第13話 竜の血

 クリストファー・リューが聖堂騎士団の第5大隊長スレイダー・マクシミリオンに敗れて生死の境を彷徨った日から数日が経過していた。

 彼は一命を取り留め今は順調に快方に向かっている。


「世話になったな」


 未だベッドの上の住人であるリュー。

 上体を起こしている彼は見舞ったアルゴールに礼を述べた。

 自分の命を救ったのは彼の魔術であるという話は聞いている。


「礼など必要ない」


 クールで気障な動作で椅子を引いて座ったアルゴールは長い足を組んだ。


「クリストファー、お前は私が認めた芸術家アーティストである。その死は世界の損失となる。故に助けた……それだけの事だ」


 そして白スーツの男は人差し指でスッと髪を梳いた。


「礼ならばクリスティンに言うことだな。お前の身体の失われていた大量の血を補ったのは彼女だ」

「クリスティンが……」


 それを聞いてリューの瞳がわずかに揺れる。


「それと、今回の一件でお前の身体には私の術に対する耐性ができてしまっている。もう同じ手段でお前を助けてやる事はできん。……せいぜい命は大事にする事だ」

「肝に銘じておこう」


 自分自身に言い聞かせるように重たく呟くリューであった。


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「……おい、クリスティン」


 廊下を歩いていたクリスが呼び止められる。

 振り向くとモノクルの侍従長である。


「どうしました? メイヤーさん」

「リューの所に行くのならこれを持っていってやれ。言っておくがな、高い店のだぞ」


 そう言うとメイヤーはクリスに菓子折りを手渡した。


「芋羊羹だ。アイツはな、少し甘いものでも食べて身体を休めたほうがいい。あれほど言っても勝手に飛び出していくわ年中口はへの字だわで……」

「メイヤーさんがお渡ししないんですか?」


 不思議そうにクリスが言うとメイヤーは表情を歪めて鼻で笑う。


「お前も男心ってもんがわかってないな。中年に渡されるより若い女に貰った方が嬉しいに決まっておるだろうが。その辺はあの仏頂面のリューだって変わらんわい」

「そうなんでしょうか……ねえ」


 クリスの目から見るリューという男は修行僧のように淡々と生きている。

 彼にそんな感情があるのかは疑問であった。


「とにかく承りました。ありがとうございます」

「よぉーく面倒見てやれよ。くたばられるわけにはいかんのだからな」


 クリスティンの鼻先に人差し指を突き付けるとそう言ってメイヤーは去っていった。


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 トントンと控えめなノックの後でリューの部屋の戸が開く。

 顔を出したのはクリスティンである。

 いつもの陽だまりのような微笑みで彼女は部屋の主の様子を窺う。


「お加減はいかがですか? リュー。お茶をお持ちしましたよ」

「すまない。具合は悪くはない」


 答えたリューは窓辺に立っている。

 クリスはサイドテーブルでお茶の支度を始めた。


「起きていいんですか?」

「問題ない」


 うなずいたリュー。

 クリスティンはそんな彼の微かな違和感に気付く。


「……どうしました?」

「いや……」


 リューに感じ取ったのは何となく声を掛けるタイミングを伺っているような、何を話していいのか言葉を選んでいるかのような、そんな気配だった。

 口数は少ないが言うと決めたことはズバッと鋭く口にする(ようにクリスティンには見えている)リューにしては珍しい事である。


「血を……分けてもらったと聞いた。すまなかったな」

「ああ、そのお話」


 言われて初めて思い出したような様子のクリスティン。


「私、身体が大きいから血も多いんでしょうかね。だとしたら体が大きくてよかったと思える貴重な体験ですよ。大体はそうじゃない方がよかったのにって思うことばっかりですから」


 クリスは苦笑している。

 そんな彼女をリューは少し眩し気に見た。


「命の恩人だ」

「いやいやいやいや? 大袈裟ですってば。そんな事を言い出したら初めて会ったあの夜から私なんてリューがいてくれなかったら何度死んでたことか……」


 お茶を出しながらクリスティンが笑った。


「でも、そう思ってもらえるなら私たちお互い相手の命の恩人ですね」

「……そうだな」


 カップを受け取ったリューは穏やかにそう答えた。


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 聖堂騎士団第5大隊、その中核メンバーが逗留している宿屋に息を切らせたレオンが駆け込んでくる。

