第7話 乙女の葛藤

(……当たった)


 その一射を放った瞬間、射手はそう確信していた。

 ほんの数秒後の矢が命中した瞬間の映像が既にもう彼の瞼の裏に映っている。


 この矢はクリストファー・リューの頭部に命中する。

 確実に致命傷だ。

 避ける事はおろか命中の瞬間までこの攻撃の存在にすら気付くまい。


 彼が命を落とせば後はクリスティンを無力化して連れて行くだけだ。


 ……この任務は終わった。


 勝利を確信してフェルディナントが目を細めたその瞬間……。

 リューは彼が予想もしていなかった行動に出た。


 オーギュストの放つ斬撃を回避しながら強引に前に出た。

 かわし切れない大剣が赤い髪の男の肩口を掠め浅く切り裂いていく。

 そしてリューはオーギュストの襟首を両手で掴むとグイッと力いっぱい自分側に引き寄せながら自らはくるりと回転して両者は立ち居地を入れ替えた。

 その瞬間、オーギュストの肩にフェルディナントの放った矢が命中する。


「……ぐおぉッッ!!!!」


 刀傷の男が苦悶の叫び声を上げた。


(なんだとッッ!!!???)


 フェルディナントは崖の上で驚愕に目を見開いている。

 偶然の動きなどではない。

 リューは完全に自らを狙って飛来する矢の存在に気付いていた。

 その上でオーギュストと体を入れ替えて彼に当てたのだ。


(バカな……ありえん!!!)


 真剣勝負の最中に頭上、しかもやや後方からの狙撃だ。

 狙撃がある事がわかっていたとしても回避は至難の業のはず。

 それをあんな完璧なタイミングで同士討ちを誘発するなど……。


「……ぐぅ……ッ!!」


 肩に矢を受けて動きが鈍ったオーギュスト。

 その腕を横に払うようにリューが蹴り大剣を弾き飛ばす。

 続いて彼はオーギュストの腕を掴むと背負い投げで投げ飛ばした。


「があッッッ!!!!」


 背中から地面に叩きつけられるオーギュスト。

 無論この背負い投げにも追撃がある。


(いかん!!!! あの場所は!!!)


 そこは不可視の真空の刃の中でも一番大きく殺傷力の高い風が吹く場所だった。

 それもまた偶然とは思えない。

 自分で食らったわけでもないのに、見えてもいないのに……。

 何故リューに最大の威力を持つ風が吹くラインがわかったのだろうか?


「駄目だ!! 解くなッッ!!!!」


 仰向けに倒れたオーギュストが叫んだが、その時には既に周囲の風景はぐにゃりと大きく歪んでいた。

 周囲の光景がボルツの町並みに戻っていく。


 崖も消えた。

 フェルディナントは元の石畳の通路に立っている。


「……オーギュスト!!」


 倒れている仲間に駆け寄ろうとして……。


 自分の真横に立っている大きな木箱を頭上に抱え上げているクリスティンに気付いたフェルディナント。


「……ッ!!??」

「ごめんなさい」


 先に謝ってから木箱をオーギュストに向かって振り下ろすクリス。


 バゴオッッッ!!!!!!!!


