第48話 意地と意地


「じゃあ……巴君。

 接近戦なら、どうだい?!」

「!」



 空中で思い切り大剣を振りかぶる八重瀬。

 瞬間、その剣はワイヤーから光の刃と化した。

 重力を利用して、容赦なく俺に振り降ろされる刃――


 ――やられる!


 咄嗟にサブマシンガンを振りかざし、俺は強引にその刃を空中で受け止めた。

 接近戦なら剣の方が有利ってか? しゃらくせぇ。

 俺はサブマシンガンを放り捨て、即座に翼からハンドガンを抜き放ち、同時にヤツめがけて撃った。

 俺の翼はこう見えても神器。ある程度は俺の望み通りの武器がその場で出現するのが強みだ。


 だがヤツも当然の如くその弾丸を避け、俺のすぐそばへ着地し――

 同時に、剣が一気に小ぶりの短剣へと変化する。


「え?」


 思わずそんなマヌケな声を出してしまう。

 あの大振りの大剣なら、逆に接近戦はこっちの有利かと思ったのに!


 そんな俺の気を見透かしたかの如く、短剣の先端から容赦なく撃たれる光弾。

 ――最早、八重瀬は躊躇していない。明らかに俺の頭スレスレを狙ってきやがった!

 咄嗟にそれを躱し、手にしたハンドガンで真っすぐ八重瀬を撃つ。

 頼む、急所じゃないどこかに当たれ――


 しかし当然の如くその願いごと、八重瀬は軽々と俺の銃弾を避けやがり。

 さらに短剣を真横に一閃する――

 それでも危機一髪。俺はほぼ無理矢理身体をひねってそいつを躱すと

 その反動を利用して思い切り右脚のかかとで、強引にヤツの手首を蹴り上げた。


「!」


 いとも呆気なく宙に舞う、八重瀬の短剣。

 へ。俺は銃撃以外に何も出来ないとでも思ったか。

 案の定、ヤツは思い切りのけぞり、武器を跳ね飛ばされ完全に無防備に。


 チャンスとばかりに、俺は脚を蹴り上げたままの無茶な姿勢で

 そのまま下から相手を覗き込むようにハンドガンを構えたが



 ――だが、無茶なのは八重瀬も同じだった。



「!?」



 後方に倒れ込みながらも、両手に何かを構えた八重瀬。

 それは双対の、青く輝く剣。

 畜生、二刀流ときたか。大剣を分裂させるわ伸縮させるわワイヤーアクションに使うわの時点で、予想出来てたが!


 俺が突っ込む間もなく、二振りの剣先から当然の如く発射される光弾。

 突如浴びせられた光の雨を避けるのが手一杯で、俺は咄嗟に大きく下へと逃げていた――


 宙へ悠然と浮かび上がる城を突っ切って、島の風景が直接見えるあたりまで一気に降下する。

 だがそんな俺を、八重瀬は同じように降下しながら執拗に追いかけてきた。

 勿論、光の雨は切らさないまま。



「ざっけんじゃねぇ!