 彼のもたらした情報は隊内に少なからぬ衝撃と動揺を与えることとなった。


「はぁ? なんだって!? 生きてただぁ!?」


 テーブルに着いている巨漢が素っ頓狂な声を上げる。

 副隊長ブランドン。

 驚愕はしても食べる手は止めないところが彼らしい。

 他の隊の面々は食事をもう終えている。

 彼だけ毎食3人前くらい食べるのでまだ食べ終えていないのだ。


「見間違いだろう。あの傷で生きているはずがない」


 冷たく言ったのはクリードだ。

 銀髪の聖堂騎士はそう言って無機質にカップを口に運ぶ。


「間違いねえってば! 見間違うかよ、あんな赤頭!!」


 レオンは興奮気味にまくし立てている。

 第5大隊はダナンの街に到着してから王家の別荘に頻繁に探りを入れている。

 その役割を担うのは隊内でも一番身が軽くすばしっこいレオンである。


「……生きてたとしたって瀕死だろう。寝かされてんのを確認してきたか」


 いつもより幾分低い声のスレイダー。

 彼は全身あちこち包帯まみれだ。


「いや、それが……もう立って歩いてるよ」


 言い辛そうにレオンが言うとスレイダーの眉間に皺が寄った。


「あっちゃ~……それはオレのミスだなぁ。止め刺すように撤退前に指示出すべきだったわ」


 ブランドンが後頭部を掻く。


「いいや。オレだって意識を飛ばしてたわけじゃないんだ。オレが何も言ってないのにお前のミスはないだろうよ」


 今しがた聞かされた話と傷の痛みで二重に渋面になっているスレイダーだ。


「それにな、確かに殺った感触があった。むしろあの場でとどめに行かれてもオレが止めてた可能性すらある。負かして殺した相手にそこまではしたくない」

「う~む、まあ何にせよ先走って王都に『やりました!』とか報告入れねえでよかったな」


 ようやくブランドンが食事を終えてフォークを置く。


「どうしますか? スレイダーさん」

「どうもこうもないさ。当面は様子見だ。オレだってしばらくは戦闘は無理だよ」


 クリードの問いにそう答えてからスレイダーはベッドにごろりと横になった。


「隊長、治療をしましょうか」


 立ち上がりかけたガブリエルを片手を上げてスレイダーが制止する。


「いやいい。あれはお前だって消耗するんだ。短期間にそう連発するもんじゃない。お前だって貴重な戦力なんだぞ」

「わかりました。何かありましたらご遠慮なく」


 ガブリエルはそう言って椅子に座りなおす。


『神父』ガブリエル・ノーマンは部隊内で唯一『奇跡』と呼ばれる神聖魔術を使用することができる。

 奇跡は回復などの補助的な効果を持つ術が多い。

 リューとの戦いの直後にスレイダーは一度彼によるこの奇跡の治療を受けていた。


「ひとまずは奴らの拠点の動きにだけ気を付けておけ。外には出てこないとは思うけどな」

「食ったらまた行ってくるよ」


 既に言いながらムシャムシャと食事を頬張っているレオン。


「……皇太子サマんとこに誰か、瀕死の死神を回復させた奴がいる。そいつが誰なのか知りたい所だが流石に出入りしてる奴ら全員の素性を調べるわけにもいかんしな」

「まあ次はちゃんと首を落とせばいいさ」


 物騒な事を言ってからブランドンは食後の茶をカップではなく自分が空にした器に注ぎ、さらにそれをがばっと1口で飲み干した。


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 バルディオン王宮。

