第14話 狼を狩る死神

 レオン・ザウバーはその日、聖堂騎士団第5大隊の中枢メンバーが宿泊している宿に戻ってこなかった。

 定時連絡の時刻はもうとうに過ぎ去ってしまっている。


「こりゃあ……やられたか捕まったかだな」


 流石にブランドンの声も少し沈んでいる。

 窮地でも陽気さが売りのこの副隊長としては非常に珍しいことだ。


「…………………」


 心なしか顔色が悪いクリードが無言で立ち上がった。


「待ちなよ。どうする気だ?」

「……スレイダーさん」


 ベッドの上で上体を起こした大隊長を沈痛な顔で見るクリード。


「スレイダーさん、レオンが……」

「ああ。ブランの言った通りだろう。やられたか捕まったかだ。それで、お前はどうしようってんだ? 皇太子の館に殴り込んでくるのか?」


 諭すようでも責めるようでもなく、スレイダーの物言いは普段の調子である。

 うつむいてクリードは再び椅子に腰を下ろす。


「すいません。冷静じゃありませんでした」

「ああ、まずは落ち着きな。今ここで慌てても、もうどうにもならん」


 両足をベッドから下してスレイダーは縁に座った。


「覚悟だけはしておかないとな……」


 低い声のスレイダーの呟きに、第5大隊の面々は一様に視線を伏せるのであった。


 ────────────────────


 ……状況は膠着した。

 第5大隊はレオンの失敗から学んだのか、次の斥候を送り込んでくることはなかった。

 そしてクリスティンたちは捕らえたレオンに対して拘禁する以上の事をせずそのままにしてある。

 聖堂騎士が捕らえられてから間もなく一週間が経過しようとしている。


「奴を第5大隊のメンバーである事を明かすのは容易い事だ。上位の団員で面も割れとるからな。やろうと思えば奴を使って第5大隊を糾弾して場合によってはスレイダーを失脚させるくらいはできるかもしれん。だが、ここで問題なのは我々としてはという事だ。バランスを取らねばならんのだよ」

「メイヤーさん皇太子様の派閥が優位になって喜んでたはずでは?」


 クリスティンの問いに葉巻を吹かせているメイヤーが首を横に振る。


「程度問題だ。行き過ぎても困るのだ。間違ってそのまま勝ってしまったらどうする? まさかゾンビを王宮に送り込むわけにもいかんだろう。今だからこそなんとか誤魔化せているんだ」

「え……じゃあメイヤーさんとしては全体をどう決着させるつもりなんですか?」


 クリスティンの問いにメイヤーがモノクルの奥の目を細めて不敵に笑う。


「今はこの優位を利用して増えた支援者から金やら物やらをかき集めておる所だ。最終的に全部我らのものにする予定だからな。その後の事は……まあ心配するなちゃんと考えておる。がはははは」


(……不安だなあ)


