第49話 80時間後



 そして――

 戦闘開始から、80時間以上が経過した。



 俺が腕のどっちかを吹き飛ばされた回数、163回。

 脚のどっちかをもがれた回数、247回。

 心臓近くをぶち抜かれた回数、202回。そのうち、身体の上下がバラバラになった回数、45回。

 そして、頭を吹き飛ばされたか首元をぶち抜かれた回数――

 つまり通常時であれば俺が死んでる回数、13回。


 まぁ、丸三日以上八重瀬とやり合っているにしては、そこそこのスコアと言えるだろう。

 ヤツの損傷具合についてはいちいち数えちゃいないが、多分同じぐらい。

 でも、頭が吹き飛んだり心臓をぶち抜かれてる回数は、確実にヤツの方が多い……と思いたい。俺はヤツほど致命的損傷は喰らってないはずだ。絶対。


 七種や懐機、宣兄については――

 最早そんなん、数えている余裕なんぞあるわけもない。

 龍に容赦なく噛みつかれてバラバラにされては、宣兄の回復術でどうにか復帰を繰り返し。

 七種も懐機も、ほぼ裸同然の状態まで追い込まれつつも何とか衣服ごと再生、をループし続けては巨大龍に立ち向かっていた。


 そんな無限ループな戦いの要となっているのは――勿論、後方で控える回復術の使い手、宣兄。

 俺たちがぶちのめされるたび斧をかかげて回復の光を注いでくれるものの、宣兄自身にも何度攻撃が行ったか分かりゃしない。

 そんな宣兄が、龍の超高速移動により呆気なく上半身を噛み砕かれた時にゃ、さすがにどうなるかと思ったが――


 ほんの僅かに八重瀬の『核』が煌めいたと思った瞬間、何事もなかったように宣兄は復帰を果たした。

 ――この戦いは、完全に茶番である。

 そんなことは最初から分かっちゃいたが、それを改めて実感したのが、吹き飛ばされた宣兄を八重瀬が密かに回復させたこの瞬間だと言えよう。


 当然この八重瀬の行動は、決して島民に見透かされないように行われている。

 というか、少し目を離していたら俺ですら気づかなかったかも知れない。それほどの迅速さでヤツは宣兄を回復しやがった。



 そんな中、島民たちはどうしていたかというと――

 八重瀬が大きくダメージを受けるたび、島も揺れ。

 その身体が血飛沫をあげるたび、巨龍も絶叫し。

 島の中心たる山、その頂上も次々に崩れていった。まるで今にも噴火しようかというように。

 住民たちの半数以上はこの戦いを見ていられず、洞窟へと再び避難し。

 威勢よく晶龍に声援を送っていた奴らも、さすがに三日目ともなると疲弊し、ぐったりと草原で寝そべるヤツまでいた。


 だがそれでも、根性のある連中は未だに上空の戦いを見据えていた。

 晶龍の勝利を、ひたすらに祈りながら――

 多分そいつらは、殆ど食事もとってやしない。大きな揺れのたびに倒れそうになりながらそれでも、手を合わせながらブツブツ何事かを祈り続けている。



 爆炎と血飛沫が舞い続ける幻の下、寧々もまた――

 俺たちをずっと見守っていた。

 いずれ来るであろう、晶龍の最期の瞬間。島の未来を託された巫女として、それを決して見逃すまいとするように。

 その傍らに時々駆け寄ってきてはおにぎりを渡してくるのは、妹。

 姉妹の会話は時々、俺の耳にも何故か聞こえてきた。



 ――おねえちゃん……

 ほんとーにジェンロンさまは、勝てるの?

 ――お願い、なお。

 ここは危ないから、ちゃんと避難して。



 そうか。妹の名前、なおって言うのか。

 八重瀬に向かってひたすらロケランを撃ち続けながら、爆炎の中で俺は耳を澄ます。



 ――ジェンロンさま、かわいそう。

 あんなに傷ついて、それでも一生懸命で。

 わたしたちが、どうにかできないの?


 ――そうね。

 晶龍様にばかり頼っては……もう、いけない。


 ――ジェンロンさまが勝っても、きっとまた、ああやって戦わないといけないんでしょ?

 おねえちゃんも、きっとまた、連れて行かれて……!



 俺にまではっきり届く、妹の涙声。

 そう。未来永劫、この島から寧々のような生贄を出さない為に、俺たちも晶龍も戦っている。

 島民全てを騙してまで。


 だから――

 どうか、分かってくれ。

 それがお前たちの神である晶龍、ただ一つの願いなんだから。



 俺はひたすらそう願いつつ再び上昇し、巨龍、そしてその上を飛ぶ八重瀬を見据えた。

 今や俺も八重瀬も、双方どれくらいボロボロになったか分からんレベルにボロボロ。

 互いの再生能力も戦闘の激しさに追いついておらず、再生速度自体が双方ともに明確に落ちてきていた。

 そんな状況はこちらにとっては、結構な朗報といえる。

 晶龍が確実に、俺たちの攻勢によって力を落としている証だ。



 ――俺がそう感じた、そんな瞬間だった。

 突然、島全体が今までないほどの揺れに襲われる。

 同時に幻の結界自体も、ピシピシと音が出るほど軋み始めているのがはっきりと分かった。


「……!?」


 結界内にいた全員が、八重瀬も含めて一斉に顔を上げた。

 一瞬だけ中断される戦闘。

 何か、とんでもないものが現れようとしている――

 晶龍でさえ予想もしていなかった、とてつもないものが。



 激しい雷光と共に、空のどこかが割れるような轟音が響きわたる。

 同時に、俺の視界に映ったものは。



「……はぁ?」



 思わずそんなマヌケな声をあげていた。

 想像を遥かに超えた事態が起こると、それを目にした人間は何とか日常的な反応をしようと試みることがある。圧倒的な現実に押しつぶされようとする自分を守る為に。

 怒号でも悲鳴でもなく、ただマヌケな声をちょっと漏らしただけの俺が典型例だ。

 それは俺だけでなく、『それ』を眼前にした七種も懐機も、宣兄も――

 そして八重瀬さえも、同じだった。



 何故って、俺たちの頭上、空自体を突き破るかのように現れたものは――

 一言でいうと、宇宙戦艦。それも、島全体を軽く呑み込むレベルの威容。

 数値で言えば――多分、全長10キロを超える超巨大戦艦といったところか。


 銀色に鈍く輝く装甲。ぱっと見はよくロボットアニメに出てくるような宇宙戦艦と考えていいだろう。甲板部分の上部にブリッジが設置され、やたら突出した両舷からは巨大な砲塔らしきものも見える。それ以外にも無数の艦載砲らしきものがいくつも見えたが――


 一番目立つのは何と言っても、艦体底部、つまり俺たちを真っすぐ見下ろす位置に取り付けられた、超弩級と表現してもいいレベルの砲塔。直径は多分20mを下らないだろう。

 しかもそんな砲口は幾つも幾つも連なり、まるでピアノの鍵盤の如く綺麗に横つなぎとなっている。

 数えてみたらその数、16。

 それらの砲口の奥では、青白い輝きがバチバチと不気味な閃光を放っていた――勿論、16ある砲口の全てが。

 見れば分かる。明らかに、発射直前。


 それが巨龍のみならず、島自体を潰すかのように、空を覆いつつあった。

 呆気にとられた俺たちの上から響きわたったものは――


《お待たせしました、皆さん。

 こちらもただ、手をこまねいて事態を眺めているわけにもいきませんのでね》

「か、課長!?」



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