 栄えし大都の中心部に聳え立つ巨大な建造物。

 無数の塔に囲まれた地上4階建ての大宮殿である。


 数百年の歴史を持つこの王宮の主は今病に臥せっている。

 フィニガン・バルディオン王。

 顔の下半分をウェーブのかかった白い髭で覆ったこのガリガリに痩せた小柄な王。

 彼は貴人用の豪奢な天蓋付きのベッドに身を沈めていた。


 従者が近付いてきて王に顔を寄せる。


「ヒルダリア様がお見えでございます」

「……通せ」


 しわがれた掠れ声で王が言う。

 程なくして白いドレスに身を包んだ美しい女性が優雅に一礼してから王の寝所に歩み寄った。


「ご機嫌いかが? あなた」

「今日はまあまあだな。ここの所少し苦しさが和らいでおる」


 王の返答に口元を扇で覆った王妃が満足げにうなずいた。


「何よりでございますわ」

「それで、今日は何をねだりに来たのだ……?」


 落ち窪んだ青黒い眼下の底の目をギョロリと動かして王がヒルダリアを見上げた。


「まぁ……いやですわ、あなた。そんないつもわたくしが何かをおねだりしてばかりのような」

「くっくく……お前が余を訪ねる時は大体何か要求がある時であろうが。言ってみよ」


 要件を見透かされていることにいささかも悪びれることなくヒルダリアは膝を屈して屈むと王に顔を寄せる。


「ねえ? あなた。わたくし、自分の傍に1人信用できる騎士を置きたいの。わたくしの直属とするのですから聖遺物アーティファクトの1つも持たせてあげないと格好が付きませんわ。『試しの儀』のご許可をくださいませ」


 王妃の要求にフィニガンがふーっと大きく息を吐く。


「またお前はそのような事を。お前が連れてきたあのキリエッタは抜けてしまったという話ではないか」

「残念な事でしたわ。やはり奔放な南の大陸の女性には堅苦しい騎士団の生活は馴染まなかったのでしょうね」


 大げさに嘆きのポーズを取る王妃。


「まあよい。お前の好きにせよ。話は通しておく」

「ありがとうございます、あなた」


 微笑んで一礼し王妃は退出する。


「……ヒルダリアよ」


 その背に王が声を掛けた。


「何か?」

「ジェロームとは仲良うしてやれ。あれにもきちんとお前を義母として立てよと言うてある」


 数瞬の後、ゆっくりとヒルダリアは振り返った。

 その顔は先ほどまでと同様の微笑みを浮かべている。


「当然でございますわ」


 氷の妃が扇を口元に当てる。


「わたくしの可愛い息子ですもの」


 そして王の間を退出し廊下を歩むヒルダリア。

 その背後にいつの間にか音もなく灰色のローブの占星術師が現れて追従している。


「許可は得たわ。後の日取りはわたくしの自由よ」

「王妃様に深く感謝を」


 抑揚のない男か女かも判別できない低い声で占星術師が答える。

 そんな背後の彼女を王妃がちらりと横目で見た。


(腹立たしいことですけどキリエッタの敗北と退団からこちらは逆風が続いている。今の段階で彼女にまで離脱されれば大きな痛手。少しは飴も与えておかないとね)


 扇の裏で物憂げに嘆息するヒルダリア。


(スレイダー、あの男も実力は確かですけど、わたくしに心から臣従しているわけではないのは明白。どこまで信用していいものやら)


「……ままならないこと」

「王妃様?」


 呟きは占星術師の耳には届かなかった。


(わたくしが3人……いえ、せめて2人いれば全て自分で片付けますのにね)


