第47話 激突! 巴VS八重瀬



「結局、こうなっちゃったね。

 確かに晶龍の力は、人間がどうこうできるシロモノじゃないけど……」



 静かにその懐から取り出されたものは、眼鏡。

 晶龍を宿してしまったアイツが、視界から受け取る膨大な情報量を制御する為の必須器具。

 当然の如くそれをかけながら、晶龍は――

 否、八重瀬は呟いた。



「だけど、巴君。決して甘く見ないでほしい。

 もう僕は、以前までの僕じゃない。

 晶龍の力をどこまで引き出せるかは、分からないけど――

 どんなに少なく見積もっても今の僕は、巴君と互角か、それ以上の力はある」



 そう宣言しながら、決然と俺を見据える八重瀬。

 血まみれのマントを脱ぎ捨てると――

 以前と殆ど変わらない、少しだけ形の古いワイシャツとネクタイ姿が現れた。

 なるほどな。晶龍を直接相手にするんじゃあまりにも力の差がありすぎるから、八重瀬に

 ――ってワケかよ。



 だが晶龍ほどではないにしても、今の八重瀬の周囲にはチリチリとした空気が漂っている。触れれば指を弾かれそうな空気が。

 そして碧の瞳の奥に僅かに燃える、紅の閃光。

 引っ込んだ晶龍の気がそうさせるのか、それとも――


 確かに、八重瀬はこれまでとは比較にならないレベルの力を手にしたのは事実だろう。

 それだけは分かる。鳥肌さえたっているレベルに。



 だが――

 それでも俺は、何とか笑いの形に口元を歪めた。



「へっ。

 散々、俺に馬鹿にされてた強がりか?

 てめぇをいつも見下してた俺に、ざまぁしてやろうってか。

 面白れぇじゃねぇか!」



 そう呟きながら、俺は再び空中で体勢を立て直した。

 空に広がる翼。2連装ミサイルポッドはいつでも発射OKだ。


 そんな俺の姿を確認すると、八重瀬も静かに背中の大剣をすっと抜き放った。

 真正面に構えられたその刃は、ヤツの気合と共に一気に、ギィンと音までたてて青く輝く――

 島に来る前は無用の長物もいいとこだった、大剣が。



 ――いいぜ。

やってやろうじゃねぇか、八重瀬!



 俺と八重瀬、双方から発される気合。

 それは最早、殺気と形容しても良かった。

 しめし合わせたかのように、俺と八重瀬はほぼ同時に上空へと跳躍する――



 跳躍の瞬間、俺はすかさず背中の翼からサブマシンガンを取り出した。これも神器から派生した武器の一種。

 火力自体はロケランには劣るが、連射性能はピカイチと言っていい。

 こいつで少しでも、足止めしてやる。

 大丈夫だ、八重瀬――急所には当てないようにするから。



 だが俺がそう念じて構えた瞬間、八重瀬の剣も驚愕の変化を遂げた。

 ヤツが一瞬だけ剣を宙に放り出し、両手を思い切り広げた――

 かと思ったら、剣はいきなり無数に分裂し、空中に広がったのである。



「な……!?」



 そのまま飛翔した八重瀬の周囲を取り囲んだ、無数の剣。

 青く光るその分身剣はハリネズミの如く刃を外へ向け、八重瀬を守るように『自律的に』動いていた。

 さらに驚くべきことに――

 分裂した剣そのものが、剣先から光弾を一斉射してきやがった!


「く……!!」


 俺は咄嗟に翼で空中を駆け回りながら、サブマシンガンを連射。

 八重瀬と巨龍めがけ、強烈な火線の嵐をお見舞いしていく

 ――はずが、その弾はほぼ全て、見事に弾道を見切られていた。


 一発当たるだけで強烈に痺れる雷を帯びた、俺の弾丸。

 だがそんな俺の雷撃さえ、八重瀬は全て見切り、自身が生み出した無数の光弾で次々と叩き落としていく。

 八重瀬の身体のすぐそばまで弾は掠めるものの、直撃まで至らない。


 それどころか――

 ヤツが放った光弾をかわすのさえ、俺は手一杯だ。

 直撃こそ喰らわなかったものの、身体に当たる寸前で撃ち落とすのがやっと。



 俺の雷弾と、八重瀬の光弾。

 無数に放たれたそれが空中で何度も何度も跳弾し、激しい火花と金属音を生み出す。

 それはまるで――



「すごーい、二人とも!