 派手に飛び散る木片の中、銀髪の聖堂騎士が石畳の地面に倒れ付した。


 ────────────────────────


 クリスティンは聖域の中で崖に張り付くように立っていた。

 刃の風を避けるためだ。

 そしてフェルディナントは崖の真上にいた。

 狙撃の時に彼女はそれに気が付いた。

 結界世界が消えて高低差がなくなれば自分の目の前に崖の上の男が現れる事がクリスにはわかっていたのだった。


「……殺さないのかよ」


 傷だらけで座りこんでいるオーギュスト。

 隣に倒れているフェルディナントはまだ意識が戻っていない。


「そのつもりはない」


 腕を組んで2人を見下ろしているリューが言う。


「フン、伝説の暗殺者様は随分とお優しいんだな」


 暗殺者、の一言にクリスティンが肩を一瞬揺らした。


「俺はもう足を洗っている。過去がなくなるわけではないがな」


 そしてリューは聖堂騎士たちに背を向けた。


「戻って上官に伝えろ。俺たちに手出しするのは止めたほうがいいと」

「……まあ待てよ」


 呼び止めるオーギュスト。

 立ち去りかけていたリューとクリスティンが足を止める。


「おれたちと一緒に大隊長が来てる」

「……第3大隊隊長……キリエッタ様が……」


 掠れた声で言うクリス。

 その頬を一筋汗が伝って落ちる。

 第3大隊の隊長の話は彼女も噂話として色々と聞いた事があった。


「悪い事は言わねえ、降参しな。お前たちは確かに強い。おれらじゃあ歯が立たなかったぜ。……それでもあえて言わせてもらうが、お前らでもあの人には勝てねえよ」


 そこまで言うと刀傷の聖堂騎士は肩を押さえて痛みに表情を歪めた。


「クリスティンは聞いてるか? キリエッタ大隊長は元々が傭兵だ。桁外れに強いんで王国の要人が必死に口説いてようやく入団してもらったんだ。その上今じゃあ聖遺物アーティファクトを得て恐ろしい聖域を使いこなすようになっちまってる。誰も勝てねえよ」

「降伏してどうする。大人しく罪人として裁かれろといいたいのか」


 リューの言葉にオーギュストが首を横に振る。


「今回の件はまだ公になってねえんだ。聖堂騎士団内でも事実を知らされて動いてるのはほんの極一部しかいねえ。お前らが知ってる事を素直に喋って服従の姿勢を見せればそこまで酷い目には遭わねえよ。あの人は激しい人だが残酷な人じゃねえ」

「お前のその言葉は本心からのものだと思うが……」


 リューが目を閉じる。


「キリエッタ・ナウシズやその上にいる連中が信用できるわけではない。立ち塞がるなら粉砕するだけだ」


 物静かに言い放ったリュー。

 そして彼はクリスを促してその場を去っていく。


 残されたオーギュストは無言でその後姿を見送った。


 ────────────────────────


 宿に戻ってきてからリューを手当てするクリスティン。

 全身を拭いて傷口に薬を塗り包帯を巻いていく。


「深い傷はない。そんなに念入りにやる必要はない」

「そういうわけにはいきませんよ。ばい菌入っちゃったらどうするんですか」


 頑固に首を横に振って手当てを続けるクリス。

 諦めたようにリューはそれ以後その事は口にしなくなった。


「キリエッタ大隊長のフルネームを知ってるんですね」

「ああ。腕の立つ傭兵がいるとの時に聞いた事がある」


 前の仕事……。

 その言葉が彼の口に出た時にクリスティンの瞳が揺らいだ。


「……殺し屋を……していたんですね」

「そうだ。俺は裏社会の組織で始末屋をしていた」


 包帯を巻かれながら赤い髪の男が目を閉じる。


「俺が恐ろしくなったか?」

「いいえ、そういう事は……」


 言い淀むクリス。

 恐ろしいとは思わない。

 だが胸の中にもやもやとしたものはある。

 そのもやもやを彼女は上手く言葉にできずにいる。


「人殺しというなら、私もそうですから……」


 その言葉の末尾には自虐的な苦笑が続いた。


「俺は孤児だった」


 いつもとまったく変わらぬ淡々とした口調のリュー。


「その俺を気紛れで拾った男が組織でも1番の刺客だった。男は俺に暗殺術を仕込んで、何も考えずに俺も暗殺者になっていた。初めてをしたのは12の時だ。……クリスティン、痛い」

「はっ! あわわわわこれは失礼しました……!!」


 話を聞いているうちについ包帯を巻く手に力が入ってしまっていたクリス。

 慌てて包帯を緩めながら謝罪する。


「その後色々あって俺は組織を離れる事になった。今はラーメン屋として修行中だ」


 その『色々あって』の部分こそがリューという人間を形作った核心なのだと何となくクリスティンは察する。

 だが、それを尋ねようとは思わなかった。


「私は、王国の辺境のあんまり裕福でない地方貴族の1人娘で……」


 何となく流れで己の出自を話し出すクリス。


「地元の神学校を優秀な成績で卒業できまして、それで先生が王都に紹介状を書いてくれたんですけど。何でか着いたら聖堂騎士団の方に回されちゃいましてね。私のバカ力はそっちの方が活かせるって。私バカ力で紹介状書いてもらったわけじゃないんですけどね」