 苦々し気に口元をわずかに歪めてから、ふっと笑う王妃であった。


 ────────────────────


 今日も看病のためにリューの部屋を訪れるクリスティン。

 彼女は扉を開けてからその向こう側の光景に驚いて手にしたトレイを取り落としそうになった。


「ああっ、リュー! だめですよ!」


 まだ全身を包帯で覆っている男は片腕で腕立て伏せをしている。


「問題ない。調子はいい」

「そんなわけないでしょう。あんな深い傷を負って……それからまだ数日なのに」


 慌ててリューに駆け寄るとクリスが抱き起す。

 身長が20㎝以上離れている2人がその体勢になると親子のようである。


「本当だ、クリスティン」


 腕の中から彼女を見上げるリュー。


「お前には嘘は言わない」

「むぅ……」


 困り顔で唸るクリス。


「理由もわかっている」

「? 先生の術の効果か何かで……?」


 首をかしげるクリスにゆっくりと首を横に振ったリュー。


「お前の血だ」

「いえ、私の血はそんな健康促進効果はないですよ……」


 たはは、と苦笑するクリスティン。


「いや、そうじゃない。いい機会なので話をしておく」


 リューはクリスの腕の中から逃れると彼女を真正面から見詰めた。


「クリスティン、お前は……ドラゴンの血を引いている」

「……はい?」


 思わず間の抜けた反応をしてしまったクリス。

 リューの言葉は唐突であった。

 ドラゴン……実在するのは知ってはいるが実際に見たことはない。

 クリスの知っている範囲の知識では竜は今は世界各地の人類未踏の領域でひっそりと生息しているのだという話だ。


「お前の怪力、前から単なる素質で片付けるには大きすぎると思っていた。だからここへ来た時に皇太子派の諜報員にお前の家系を調べさせた」


 言われてクリスは思い出した。

 アルゴールのいた監獄島に出かける前にメイヤーとリューは何やら調べものに付いての密談をしていた。


「思った通り、14代前にドラゴンと思われる先祖がいた。その時期は魔術で人に姿を変えた竜族と人との交流があったと言われている時期だ。世相とも合致する」

「……はぁ。随分遠いご先祖様ですねぇ」


 家系図の名の表記やその他の情報からその事を類推する事ができるのだが、リューはその詳細の説明は割愛した。

 今はあまり重要ではない本筋には影響のない話だからだ。

 何となく気の抜けた反応を返したクリスティン。

 リューの話を疑うわけではないのだが現実味がないのも確かであった。


「お前のように先祖に竜を持つ者の中には何世代も隔ててから彼らの力の一部を受け継いだ状態で生まれてくる者がいる。お前の腕力がそれだ。お前は両腕に竜の力が発現している」


 言われてクリスティンは自分の両手を見た。


「私のバカ力にそんな理由が……。もうちょっと乙女のイメージに差し障りのない所に力を継承してほしかったです。これはこれで便利ではあるんですけど」

「薬が効き辛いと言っていたな。それも竜の血が濃く出ていることが原因だろう。恐らくは魔術にも一定の耐性があるはずだ」


 ヒュッと風切り音を立ててリューが鋭く前方に拳を突き出す。


「俺は今凄く体調がいい。感覚が研ぎ澄まされていて身体から力が湧いてくる。傷付く前よりも調子がいいくらいだ。お前の血の影響だと思う」

「正直、竜の血がどうとかっていうのはあんまりピンとこないですけど……それでリューが元気になったっていうならよかったです。元気が一番ですよね」


 元気が一番。

 何気ない一言ではあったが死の淵を覗いたリューにとっては重みのある言葉だった。


「そうだな」


 赤い髪の男がうなずく。


「……元気が1番だな」


 その一言にはどこか噛みしめるような響きがあった。


 ────────────────────


 聖堂騎士団第5大隊所属、聖堂騎士レオン・ザウバーは元々は手の付けられない悪童であった。

 物心ついた頃にはもう母親はおらず、飲んだくれの父親に暴力を振るわれ酒代を要求されるので子供のころからスリやコソ泥の悪事に手を染めていた。

 そんな彼がある日、周辺一帯を縄張りにしていた若者たちのグループの1人の財布に手を掛けたことからその集団のリーダーだったスレイダーと知り合った。

 捕らえられてスレイダーの前に突き出されたレオン。

 スレイダーに問われて盗みをしている理由を彼は話した。


「……話はわかった。お前の親父は俺がどうにかしてやるよ。だからもうお前は盗みはやめろ」


 ……そんな事ができるはずがないと思っていた。

 だがスレイダーは実際にレオンの父を何度もボコボコに痛めつけて更生させてしまった。


「酒をやめるか街から出ていくか選べと言ってやったんだよ。どうやら酒を止めるほうを選んだみたいだな。また親父が酒を飲んだら俺に言ってきなよ」


 父親はスレイダーとその仲間たちに怯えきっており本当に酒を止め働きに出るようになった。

 レオンは約束を守り、それきり盗みをすることはなくなった。

 そして、いつしか彼のグループに加わっていた。


 スレイダーのグループがまとめて聖堂騎士団に引き抜かれたのはその数年後の事だ。


 そのレオンは今、王家の別荘に潜入して探りを入れている。

 敷地内の高い木に登りその葉の中から建物の内部を窺う彼の瞳には赤い髪の男が映っていた。


(あの野郎! 兄貴がブッ殺したのに!! ……なんで死んでねえんだよ!!?)


