第10話 監獄島の死霊使い

 分厚い雲が厚く垂れこめる空を背景にその島はあった。

 荒れ狂う波間にあるその黒いシルエット……寒々として不吉な光景である。


 その島は『監獄島』と呼ばれている。

 正式な島の呼び名は他にあるが、もうその名を使う者もいなくなって久しい。


 ここは王国領西端。

 監獄島が見える岸に今クリスティンとリューの2人が立っている。

 2人とも旅装だ。

 皇太子の下でようやく腰を落ち着けることができるのかと思いきや早々にまた2人は旅の空である。


 革製の頑丈で大きなリュックを背負ったクリスティン。

 その肩の上には小さな紙人形が乗っていた。


『あれがその島だ。いいか? お前たち。ここから先の我らの立ち回りで未来が明るいか絶望かが決まる。しっかりやれよ』


 紙人形から聞こえるのはメイヤー侍従長の声であった。

 彼は王家の別荘に残り皇太子ジェロームの死が露見しないように色々と工作を行っている。

 紙人形は通信の為に持たされた。

 これである程度現地の状況も把握できるらしい。


 ────────────────────


 数日前の事である。


 皇太子の亡骸を囲んでクリスたちは謀議していた。

 クリスティンが不本意ながら一発で頸椎粉砕してしまった皇太子の死をどうごまかすかという大雑把に言えば言うほど大悪人の所業の密談である。


「西に行った海に監獄島と呼ばれている島がある。その名の通りに監獄がある孤島だ」


 座って向き合っているメイヤーとクリスティン。

 リューは両者の間に立っている。


「そこに一人の死霊術師ネクロマンサーがずっと前から収監されている。稀代の術者で当時の聖堂騎士団では手に負えなくてな……半ば封印されるような形でそこにいるらしい」


 そこまで話すとメイヤーはショットグラスに注いだ酒を一気にぐいっと呷った。

 ちなみに皇太子の酒である。


「そいつを味方に付ける」

「…………どうやって?」


 えらく軽く言ってくれるが……。

 ええ~、という顔で思わず尋ねるクリスティン。


「そこはお前……あれだ。頑張って説得するんだよ。何せ上手くいけば皇太子の金が丸々転がり込んでくるんだぞ。大抵の奴はOKするだろう」

「いや、説得とか……。その前にその人、投獄されてるんですよね?」


 何やら物凄く甘い見通しでものを言っているメイヤーにクリスが慌てる。


「当然そこは脱獄させる事になるな。お前たちが手引きするのだ」

「んぇ」


 思わずヘンな声を出してしまったクリスティン。


 孤島の監獄に乗り込んでいって、そこに収監されている重罪人の危険な魔術師を脱獄させる……?


 自分基準でものを考えてメイヤーは自慢げであるが、クリスはとても同意はできそうにない。

 荒唐無稽が過ぎる話なのに話し手があまりにも自信ありげなので今一つ受け入れられていない自分の方がおかしいのか? という気分になる。


(……こんなユルい計画を立てるような人が本当に皇太子派のブレインをやってたんでしょうかね)


 自然にトホホ顔になる表情筋を最早自分でもどうにもできずにいるクリスである。


「そいつに皇太子の死体を操らせるというわけか」

「そういう事だ」


 尊大にうなずくメイヤー。


「わかった。やろう」

「ええっ!? やるんですか!!?」


 声を上げて思わず立ち上がったクリスに無言で視線を向けるリュー。


「かなり無茶だと思うんですけど……」

「他に打つ手がない以上しょうがない。上手くいかなければこの男に罪を被せて俺たちはまた国外に脱出する」


 リューが視線を向けた先のメイヤーが渋い顔をする。


「お前なぁ……本人を目の前にしてそういう事を言うんじゃありませんよ。我々は一蓮托生だろう?」


 じっとりとした視線を向けてくる侍従長。


「勿論私もお前たちに丸投げする気はない。戻るまでごまかし続けなければならんのでこの場を離れるわけにはいかんが式を同行させよう。通信もできるしそれである程度現地の状態を把握もできる。簡単な術なら式を通して行使も可能だ」