 そう思わずにはいられないクリスティンであった。

 大体がそもそもクリスティンは平穏な日常を取り戻したいだけであって金などいらないのだ。

 それがいつの間にやら皇太子ジェロームの財産強奪一味になってしまっている。

 これでは仮に計画が上手くいって大金を手にしても肝心な平穏な日常が戻ってこなそうで本末転倒であった。


 そして捕らえた第5大隊の聖堂騎士レオンの処遇である。

 メイヤーもリューも基本的には相手の殺害には反対の立場だ。

 捕虜になっている彼がそう酷い目に遭うことはないだろうと、その点だけはクリスは安心している。

 甘いと言われようが性格である。


「第5大隊は倒そう」


 唐突に口を開いたリューにクリスたちの視線が集中する。


「失脚させる必要はないが倒しておく必要はある」

「お前なぁ、そう言うけどうちで1番強いお前が負けて殺されかけてるんだぞ」


 半眼になるメイヤー。

 何言ってんだこいつ、というような表情で。


「次は勝つ」

「信用できるかバカタレ! 一歩間違ってたらお前今この世におらんかったんだぞ!!」


 声を荒げてリューに詰め寄ったメイヤー。


「……勝算はある」


 リューが静かに言う。


「俺は治療のお陰で負傷前よりもむしろ調子がいい。反対にスレイダーは俺との戦いの傷がまだ癒えていないはずだ。倒すなら今がチャンスだ」

「……うぬ……むぅ」


 渋い顔でメイヤーが唸っている。

 リューの言うことにも一理ある。

 彼の弁を信用するのならば大隊長スレイダーとの実力差は絶望的なレベルではないらしい。

 負傷している今なら倒せるというのもわからない話ではなかった。


「そうしなければ回復された後にこちらの不利なタイミングで襲ってくるかもしれない。やるなら今しかない」

「……おい、どうするんだ?」


 最終的にメイヤーは判断をクリスティンに仰いできた。


「え? 私です……?」

「そうだ。コイツはこう言ってるぞ」


 うーん、と目を閉じたクリスティンは考えている。


「勝てるんですよね?」

「ああ、勝てる」


 目を閉じたまま問いかけたクリスに静かにうなずいたリュー。

 彼女の脳裏に数日前のやりとりが蘇る。


『お前には嘘はつかない』


 彼は自分にそう言ったのだ。


「わかりました。じゃあ、リュー……お願いします」


 クリスティンの言葉に赤い髪の男は再度うなずいた。

 その2人を複雑な表情で見ているのはメイヤーだ。

 侍従長はあの土砂降りの雨の日に、血だらけのリューを見て泣いていたクリスを思い出している。


「お前な……勝つなら圧勝しろよ。傷を負うのもダメだ」

「いや、流石にそれは難しい」


 いくら勝算があると言っても相手はあの強敵スレイダーである。

 負傷も許さず勝つというのは難題だ。


「いいからやれ! お前が傷を負う度に気をもむ周りの身にもなってみろ!! 今度あんな目に遭ってきたらその時は私の血をブチ込んでやるからな! それがイヤなら無傷で勝て!!!」


 なんだか脅しになっているのかいないのかよくわからないメイヤーの怒号である。

 さしものリューもそのメイヤーの剣幕には無言であった。

 ……どちらにせよアルゴールにはもう同じ手段での回復は不可能だと言われている。


 それに向こうも同じ失態は繰り返すまい。

 瀕死で返せば回復されるとわかっている以上は次は確実にとどめを刺してくる。

 もう勝利するより他に道はないのだ。


 ────────────────────


 その日の夜、第5大隊が宿泊する大部屋の窓がカツンと鳴った。

 外の様子を窺いながらブランドンが窓を開けるとスーッと一羽の折り鶴が部屋に飛び込んでくる。

 部屋の中の団員全員の視線が床の上の白い折り鶴に注がれた。


「……手紙です」


 それを拾い上げて開いたクリード。

 折り鶴には細かい字で何かが記されている。


「なんつってる?」


 尋ねるスレイダーに読み進めるクリードの眉間に皺が寄る。


「……仲間を返してほしければもう1度自分と勝負しろと、スレイダーさんに」

「ほぉ~」


 しかめ面で言うクリードにスレイダーの目がギラリと輝く。


「レオンを返してくれる上にもう1度しっかり仕留めるチャンスをくれるって? 気前がいいなあ、赤い髪の死神は……」


 飢狼が口元に獰猛な笑みを浮かべる。

 見る者の心臓を鷲掴みにするような笑みだった。


(あ~ぁ、リベンジのつもりか知らんが悪手だぞ死神。このシチュエーションじゃスレイダーの力は3割増しになる)


 大隊長の傍らのブランドンは無言でそう考えていた。

 自分の事より仲間の事で本気を出すのがスレイダー・マクシミリオンという男だ。


「罠ですよ」


 クリードの眉間の皺はそのままだ。

 憂う銀髪の聖堂騎士は決闘には賛成ではないらしい。


「無論警戒はするが恐らくそれはないな。死神はそういうタイプじゃない。罠に掛ける気ならもうちょい別の手で来るだろ」


 一度殺し合いになったからこそスレイダーはリューの人間性をある程度理解していた。

 戦い方……特に命を賭けたギリギリのラインのそれには相手の内面が現れるものだ。

 伝説の暗殺者とはいっても赤い髪の死神の性質は純粋な戦士に近い。


「ほとんど死にかけの状態から戦えるまでにこの短期間で回復したっていうなら向こうさんには相当な腕の癒し手ヒーラーがいるんだろう。オレが回復してない今が勝機と踏んだか」