「……………………………………」


 リューは無言で話を聞いている。


「あれ? 今のとこ笑えませんでした?」

「笑えるような話だったのか? そうは思わなかったが」


 ムスッとしたような表情のリュー。

 不機嫌そうなのは常なので、つまりは彼は平然としているということだ。


「聞いた人は大体笑ってくれるんですけどね……」

「どちらにせよ、笑い方などもう忘れてしまった」


 自分で言った通りに一度も笑い顔を見せたことのない男が言う。


『……おい』


 不意に、その場に2人のものではない男の声が聞こえた。

 ビクッとしたクリスティンは座ったまま少し飛び上がり、リューは無言でやや腰を浮かせて臨戦態勢となる。


「おい、こっちだ。こっちを見ろ」


 声は床に近い低い位置から聞こえてくる。

 二人がそちらに視線を送ると木製の床の上を白いなにかがひらひら揺れながら動いている。


「え……紙?」


 頬を引き攣らせているクリス。

 彼女が口にした通り、それは「大」の字に似た人の形に切り抜いた紙片であった。


「怪しげな術を使う奴だ」


 目にも留まらぬ速度で床の上の紙片を摘み取るリュー。


「待て! 敵じゃない! 私の話を聞け! どの道これを破った所で意味はない。私は離れた場所にいる」


 リューの手の中でゆらゆらと紙片が揺れている。


「聖堂騎士団か」

「いや違う。そうではない。だが今はまだこちらの素性は明かせんな」


 声は男のものだ。


「クリスティン・イクサ・マギウス……そして、クリストファー・緑。我々はお前たちを保護する用意がある。その為の準備もしてきた。……だが現状、1つ大きな問題がある」


 こちらの素性はもう知られているようだ。

 2人は黙ったまま紙片の次の言葉を待つ。


「聖堂騎士団第3大隊のキリエッタがすぐ近くまで来ている。彼女に見つかる可能性がある内は接触ができん」

「彼女を始末しろというのか」


 リューの言葉に紙片が違う、とでもいうように激しく振動した。

 ビビビビビビと虫の羽音のような音を響かせる紙片。


「い、いやいや待て! そうは言ってないだろう!! 容易く言うが彼女は聖堂騎士団内……いや王国内でも5本の指に入る猛者だ。倒さずともいい。何とかしてこの街から引き離して安全が確保されればそれでいい」

「そもそもお前が我々の味方であるという保障がないが」


 紙片の振動が止まった。

 それから数十秒間沈黙の時間が続く。


「……今それを証せと言われてもそれは無理な話だ。会って話した時に判断すればいい。お前たちも行き詰っているんだろう? このままこうして王国外の、しかしそう離れてはいない街を転々としながら聖堂騎士団の追撃を受け続けるわけにもいくまい」