 ギリッとレオンの奥歯が鳴る。

 奇しくもレオンとリューはほぼ同じ身長をしている。

 その事でレオンも色々とこれまで苦い思いもしてきた。

 身長の事は彼のコンプレックスである。

 そんな自分とほぼ同じ背丈のリューのあの強さはレオンの嫉妬心を酷く刺激していた。


 しかもリューは瀕死どころかもう鍛錬を始めているではないか。

 まるでスレイダーとの死闘の傷などなかった事のようにだ。


(なんなんだよアイツは。どうなってんだ?)


「何か面白いものが見えたかね?」


 不意に低い声が聞こえ木の上のレオンが戦慄する。


「……!?」


 自分のいる樹木から近い塀の上に一人の男が立っていた。

 カイゼル髭にタキシード姿の中年男だ。


「植木屋を頼んだ覚えはないんだがなぁ~?」


 指で髭の先を摘まんで整えながらそう言ってメイヤーはニヤリと笑った。

 この男の事をレオンは知っている。

 皇太子の側近、侍従長のヴァイスハウプト・メイヤー。


 ……相手の陣地に踏み込みすぎた。

 そのミスを痛感しながら小柄な聖堂騎士は木から飛び降りた。


 ここで交戦するわけにはいかない。

 何としてもこの場を逃れなくては。


「……あっ!!?」


 だが着地した彼は目を見開いて声を出す。

 木の根元には無数の紙人形が待ち構えていた。


 両足に纏わりついて張り付く紙人形。

 途端にレオンの両足は鉛のように重くなり自由が利かなくなる。


「うわっ、ちっくしょう!!!!」


 両足が上手く動かせずにつんのめる様にして地面に倒れたレオン。


「何の準備もしないで声を掛けるわけがなかろうが、未熟者め」


 それを塀の上から見下ろしてメイヤーはフンと鼻を鳴らした。


 ────────────────────


「……オレは何も話さないぜ。さっさと殺せよ」


 別荘の地下の牢屋に入れられているレオン。

 彼は両手を両足首を枷で拘束されている。

 捕らえられた聖堂騎士は不貞腐れて開き直っているようだ。


 そんな彼を鉄格子の外から見ているクリスティンとメイヤーとアルゴールの3人。


「どうしましょう? お話ししたくないそうですよ」

「どうせコイツが持ってるような情報に大して重要なものもないだろうがな」


 ひそひそとクリスとメイヤーが囁きあっている。


「よかった。メイヤーさん拷問とかするのかなって」

「するわけないだろうがバカタレ!! そんな事すれば相手が口を割るより先に私が貧血になるわ!!」


 力強く弱々しいことを言うメイヤーであった。


「オレたちはいつだって任務の為に命を捨てる覚悟ができてるんだよ。お前らとは違うんだ!」


 クリスティンたちが何やら意見を統一できていないのを察したのか不敵に言い放つレオン。


「ふーむ……」


 わちゃわちゃやっている一同を横目にアルゴールがその形の良い顎に指を当てて牢の中を窺った。


「お前たちが必要ないというのなら、この素材は私がもらうとしよう。脳と眼球と舌と……後は全身の血液を貰うか。ちょうど切らしていてな」


 冷たい目で自分を見ながら恐ろしいことを言うアルゴールにレオンがギョッとする。

 その白装束の男の視線と所作に本気である事を感じ取ったか……。

 真っ青になった彼はガタガタと震えだした。


「先生、可哀想ですよ。怯えちゃったじゃないですか」

「ん? なんだ……いらないのではないのかね」


 抗議するクリスティンに不思議そうなアルゴール。


「まあいい。連中に人質が通じるのかどうかは知らんがとりあえずは放っておけ」


 メイヤーがそう言って肩をすくめる。

 するとその時、地下にリューが姿を見せた。

 赤い髪の男はトレイを手にしている。

 上には当然湯気の立つ器があった。


「捕虜が捕らえられたと聞いた。とりあえずこれを食わそう」

「……お前は本当に誰にでもラーメン出すな」


 何とも言えない表情で言うメイヤーであった。







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