「では大隊長にも全快してもらうとしましょうか」


 立ち上がったガブリエル。

 大柄な神父はウォーミングアップをするかのように肩を回している。


「悪いな。この状況になったらお前の手を借りるしかない」


 手負いで勝てる相手ではない。

 だがこちらも優れた回復術の使い手がいるのだ。


「今度こそしっかりあの世へ送ってやるよ、死神」


 飢狼の目が冷たく光った。


 ────────────────────


 約束の日がやってきた。


 手紙に記されていた立ち合いは1人まで、残りは宿から出たのを確認したら人質の安全は保証しないとあった。

 クリードとガブリエルの2人は宿に残る。

 どちらにせよ決死の回復術で疲労困憊のガブリエルは今身動きが取れない。

 彼の護衛のためにクリードが残る必要があるのでこの条件は第5大隊としては不都合はなかった。


 指定された場所はあの町の西の外れの空き地。

 1度リューとスレイダーが死闘を演じたあの場所である。


 約束の正午になる。

 スレイダー・マクシミリオン第5大隊長は早くから来て待っていた。

 その背後には副官ブランドンの巨体がある。

 そこに今、赤い髪の男が姿を現す。

 これからここで血生臭い殺し合いが始まるとも思えないような穏やかな風が吹いてリューの赤いお下げを揺らした。


 小柄な赤い髪の男の後ろにはクリスティンがいる。

 彼女はぐるぐるに縛り上げられ猿轡を嚙まされたたレオンを肩に担いでいた。


「おいおい、姉ちゃんバカ力だな……っていうか縛りすぎだろ、芋虫みたいになっちゃってんじゃねえか」


 ブランドンが呆れたように言う。

 待っていた2人に気付いたレオンがもぞもぞ動いてんーんー唸っているが何を言っているのかは当然わからない。


「あれがクリスティン・イクサ・マギウスか。本当にオレよりでけえじゃないのよ」


 頬をやや引き攣らせているスレイダー。


「心配すんな。オレよりは小さい大丈夫だ」

「何が大丈夫なのかわかんねえよバカヤロウ」


 振り返って相棒を睨むスレイダー。


 クリスはそんな芋虫みたいなレオンを少し離れた場所で地面に下した。

 転がされた草の上でレオンがまだもぞもぞと動いている。


「……戦いが終わったら連れて帰れ」

「こっちが勝ったら、じゃないのかよ?」


 縛られたレオンを見て言うリューにスレイダーが聞いた。

 その問いに対してリューは首を横に振る。


「俺が勝っても捕虜は返す。連れて帰れ」

「ほぉ……そいつはお優しいこった。ま、しっかり勝って連れて帰るがな」


 クリストファー・リューがスレイダーを見る。

 怒りも憎しみもない視線でこれから殺しあう男を見る。


「勝つのは俺だ」

「えらい自信じゃないのよ。この前勝ったのはオレなんですけどねえ」


 挑発するように大げさに肩をすくめて見せたスレイダー。

 だがリューの表情は動かなかった。


「お前には礼を言っておく」

「あぁ?」


 逆にスレイダーの表情が怪訝そうに歪んだ。


「お前のお陰で自分がどれ程愚かで小さいかを知る事ができた」


 静かに目を閉じたリュー。

 飢狼の眉間に皺が寄った。


「お前なぁ……勝手に人を踏み台にして成長しようとしてんじゃねえよ」


 いつも飄々としている男の言葉に僅かに怒りの色が滲む。

 手にした長剣を鞘から抜き放ったスレイダー。

 その鞘を脇へと放る。

 カラン、と乾いた音を立てて鞘が土煙を上げた。


 リューもまた、その彼に向かい構えを取っていた。


(ん、いかんぞ……)


 対峙する両者を後方から見ているブランドン。

 巨漢の眉がピクリと揺れる。


 言葉は無くなった。

 2人の男の間をただ風が吹き抜けていく。


「今の俺は……死ぬことが怖い」


 地を蹴るリュー。

 迎え撃つスレイダー。


「だからもう、お前には負けない」

「ほざきやがれッッッ!!! 死神!!!!」


 2人の2度目の戦いが始まった。

 それを見ているブランドンはいつしか握りしめていた拳にじっとりと汗をかいていた。


(スレイダーが……負ける)


 ────────────────────


 飢狼の牙は鋭い。

 確実に相手の脆い箇所……それは防御の隙であったり動きの癖であったりして生じるガードの空隙を狙って襲ってくる。

 リューの身体に無数の傷が刻まれていく。

 それは1度目の死闘の再現のようであった。


「……………………」


 見守るクリスの表情が目まぐるしく変化している。

 背の高い彼女がおろおろとする様は非常に目立つ。

 特に反対側から向かい合う位置に立つブランドンからはそれがよく見えていた。


(落着きなさすぎるだろ! 気が散るわ!!)