 紙片の言葉を2人が黙って聞いている。


「いいな? 我々は手を組むべきなのだ。キリエッタの事は任せるぞ。彼女の脅威が去ったと判断したらまた接触する」


 そして紙片がくたっとリューの手の中でしおれた。

 それっきり言葉を発することも動くこともなくなる。


「……な、なんだったんでしょうね」

「十中八九皇太子の陣営の者だろう。今の時点であれほどこちらの事情に通じていて、尚且つこちらとのコンタクトを望んでいる相手が他にいるはずもない」


 手当を終えたリューが上着を着る。


「いずれ接触はあると思っていた。あえてある程度の捕捉が可能なレベルで逃避行を続けていたのはその為だ」

「え? そうだったんですか……」


 聞かされていなかったしまるでわかっていなかったクリスティンである。

 このまま逃げ続けてどうするのだろうかとは漠然と思ってはいたのだが……。

 ちなみにリューの言う「あえて」の部分はクリスが獣人たちと騒ぎを起こしたの結果の話だがそれを彼は口にはしない。


「ここから先はキリエッタをどうにかしなければ話が進まない」

「戦うなっていう口ぶりでしたけど。どうしましょうか」


 クリスの口調は沈んでいる。

 元々彼女の希望は司祭の件は不可抗力であるという事を証明したいだけで聖堂騎士団は元々の所属先なのだ。

 送り込まれてくる団員をガンガン倒していくのも複雑な心境であった。


「戦いを望んでいるわけではないが、倒さずにどうにかできる相手だとも思えん」

「私がもうちょっと戦力になれればいいんですけど……。今回も完全に傍観者でしたし……」


 宿への帰路に襲われたのでクリスは大剣を持っていなかった。

 一応は武器がない時の戦闘の訓練も受けてはいるものの到底現状相手にしているごく一部の上澄みの聖堂騎士たちの相手が務まるようなレベルではない。

 その為彼女は邪魔にならないように脇にどいているしかなかった。

 結果としてそれが運よく状況にはまって最後にフェルディナントを一撃で倒せたのではあるが……。


 壁に立て掛けてある大剣を見るクリスティン。


 ……しかし、見るからに恐ろしげな武器である。

 龍の牙を削りだして造ったと言われているそれは長大で無骨であり、刃は巨大だ。

 柄の部分には布が巻き付けてあって刀身の根元部分には獣の牙や骨を数珠状に繋いだ飾りが付けてある。


「私ただでさえ身長がこんななのに、その上こんな武器を常に持ち歩いてたら即有名人ですよ。悪い方の意味で」


 いざ戦いになればなったで非常に頼りになる相棒ではあるのだが……それはそれとして二十歳の乙女として色々と譲れないラインもあるクリスティンである。


「やっぱり武器がなくてもある程度戦えなくちゃダメなんですよね。リューの戦い方を教えてくれません?」

「教えるのは構わんが一朝一夕で身に付くようなものではない。毎日過酷な鍛錬を続ける覚悟で10年先を見据えてやるのならいいがな」


 リューの無感情な返事に、ですよねと苦笑するクリス。

 つまりそれはリューが毎日過酷な鍛錬を10年以上続けてきたという事だ。

 初歩の護身術を学ぶような気持ちで手を出していいようなものではないのだ。


「それに、俺の戦法は相手の攻撃を回避して攻撃する反撃カウンター型だ。身体が大きなお前には向いていない」

「ですかぁ」


 聖堂騎士団での戦闘教官も言っていた。

 強さに近道はないのだと。


「……それよりもだ」

「はい?」


 リューの言葉にはまだ続きがあった。


「俺の戦い方を模倣しようとするよりもお前に向いた戦法がある。武器が無くても可能なものでな」

「あるんですか!? そんな都合のいいものが!!」


 クリスが目を丸くする。


 ああ、と肯いてからリューはその戦い方を解説したのだが……。


「…………………………………………」


 リューの話を聞き終えたクリスティンは無言であった。

 両目を閉ざし、何やら難しい表情で彼女は黙りこくっている。


「んんんんんん~……」


 かと思えば何やら唸り声を上げ始めた。


「それは……ん~……そういう事をする乙女っていうのはどうなんでしょうかね……」


 腕を組んで首を傾げているクリス。


「俺は現状のお前でも可能で効果的な戦法を提案しただけだ。やるかやらないかはお前の勝手だ」

「いや、やりますよ? そうまで言ってもらったんですからその時がくればやりますよ。でも、なんかこう……その路線で開き直っちゃったら最終的に私はどういうものになるんだろう、みたいな」


 ぼそぼそ言っているクリス。


「……普通の女の子みたいな夢もあったんですよ。素敵な旦那様と結婚して子供は2人で……。だけど私はこんなだったから中々そういうのは難しくて。13歳の時に友達と一緒にいて大きな猪に襲われた事があったんです。私、友達を守らなきゃって必死で……気付いたらその猪に組み付いて絞め殺してました」


 その思い出は半ばトラウマである。

 語るクリスはげっそりしている。


「皆大喜びで私凄く褒められて都市長さんなんか表彰までしてくれて……。皆私を『イノシシ殺し』って。皆喜んでくれてるから言えませんでしたけど、そんな名前で呼ばないでって悲鳴を上げたい気分でした」