 剣使いなら剣で勝負しやがれ!!」



 自分でも情けない捨て台詞を吐きながら、俺はそれでも撃ち続けた。

 八重瀬も俺に向けて容赦なく撃ち続け――



 そしていつの間にか周囲の空間は、細かな光の筋が幾条もの糸の如くになっていく。

 それは勿論、俺と八重瀬が撃った光弾、その無数の弾道。

 まるで織物でも織るように連なり、やがて城やら森やら岩やら山やら、あらゆる場所に着弾しては花火の如く爆発していく。

 デカい鐘の中に閉じ込められて跳弾をぶちかましまくったらこんな音だろうか――という大音響が、幾度も幾度もガンガンこだました。

 幻影の空間に浮かび上がった森も山も、その余波で次々に爆砕されていく。

 当然、この空間の象徴の如く燦然と煌めいていた紅の城も、柱から梁から屋根瓦まで、次から次へと吹き飛ばされ炎上していく。



 元からこの空間に浮かび上がっていた、無数の肉塊も――

 後方から必死に俺らを支援していた宣兄の力もあり、少しずつ回復しつつあったものの。

 それでも俺たち二人の戦闘に巻き込まれ、せっかく元の身体を取り戻しかけてもまたすぐに木っ端みじんにされるありさま。



 そんな争いの脇で、ひたすら咆哮を続けながらゆらゆら滑空を続ける、血まみれの巨龍。

 同じく血まみれセーラー服の七種が、鎌でどんどんその傷を増やしていく。

 当然俺たちの跳弾は、巨龍にも当たり続けていた。

 そのたびに、銀の鱗を引き剥がして間欠泉の如く噴きあがる紅。



 それでも俺と八重瀬は、延々と撃ちあいを続行した。

 たとえどれだけ、互いに攻撃が及ばずとも。

 たとえどれだけ、周囲を崩壊させることになろうとも。

 こうなりゃもう、意地と意地のぶつかり合いだ。



 ちらりと地上に視線をやると――

 寧々が、相変わらずじっと俺たちの戦闘を食い入るように見据えていた。

 あまりの銃撃の激しさに、寧々以外の殆どの島民は頭を伏せてしまっていたが、さすがに島自体にこの被害は及ばない。今は、まだ。



 畜生――ちゃんと見やがれ。

 俺と八重瀬は今、魂を賭けた大決戦やってんだ。



 そう唇を噛んだ瞬間――

 俺の左腕が、根元から呆気なく吹っ飛ばされた。八重瀬の放った光弾によって。

 左の翼も一気に半分ほどもがれ、ぐらりと体勢が崩れていく。


 だけど俺も負けちゃいねぇ。

 空へ吹っ飛んでいく腕を眺めつつも、俺は右腕だけでサブマシンガンを連射し続けた――それこそ、意地だけで。

 この反撃までは予想していなかったのか、俺の弾丸が少しずつ、八重瀬の身体を削っていく。

 両肩、腕、脚、頬。直撃こそしていないが、俺の攻撃は着実にヤツの身体を掠め、皮膚と肉を抉り、力を削ぎつつあった。

 手足を吹っ飛ばすまでは至らずとも、流れた血の量は多分向こうの方が多いだろう。



「巴!」



 後方から俺を呼んだのは、聞き慣れた宣にいの声。

 同時に柔らかな光が俺の背中に降りそそぎ、ほんの1秒足らずで翼も、俺の腕も修復されていく。

 宣兄の持つ神器――巨大斧による回復術だ。


 光の中で当然の如く元通りににょきっと生えてくる、俺の腕。

 宣兄驚異の回復術ではあるが、初めて見た時はゾンビ映画のそれかと思ったものだ。時には衣服の損傷まで回復してくれる点だけは違うが。

 腕や脚がどれほど吹き飛んでも、頭が飛ばない限りは復活可能な俺たちは、よくよく考えれば確かにゾンビに近いのかも知れない。

 だが――


 八重瀬は八重瀬で、どれほど傷ついていようともひとりでに回復しやがっていた。

 当然だが、宣兄の回復術は八重瀬までは回復させていない。しかしその光を一切浴びずとも、ヤツの傷は自然に修復されていく。

 ――額に埋め込まれた水晶。魔獣の『核』が、ほんの少し煌めくたびに。



 それを見て、俺の意思とは全く無関係に、背筋がぶるっと震えた。

 あいつは――このままだと本当に、化け物になっちまうんじゃないか。

 そんな懸念が脳裏をよぎりながらも。


「何してるんだ、巴君!

 まだまだ行くよ!!」


 一切容赦ない八重瀬の光弾が、雨あられとこちらに降りそそぐ。

 もう、止まらない。止まれない――

 俺も、八重瀬も。



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