 その合図に応じて全軍が動きを止める。


「よーしお前たち設営を始めな!! 明日の朝から計画表通りに演習を開始するよ!!!」


 平原の空にしわがれた老婆の声が響き渡った。


 ────────────────────────


 第4大隊がエイダ平原に入り陣を敷いたという情報は即座に王家の別荘のクリスティンたちの下へと届けられた。


「本当にほぼ全軍で来るとはなあ。戦争でもする気なのか、あのバアさんは」


 頭を抱えて部屋の中をうろうろしているメイヤー。


「落ち着いてくださいよ。見ていて疲れます」

「そうは言うがな。目と鼻の先にこっちを食うつもりの肉食獣の群れがおるんだぞ」


 クリスティンに苦言を呈されメイヤーはボスンとソファに腰を下ろした。


「こちらの兵力は?」

「第2大隊から出向してきとるのが50人程だが……。勝負にはならんぞ。こっちには聖遺物アーティファクト持ちもおらん」


 尋ねるリューに肩を竦めて答える侍従長。

 バルディオン王国で国軍に当たるのが聖堂騎士団である。

 皇太子の周辺にいる兵は基本的に自身の派閥の第2大隊の聖堂騎士たちだ。


「1人聖域使いを回そうかという話もあったんだがな……。ジェロームが断ったのだ。第2の聖域使いはどいつも顔が良くて女どもに人気だからな。自分の連れの女がきゃあきゃあ言うのが我慢ならなかったのだよ。何せ自分が1番でいつもちやほやされてないと気の済まない男だったからな」

「……しょうもないですねぇ」


 嘆息するクリスティン。

 故人をあまり悪く言いたくはないのだが出てくる話が一々しょうもないのでそうなってしまう。


「例の計画の大詰めの話も第4の横槍が入ったんで頓挫してしまっておるわ。どうにかして追い払ってしまわないとな」

「そうは言っても第2大隊の皆さんも第4大隊と戦えと言われたらイヤなのでは……」


 大体が第4大隊が突っ込んできて守備兵の第2大隊とぶつかったら最早内乱である。

 不安そうに尋ねるクリスティンに腕組みしてメイヤーは難しい顔をしている。


「まぁそうはなるまい。バアさんが無茶すると言ってもそれは単身の時だ。別に部下を突入させてくるわけではない。……恐らく全員連れてきたのは威嚇の為だろう」

「だといいのだがな」


 ぼそっと呟くリュー。

 そんな彼を恨みがましい目で睨むメイヤー。


「不吉な事を言うんじゃない。もう少しで私の長年の苦労も報われようって時にあんなバアさんのせいで全てを台無しにされてたまるか」

「敵の聖域の内容がわからない内は警戒を怠るべきではない」


 そういうリューは何事か考えているようである。

 聖堂騎士が聖遺物アーティファクトと呼ばれる武具を媒介にして放つ結界魔術『失われしロスト・聖域サンクチュアリ』……1人1人扱う結界も異なるその秘儀については不明な所もまだ多い。


「だが聖域の仕様を考えるなら尚の事大勢連れてくるべきではなかろうに。味方を巻き込むんだぞ、あれは」

「ボルツで戦った聖堂騎士は仲間ごと聖域に巻き込んで襲ってきた。あらかじめそのつもりで向こうが仕掛けてくるのならそういう事もありえる」


 2人のやり取りを聞きながらクリスティンは洗濯物を畳みながらため息をつくのだった。


 ────────────────────────


 朝靄が立ち込める平原にずらりと聖堂騎士たちが整列している。

 そして彼らを率いる老婆がダナンの街の方角を向いて直立していた。

 聖堂騎士団第4大隊長ゼノヴィクタ・シンクレア。

 彼女が杖にしているのはメイスである。


「ババ様、もう少し街に近付いた方がいいのでは?」


 巨象の獣人キャムデンが言うがゼノヴィクタは首を横に振った。

 前方の景色はどこまでも草原だ。

 ここはまだダナンの街が見える位置ではない。


「問題ないよ。ここからでも届く」


 そう言うと老婆は地面に付けていたメイスの先を少し浮かせた。


「さあお行き! お前たち!! 存分に力を振るっておいで!!」


 しわがれた声を張り上げるのと同時にゼノヴィクタはメイスの先端で地面を突いた。


 ……ガシャアアアアアアン!!!!


 大地がひび割れ砕け散る。

 そしてその下から別の世界の光景が広がっていく。


「うおおおおッ!! 第4魂ぃぃッッッ!!!」

「ド根性ーッッ!!!!」


 現れた世界に雄叫びを上げて突撃していく第4大隊の聖堂騎士たち。


「あーあ始まっちった……。おばあちゃんの世界は疲れるのよね~」


 ぼやいてから副隊長ノクターナは艶やかな黒髪をリボンで大雑把にポニーテールに纏めたのであった。







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