 文句を言ってやりたい気分のブランドンだ。


 祈ってみたり、頭を抱えてみたり、目を覆ってみたりしているクリスティン。

 叫んで彼を鼓舞したいのだが、気を散らせてはまずいと思って必死に耐えている。


(ああああ、また傷が! 頑張ってください……リュー! ひー! 痛そう!! がんばれがんばれ!! そこです! 目つぶしを!! あーでも目つぶしはやっぱりダメでしょうか!!)


 応援しながら割と物騒なことを考えているクリスであった。


 無数に手傷を負わせているスレイダーに対してリューはまだ1発も有効打を放っていない。

 前回はすぐに両者は傷だらけになったのにだ。

 だがじりじりと焦燥感に胸を焼かれているのは無傷のスレイダーの方であった。


(くそッッ!! 浅い……!!)


 相手に傷を与え出血はさせているものの、その全ては薄皮一枚裂いているだけ。

 満足にダメージを与えた攻撃はいまだ1つもなし。

 それを攻め手の彼はよくわかっている。

 浅手は見極めをわずかに失敗した時のもので、ほとんどの攻撃は紙一重で回避されているのだ。

 その被弾率も加速度的に減少している。

 もう……数十手? 或いはそれよりも早く、自分の攻撃は全て見切られてこの男に触れることができなくなるだろう。


 何故だ……?

 彼我の戦闘力はほぼ互角であったはずだ。

 戦いながら困惑しているスレイダー。


 激しい攻防の中で両者の視線が交錯する。


(その目をやめろ死神!!! オレたちは殺し合いをしてるんだぞ!!!!)