 はわわわわわ、と力のなく吐き出されたため息が揺れていた。


「それでまあ、そんなキャラが定着したらたまったものじゃないって死に物狂いでお勉強して主席を取ったんですよね。そのかいあって卒業する頃にはその話もほとんど出なくなってて。それが……ねえ……今や猪どころじゃないものを殺した女に」


 リューは呆れたように鼻で息を吐いた。


「……下らん。誰にどう見られようが思われようが、大事なのは自らの心の在りようだろう」

「乙女は中々そこまで達観できませんって! っていうか司祭様を殺しておいて大事なのは心の在りようだとか言って平然としてる人はダメじゃないですかね!?」


 慌てるクリスにリューは怜悧な視線を向けた。


「友達を庇わなければよかったか? 黙って司祭に殺されていればよかったか?」

「え? ……いえ、そうは思いませんが……」


 赤い髪の男が肯く。


「ならば、それでよかったという事だ。人生において、重大な選択肢を選ぶときに八方丸く収まる答えなどほとんどない。何かを守って、別の何かは切り捨てる。そうやって皆生きている」

「言いたいことはわかるんですけどね。性格でしょうか……やっぱり私はうじうじ考えちゃいます」


 たはは、とクリスティンが苦笑する。


「それならせめて、どんな時でも自分は自分の味方でいてやることだ」


 リューのその静かな一言に無言でうなずいて応えるクリスティンであった。


 ────────────────────────


 ボルツ内、療養所。

 ……その裏手。


 全身を包帯で覆ったオーギュストと首に木製の固定具を着けたフェルディナントの2人が立っている。

 そしてその前に立つマント姿のブロンドの女……。

 聖堂騎士団第3大隊長、キリエッタ・ナウシズである。


「アンタたちが2人揃ってそのザマとはねぇ」


 腕を組んだ褐色の肌の美女は呆れ顔の冷めた半眼で2人をねめまわした。


「いやもうまったく……面目ねえ。恐ろしく腕の立つ野郎で。まあ、赤い髪の死神の看板に偽り無しってとこですわ」

「……………………………………」


 オーギュストは利き腕の肩に深い矢傷を負っている。

 その他にも全身に大小の裂傷だらけだ。

 当分戦闘ができる状態ではなかった。

 左手で肩をすくめる刀傷の男と無言で恐縮している銀髪の男。


「はん。傷が癒えたら鍛えなおすんだね。今回の仕事はもういいよ。後はアタシがやる」

「大隊長。自分はまだ行けます。同行を」


 口を開いたフェルディナントを見てフゥと鼻で息を吐くキリエッタ。

 そして彼女は拳でフェルディナントの胸をドンと叩いた。


「……ぐっ!」


 首筋に走った痛みに顔を歪める聖堂騎士。


「そんなムチウチで何ができるって言うんだい。これからだって仕事は延々と続くんだ。こんな所で潰れられちゃアタシが困るんだよ」

「キリエッタ様……」


 俯いたフェルディナント。


「アンタたちの手柄にしてやろうかと思ったが、やられちまったんじゃしょうがないね。帰りの船の手配をしておきな」


 背を向けて歩き出したキリエッタ。

 その背にオーギュストが声を掛ける。


「姐さん、奴はほんとに強いぜ。気をつけてくれよ」

「……誰がアタシを倒せるんだい。アタシとこの…………」


 振り返らずにマントの下から装甲に覆われた左手を見せたキリエッタ。

 白銀の手甲ガントレットが陽光を弾いて輝きを放つ。


「『蛇眼スネークアイズ街道ハイウェイ』をね」


 そう言って彼女は肩越しに冷たく笑った。


 ────────────────────────


 大平原、レン族の集落。

 大きな戦いが終わり平穏を取り戻した狼人たちの部族は穏やかな日々を過ごしている。


 今その集落で白いマントの人間の男が地べたに座り膝の上で獣人の子供を遊ばせている。

 体格の良い美男子だ。


「わははは! もふもふだ! もふもふだな!!」


 黒髪の端正な顔立ちの男……聖堂騎士団副団長テオドール・フランシスは上機嫌であった。

 膝の上の灰色の毛の狼人の子リクもきゃっきゃとはしゃいでいる。


「うーむ……」

「誰なんだろうなあ、この人」


 顔を見合わせて首をかしげる狼人の戦士たちであった。

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