 グッと親指を立ててニヤリと笑うメイヤー。

 しかしこの男、笑うと本当に悪人面である。


「さぁ~皇太子の財産乗っ取り作戦開始だ!! 気合を入れるんだぞお前たち!!」

「目的が変わってるんですけど!!?」


 愕然として脱力するクリスティン。


「……メイヤー」

「ん?」


 声を掛けてきたリューの方を向くメイヤー。


「お前たちが使っている情報屋がいるだろう。調べさせたいことがある」

「……それは構わんが、情報は共有させてもらうぞ? 繰り返すが我々は一蓮托生なのだからな」


 何やらぼそぼそと顔を寄せて言葉を交わしているリューとメイヤー。


「私はお金はいらないんですけどね~……」


 その2人を尻目に大きくため息をつくクリスティンであった。


 ────────────────────


 それから……。

 クリスたちはしっかりと眠った後で早朝皇太子の邸宅を出発した。

 馬を走らせること半日、目的の孤島の見える海岸に2人が到着する。


「それで、どうやってあそこまで?」


 目の上に掌でひさしを作って監獄島を見やっているクリスティン。


「この波では素人では島まで辿り着けない。渡れる者を探す」


 リューが視線で指した方向には小さな船着き場があり、ちょうど今小舟に数人で荷物を積み込んでいる所であった。

 そのまま早足でリューはそちらに歩いていく。


 クリスティンはそこでリューが数人の船主らしき男と話をしているのを後方から眺めていた。

 ……その手の交渉事では自分は役に立てないことは彼女はわかっている。

 口を挟めば話をややこしくするだけだろう。


 やがて、交渉を終えたリューが戻ってきた。


「話が付いた。陽が落ちてから出港する」

「やってくれる人がいるんですねえ……」


 思えば最初に国外に脱出した時も大河を渡った船もそういう非合法の渡し守のものであった。


「どこにでも金で話の付く奴はいる。……メイヤーみたいなものだな」


 クリスティンはそのリューの一言が冗談なのかと思ったが、赤い髪の男はいつものように仏頂面で腕を組んでおり……結局冗談なのかどうなのか判断は付かなかった。


 ────────────────────


 そして、陽は落ちて周囲に夜の帳が舞い降りる。

 手筈の通りにリューたちは船着き場で落ち合い、荒れる海を監獄島に向かって漕ぎ出した。

 船頭はともかくとして、リューも激しく揺れる船の上で平然としている。


「……ひいいぃぃ……」


 クリスティン1人が必死に青い顔をして帆柱にしがみ付いていた。


 監獄の正面入り口からは裏手にあたる海岸に船が着く。

 手前にはいい具合に雑木林があり、建物からここへは直接視線が通らない。


 船は二人を下すとさっさと漕ぎ出していってしまう。


「ああああ……リュー、船が行っちゃいますよ」

「契約は行きだけだ。往復で引き受けてくれる者はいなかった」


 リューは油断なく周囲を見回している。


「帰りの便はここでどうにか調達するしかない」

「どうにかなるといいんですけど……」


 不安から声がか細くなるクリスティン。


「お前は隠密行動や潜入には向かない。中を確かめてくる。身を潜めていろ」


 言うやいなやその場から消えたように見えるような俊足でリューは音もなく走っていった。


「……………………」


 彼の去っていった方向を見るクリスの表情は複雑だった。

 毎度危険なことをリューに押し付けているような……そんな後ろめたさのような感情がある。


「まあやると言ってるんだからやらせておけばいい。実に役に立つ男ではないか」


 式神の紙人形から聞こえてくる声はどことなく上機嫌であった。


 待つこと小一時間。

 茂みに身を潜めていたクリスティンの関節がいい加減鈍い痛みという形で不満を訴え始めた頃。


「!! おい……複数人が近付いてくるぞ!!」


 小さな声で警告を発したのはメイヤーの式神だった。

 暗闇で息を殺しクリスは身構える。

 やがて紙人形の警告した通りに数人分の足音が近付いてきた。


「…………………………」


 自分の口を手で押さえているクリスティン。

 耳の奥でうるさく鼓動が鳴り響いている。


「クリスティン、俺だ」


(リュー!!???)