 風のない日の湖面のような穏やかで静かな瞳がスレイダーを映している。


「おおおおぁぁぁぁぁッッ!!! その目をやめやがれッッ!!」


 長剣を頭上に振り上げたスレイダー。

 切っ先が陽光を弾いて輝く。


「クリストファー・リュー!!!」


 あの日、彼を仕留めた……大上段が来る。

 飢狼の必殺の一撃、いまだかつてこれで仕留め損なった相手はいない。


 ……死神と呼ばれていた。

 暗殺者をしていた。

 だからこそ、自分は死を避けてはいけないのだと心のどこかで思っていた。

 その時がくれば黙って受け入れなければならないのだと、そう思い込んでいた。

 だが、それは愚かな誤りであった。


 その事を思い知った。

 小さいと思っていた自分の生き死には仲間たちを搔き乱すことになった。


 死を呼ぶ飢狼の牙が迫る。

 その時リューの目には闇に差す一筋の光明が見えていた。

 踏み込みながらほんの僅かに上体を傾ける。

 一瞬後の致死の一線が彼には見えていた。

 そこを避けて彼は対敵の間合いの侵略する。


 ……彼我の距離、約20cm。

 ここはもう赤い髪の死神の必殺の間合いだった。


 スレイダーの大斬りが空を切る。

 当たらない、もう懐に入り込まれている。

 握り拳を胸の高さに上げてリューは彼の眼前にいる。


「…………………」


 刹那、飢狼は自らの敗北を悟っていた。

 直拳が……身体の真正面に放つ拳打がスレイダーに炸裂する。

 その一撃は弧を描かない。

 真一文字に一直線に対敵に対敵に突き刺さる。


「!!!!」


 クリスティンが……そしてブランドンとレオンの2人が、一様に驚愕して硬直する。

 打たれたスレイダーはまるで巨獣に跳ね飛ばされたように宙を舞っていた。


「……はっ……ウソだろ? おい……」


 上空で呟いた彼の視界には空が広がっている。

 自分の吐いた血飛沫の中を彼は飛んでいた。


 そして一瞬の後に落下したスレイダーは地面に叩きつけられた。


 仰向けに地面に激突した第5大隊長。

 その四肢が地面に投げ出される。

 瞳に既に意志の光はない。


「俺は生きる」


 振り抜いた拳を下ろしてリューはそう呟いた。


 誰しもいつかはその時が来る。

 それでも……いや、だからこそ必死に生き抜かなければならない。


 死は誰にでも平等に訪れる。

 だがそれは今を精一杯生きない事の言い訳にはならないのだから。


 ────────────────────


 意識を取り戻した時、スレイダーの視界には相変わらず空が広がっていた。


「……いい天気だなぁ、クソッ」


 思わず呟きが漏れる。


「ああ、メシが食いたくなる青空だな」

「だからお前は土砂降りだろうとメシ食ってるだろ……いってて……」


 起き上がろうとして顔を顰めるスレイダー。

 全身に激痛が走る。

 身体はまだ動かせそうにない。


 そんなスレイダーの傍らにはブランドンが胡坐をかいて座っていた。


「……あいつらは?」

「もう帰ったよ」


 返答して顎を摩りながらブランドンが先ほどの一幕を思い出す。


 ………………。


「殺してはいない」


 倒れたスレイダーの脇に立つリューはブランドンにそう言った。

 ゆっくりとブランドンは両者に歩み寄る。

 のっしのっしと足音を鳴らして近付いてくる巨漢をリューが見た。


「……お前も戦うか?」

「へ? オレともんのか?」


 ポカンとして自分を指さすブランドンにリューはそうだ、とうなずいた。


「第5大隊で1番強い聖堂騎士はお前だろう。戦わなくていいのか?」

「……!」


 少しの間沈黙してから副隊長は口を開く。


「なんでそう思った?」

「お前がこの男より強いことはわかる。流石に大隊内に隊長より強い騎士が2人もいるとは思えん」


 リューは淀みなくそう言った。

 また少し沈黙してから腹の出た巨漢は少しだけ笑った。

 その事はブランドン自身とスレイダーの2人しか知らない事実だ。

 2人が戦えばブランドンの方が強いのだという事は。


「いんや、止めとくわ。オレでも多分お前にゃ勝てん」

「そうか」


 それ以上特に何も口にすることなくリューは2人に背を向けた。

 そのリューをクリスティンが待っている。


「本当に、もー……本当にあれですよ、見ているほうが寿命が縮む感じですよ、もー」

「約束は守っただろう」


 何やら戦ったリュー本人よりぐったりしているクリスと並んで赤い髪の男が去っていく。


「いいなぁ」


 その2人の後ろ姿にうらやましそうに言うブランドンであった。


 ………………。


「オレの仇を取ってくれたんじゃないのかよー」


 恨みがましく言うスレイダー。

 無論冗談である。

 2人ともそれがわかっている。


「ハラ減りそうだからやめといたわ」


 そう言って巨漢が腹を揺すって笑った。


 そのブランドンの隣では拘束を解かれたレオンがぼろぼろと涙を零している。


「ごめん、ごめんよ……兄貴。オレがヘマしたせいで、こんな……」


 そんな弟分に優しい視線を向けるスレイダー。


「お前のせいじゃないって。無事ならそれでいいさ……って、お前なんでちょっとふくよかになってんだよ!!!?」


 一転驚愕して顔を引き攣らせるスレイダー。

 確かにいざ拘束を解かれてみたレオンは前よりシルエットが気持ち丸っこくなっている。


「違うんだ!! 兄貴!! これは奴らが卑劣なラーメンを……!! オレはあいつらの食料を食い尽くしてやろうと思って……!!」

「卑劣なラーメン!!??」


 2人のやり取りを聞いていたブランドンがかつてない真剣な表情で立ち上がった。


「そうか、そんなに卑劣なのかそのラーメンは。それはもうオレが落とし前を付けに行くしかないようだな」

「お前は食いに行くんじゃねえよ!!」


 叫ぶスレイダーは気にもくれずにレオンを見るブランドン。


「なんなの? 捕まるとそんなラーメン食えるの? お前だけズルくないか?」

「いや違うんだってブランの兄貴!! オレは奴らの糧食にダメージを与えてやろうと必死にお代わりを……!!」


 わいわいやり合っている2人の傍らでスレイダーが「うぐっ」と呻いて意識を失う。

 飢狼と呼ばれて恐れられた男は白目を剥いて泡を吹いていた。


「あっ、やべえ。本気で落ちたな」

「わーっ!! 兄貴!! 死なないでくれ!!!!」


 必死にスレイダーに縋り付いて揺さぶるレオンであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る