 まるで花火大会だね!!」



 巨龍を相手にしていた七種の歓声が響く。

 だがそれすら、今の俺たちにはツッコむどころか聞く余裕さえない。

 互いが互いの放った弾丸の嵐を潜り抜けながら、次第に距離を詰めていく。

 閃光の舞う中をかいくぐり、俺は八重瀬に銃口を向ける。

 八重瀬もほぼ同時に、俺の方へ剣先を向け――



 ――駄目だ。

 このまま撃てば八重瀬の頭が、あの核ごと吹っ飛ぶ……!



 咄嗟に銃口をほんの少し、無理矢理にずらす。

 ほぼ同時に八重瀬も自らの剣先を、不自然なほど強制的にずらしたように見えた。


 それは互いに互いを絶命させない為の、必死の『手抜き』。

 多分八重瀬の剣も、そのまま光弾を放っていたら俺の首が飛んでいたんだろう。


 クソ。なんちゅー戦いだよ……!

 いつもの魔獣以上に本気出さなきゃ、勝てやしねぇ。

 しかも相手を死なせないよう、自分も死なないように考えながら戦えって? 無茶苦茶だ。

 そもそもこの戦いにおいて、『勝つ』って、何だ?

 この戦いでの勝利条件って、一体、何だ?



 そう考えている間に、八重瀬との距離が一瞬、遠くなった。

 刃と弾丸の衝突による、無数の光の華。その間をぬうように、血まみれの巨龍が駆け抜けていく。

 七種の声と、巨龍の咆哮が交錯した。



「お兄ちゃん! そっち行ったよー!!」



 いつの間にか七種のセーラー服は、上から下まで血まみれ。自分の血か返り血かも分かりゃしねぇ。

 もっとも俺も似たようなもんで、着ているパーカーは気づかないうちにあちこち結構裂けている。直撃こそしなくても、力と力のぶつかり合いによる衝撃波によるものか――

 ちょいと手の甲で頬をぬぐってみると、べっとりと紅が付着した。



 だがよくよく観察してみれば、八重瀬も俺を嗤えない状況ではあった。

 頬と額にかすり傷があるし、左腕も若干弾が掠めたのか、明らかにじわじわ出血していた。袖が染まりつつあるのが見えるから、決して返り血ではない。



「まだまだだなァ、八重瀬!

 銃撃戦で俺に勝てるとでも思ったかよ!?」



 俺は一旦、紅の城――その屋根に舞い降り、サブマシンガンを手に一気に駆け出した。

 勿論連射をやめることなく、翼のスピードに任せてヤツに弾丸の嵐を浴びせる。

 すると八重瀬も同じように、反対側の赤色瓦に降り立った。こっちが西殿とするなら、向こうが東殿ってとこか。

 火力はどうか知らないが、スピードならこっちの方が上だ。このまま一気に――


 だが八重瀬は――というかヤツの大剣は再び、全く予想外の変化をしやがった。

 ヤツが手にしていた剣。その刃はどういうわけか縄の如く長くひょろひょろと変化し、城の梁へと巻き付いたのである。

 まるでワイヤーか何かの如く、八重瀬の身体を引っ張り上げる光の縄。いや、光の剣。

 まるで空中ブランコの如く、縄を操り宙を移動する八重瀬。

 その軌道が殆ど読めず、俺の放った弾丸は全て空を切るだけだ。

 勿論その間にも、分身したヤツの剣は俺に強烈な閃光の雨をお見舞いしてくる。常にヤツの周囲を守りながら、まるで意思を持つかの如く。


 さらに八重瀬の剣は、梁に巻き付いただけでなく――

 魔法か何かのように、八重瀬の進行方向の梁やら柱やら、はたまた石像やらへとワープしては絡みつき

 そのたびにヤツは空中を泳ぐようにぶらんぶらんと、不規則に跳躍していく。

 バネのように伸縮する剣の勢いを利用し、勝手きままに縦横無尽に空を舞う八重瀬。サーカスの曲芸師かよ!

 畜生。空中戦でも銃撃戦でも、明らかにこっちに利があるってのに……!


 翼のバーニア全開で疾走しながらどれだけ撃っても、閃光が飛び散るばかりでヤツに当たりゃしねぇ。

 そうこうしているうちに、ワイヤーと化した剣を器用に操り、一瞬でヤツは間を詰めてきた。



「じゃあ……巴君。

 接近戦なら、どうだい?!」



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