 驚いたクリスは思わず茂みの中から立ち上がってしまった。

 葉っぱを頭に沢山付けた彼女の前には確かにリューが立っている。


 そして……その背後に数人の制服姿の刑務官たち。

 彼らは腰の後ろで手を組んで直立姿勢であり、リューが捕らえられたとかそういう状況ではなさそうだ。

 どちらかといえばリューが刑務官たちを引き連れているように見える。


「?????」


 状況がよくわからず、クリスは口を半開きにして固まっている。


「話が付いた。件の魔術師に会いに行くぞ」


 赤い髪の男がいつもの静かな声で言う。


「……はい?」


 やはり状況は飲み込めず、間抜けな声を出すしかないクリスティンであった。


 ────────────────────


 一時間ほど時を遡る。


 監獄内部へ潜入したリューは巧みに身を隠しながらどんどん深部へと向かった。

 通気口を伝って所長の部屋の様子を窺う。


 所長はやや肥満気味の口の周りを濃い髭で覆った中年男だ。

 制服姿で椅子に座り退屈そうに雑誌をめくっている。

 あまり勤勉な男には見えない。

 見渡すがそう広くない部屋に所長以外の人影はない。


 ……いけそうだ、と判断したリューは通気口から飛び降りる。


「ぬあッッ!!??」


 突如として現れた小柄な男に驚愕する所長。

 彼が次の動作に移る前にリューは背後に回り込むと片手で所長の口を塞ぎもう片方の手で取り出した短刀を彼の首筋に当てた。


「抵抗はするな。大声を出しても痛い目を見ることになる」


 静かだが圧のある声に相手の「本気」を感じ取ったか、所長は無言でガクガクとうなずいた。


「ここに死者を操る魔術を使う者が収監されていると聞いてきた。間違いはないか」


 問いながらリューは口元を押さえている手をずらし彼が話せるようにする。


「……ああ、いる。最下層……地下3階だ」


 苦し気に掠れた声を出す所長。

 そして続いた彼の言葉が少なからず赤い髪の男を驚かせることになる。


「だが収監されてるんじゃない、。奴にはとっくの昔に恩赦が出てる。俺がここに就任するもうずっと前にだ。だが出ていかない。……地下3階はもう完全に占拠されちまってる。あいつの城だ。歯向かう奴は皆動く死体に変えられちまった」

「つまり……」


 背後から所長を押さえつけているリューの目が鋭く細められる。


「そいつをここから連れ出しても脱獄にはならないという事だな」

「ああ、そうだ。それどころか追い出してくれるならこっちが頭を下げて頼みたいくらいだ」


 リューは所長を開放する。

 締め付けがなくなって襟を直しながら所長はフーッっと安堵の息を吐き出した。


 ────────────────────


 監獄の地下へと向かいながらクリスティンはリューから簡単に状況の説明を受けた。


「何だか、思っていたのとは随分違う話になってきましたね」

「ああ。だが好都合だ。無駄に罪を重ねなくてよくなった」


 重ねなくてよくなったのかもしれないが、現時点で既に自分たちは不法侵入者なわけだが……。

 その辺はどうなんだろうとクリスは思った。

 周囲の刑務官たちは手出ししてくるような素振りはないが。


 ガチャン……と重たい金属音を響かせて地下への鉄扉が開かれた。

 鍵束を持った刑務官が道を譲るように脇へとどく。


 カツンカツンと石造りの階段を鳴らしながらリューとクリスの2人が地下3階へ向かう。


「……よろしいのですか?」


 刑務官の1人が問いかけると所長は鷹揚にうなずいた。


「ああ。本当に奴を連れ出してくれるのなら万々歳だし、そうでないなら連中がゾンビの仲間入りするだけだ。罪に問うまでもないだろうよ」


 肩をすくめてから煙草を咥えてマッチで火を着ける所長であった。


 地下への階段を下りながらクリスティンは考える。

 相手は稀代の死霊術師ネクロマンサー……果たしてどのような人物なのだろうか?


 なんとなくローブに杖を持ったなスタイルの老人を想像する。

 ここに入ってからも何十年も経っているという話だ。

 かなりの年齢になるだろう。


 そして……階段が終わる。

 2人は問題の地下3階へとやってきた。


「…………………………」


 思わず絶句してしまうクリスティン。

 それほど目の前に広がる光景は異様であった。


 ここまでの監獄内は灰黒い石造りの冷たく無骨な造り。

 だがこの地下3階はまるで白亜の宮廷だ。

 床も、壁も、天井も……全ては大理石調の乳白色の石材で構築されており照明も多くあの陰鬱な建物の地下とは思えない程に明るい。

 壁には絵画が飾られ台座には瀟洒な花瓶が置かれ……美術品の数々があちこちにある。


「聞きしに勝る宮殿っぷりだな」


 無感情な声で言うリューである。

 2人の執事服の青白い顔をした男が近づいてくる。

 彼らはいずれも数十年前の刑務官の成れの果てであった。


「この先への立ち入りは主人の許可が必要でございます。ヒヒヒヒヒ……」

「そうか。では許可を貰いたい。お前たちの主人に会いに来た」


 不気味な笑い声を出す執事ゾンビ。

 物怖じせず言う赤い髪の男に、執事の1人が「お待ちを」と奥へ向かった。


「金目の物が多いな」


 自分の肩で俗な事を言っている紙人形をジロッと睨むクリスティン。


 ほどなくして執事ゾンビの1人が戻ってくる。


「お待たせいたしました。主がお会いになられます。ヒヒヒヒ……」


 執事に案内されて2人がやってきたのは地下3階でも最奥の部屋だ。

 そこはもう広間といってもいい空間だった。


 荘厳に飾り立てられた広い部屋の中央には黒光りするグランドピアノが鎮座しており、1人の男がその前に座り鍵盤に指を走らせている。


(ピアノ上手……)


 思わずメロディーに聞き入っていたクリスがそう思った。


 その男はクリスティンが想像していたのとはまったく違う容姿をしていた。

 見た感じ年齢は3、40台に見える男だ。

 背は高く肩幅は広く、緩やかにウェーブのかかった髪をオールバックに纏め額に一房波打つ髪が垂れている。

 顔立ちはやや痩せ型で色白ではあるものの引き締まって整っておりどこかの貴族の若旦那といった風貌だ。

 白いスーツを上品に着こなしアスコットタイをシャツに入れている。


「何者だ。私になんの用があって来た?」


 演奏を止めず、2人の方を見ようともせずに男は言った。


「俺はクリストファー・リュー。お前の死霊術の話を聞いてここに来た。力を借りたい」

「……断る」


 僅かに思案する事すらなく演奏する男は即座にそう切って捨てる。


「死霊術などと無粋な言い方をするな。私の技は全て芸術アートだ。私は芸術家アーティスト……自らの心を動かすもの以外の為に動く気はない。お前の言葉は私の心にさざ波ほどの揺らぎも生み出すことはなかった。よって私が動く道理はない。帰るがいい」


 リューは無言でクリスティンを見る。

 相変わらずの無表情ではあったが、何となくクリスは彼が助けを求めているように感じた。

 自分では組し難い相手だと判断したのかもしれない。


「え、ええとですね……先生。私はクリスティン・イクサ・マギウスと申します」


 リューの後を引き継いでクリスティンが口を開く。

 相手の名がわからないので、芸術家だと自分で言っていることだし先生と呼ぶ事にする。

 演奏を続ける男からの返事はない。


「実は私、皇太子様……この国の王子様なんですけど、その方をちょっと、その……色々あって、殺してしまいましてですね……」


 事実なのだが話しながら陰鬱な気分になるクリス。

 懺悔をしているような心地である。


 演奏する男の眉がぴくりと揺れた。


「王子を……殺しただと?」

「は、はい。それでその……先生にその皇太子様の亡骸を動かして頂けましたらと……」


 ジャーン!と曲調が強い調子に変わった。


「殺めた王子の骸を私に操らせてどうするというのだ……?」

「…………………」


 返答に詰まってしまったクリスティン。

 この場合なんと答えればいいのだろうか……。


「そりゃお前、財産だよなあ」

「わぁ! ちょっとややこしくなるからメイヤーさんは黙っててください」


 急に喋り出した肩の上の紙人形に抗議したクリス。

 だがその一言は演奏する男にしっかりと聞き取られていた。


「財産ッッ!!!!!」


 演奏はより一層に熱を帯びる。

 激しいダンスのように鍵盤の上を跳ねて走る男の指が情熱的なメロディーを奏で出す。


「王子を殺め……その骸を操って財産を狙うか!!! 娘ッッッ!!!!」

「いや、あのですね……ちょっと私の話を……」


 天井を仰ぎ男の演奏は最高潮クライマックスへと達する。


 ジャジャーン!!!と鳴り響いたピアノの音が広間の空気を震わせた。


芸術的アーティスティックッッッ!!!! なんという生き様!! 芸術アートだぞ娘!!! そのお前の中のドス黒い邪悪!!! まさしく芸術アートッッ!!!!」

「あーあーあーもう、私の罪とメイヤーさんの邪な欲望が混ざって大変なことに……」


 もう訂正する気力もないクリスは肩を落とすだけだ。

 バン!と乱暴にピアノの鍵盤の蓋を閉めて勢い良く男は立ち上がった。


「喜べ娘!! 気に入ったぞ!! このアルゴール・シュレディンガーがお前に手を貸してやろうではないか!!!」

「ああ、それはもう……ありがとう……ございます……」


 クリスティンは虚ろな目をしていた。


 ────────────────────


 こうして稀代の死霊術師アルゴール・シュレディンガーの協力を得られることになったクリスティンたち。

 彼が立ち上がるとすぐに執事のゾンビがロングコートを持ってくる。

 アルゴールはそれに袖を通し、同じく執事が持ってきた白いシルクハットを被ると先端に金色の髑髏をあしらったステッキを手にした。

 こうしてみればどこから見てもどこかの富豪か貴族である。


「では行くとしようか娘よ」


 意気揚々と自らの宮殿を旅立つアルゴール。

 彼がここを離れるのは半世紀ぶりの事だ。


「大した説得のスキルだな」

「これ私の点数にするのやめてもらっていいですか……嬉しくないので」


 恐らく本気で褒めているのであろうリューに疲れた顔のクリスが首を横に振った。


「うわっ! 本当に出てきた!?」

「初めて見たわぁ。ああいう人だったのか……」


 地下から出てきた一行。

 刑務官たちが驚いて小声で囁き合っている。


「ありがとうよお前ら……俺は信じてたぜ」


 さっき襲われて刃物で脅されたことも吹っ飛んでしまったのか所長は涙を流して感動していた。


「これを持って行ってくれ。監獄島まんじゅうだ」


 ……ついでにお土産まで持たせてくれた。


 帰りは所長が刑務官の使う船を使わせてくれたのでそれを使ってクリスたちは浜へと戻ってきた。


「馬を手配しよう」


 浜へ降りたリューが周囲を見回した。

 乗ってきた馬は2頭……アルゴールの馬が無い。


「必要ない」


 そう言うとアルゴールはポケットから取り出した小さなベルを鳴らした。

 ちりんちりんとベルが涼やかな音を響かせるとどこからともなく馬の嘶きが聞こえてくる。


「……うわっ」


 やってきたそれを見た時、クリスティンは思わず声を上げていた。

 それは二頭立ての立派な馬車であった。

 ただ……馬は二頭とも白骨化している。


「乗るがいいお前たち」


 そう言いながらアルゴールは馬車へ乗り込んだ。

 正直、ちょっと不気味だなとは思いつつも彼の機嫌を損ねてはまずいかとクリスも乗り込む。

 最後にリューが乗ると御者もいない白骨馬の馬車は走り出す。


(あ~でもこんな馬車で王家の別荘に乗り付けたら皆ビックリするでしょうね……)


 今更ながらにその事に思い至るクリスティンであった。


「見るがいい」


 アルゴールに促されて馬車の窓からクリスティンが覗いてみると小さな茶色の子犬が走っている。


「子犬である。うーむ……芸術アートだ」


 満足げに頷いている白スーツの男。

 その時、クリスティンの腹の虫がきゅう~と鳴いた。


「あわわっ、これは失礼を……! しばらく何も食べてないものでっ!」


 真っ赤になってうつむいたクリス。


「お、お饅頭摘まんでもいいですかね……?」


 照れ笑いしながら所長に貰った監獄島饅頭の包みを解く。

 期せずして車内のおやつタイムとなる。


「うーむ、つぶあん! 芸術アートだ」


 アルゴールは饅頭にご満悦である。


(この人のアート判定は結構ユルいですね……)


 そう思わずにはいられないクリスティンであった。

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