第46話 勝てない
「ハハ……よく来たな。
雑魚どもの相手にも疲れていたから、ちょうどよいぞ」
龍の頭の上、銀に輝く双対の角の間に――
晶龍は八重瀬の姿のまま胡坐をかき、呑気そうにカラカラと笑っていやがった。
――ただし勿論、その全身は血まみれ。
風になびく銀髪はまだらの紅に染まり、白かったはずのマントはほぼ全部、血に濡れそぼっている。
包帯をとうに外したその額に爛々と輝くものは勿論、『魔獣の核』たる巨大水晶。
それはまるで血を吸い切ったかのように、真っ赤に輝いていた。
「全く、情けないのぅ。
少々失望したぞ? 神器部隊と聞いていたから、どれほどのものかと思っていたがな」
そうほざきながら、晶龍は余裕たっぷりに腕組みしつつ、ふと視線を下げる。
俺たちにも、見ろと言わんばかりに。
「……?」
俺たちもそれにつられるように、晶龍の視線の先を追った。
遥か眼下に広がるものは、島の大地。
俺と八重瀬がほんの少しの時間を過ごし、戦った場所――時の止まった島。
オーロラに守られ、恐らくそこまでは戦いの被害は及ばない領域。
意外なほど上空に来てしまった俺たちに、その詳しい様子はよく分からなかったはずだが
――だが、見えた。
何故か、上空の戦いを見守る島の人々が。
「な……何だ、この光景は?」
「島の連中か……結構集まってやがるな」
「へぇ~!
何だか、ライブ会場みたい。おっもしろいねぇ!!」
宣兄、そして懐機と七種にも、同じ光景が見えているらしい。どんな不可思議な現象もはしゃぐ七種はさすがというべきか。
俺たちに宿を提供してくれた村長も、料理をご馳走になった奥さんも。
宴会で騒ぎまくっていた奴らも。則夫も。
俺たちを襲った連中も。
――そしてその中心にいるのは、寧々。
彼女はまだあどけない、小さな女の子の手を引いていた。多分あれは妹だろう。
6歳、とか言ってたっけ。確かにあんな幼子、姉としちゃ絶対に生贄になんか出来ないに決まってる。
そんな姉妹は揃ってじっと俺たちと、晶龍を見据えていた。
――全員が、見ている。
『現代』の代表たる俺たちと、あいつらの『神』たる晶龍。
その対決を。
そして、寧々以外の全員が固く信じているんだろう。自分たちを守り抜いてきた、『晶龍』の勝利を。
神器部隊が蹴散らされ、血反吐を吐きまくる光景を目にしながら、奴らはこれまでになく滾っていたに違いない。
それは意気揚々と喝采する則夫たちの姿を見ればすぐ分かる。ご丁寧に歓喜の声援まで聞こえてきやがった。
――俺たちの晶龍様が、忌まわしい国の奴らをぶっ潰してくれたんだ!
――やはり晶龍様は、どこまでも私たちを守ってくださる。
どんな兵器が来ようと、島は守られる!!
――晶龍様! 竜神様!!
晶龍自身の本来の願いも知らぬまま、その熱い信心は晶龍の重荷となり、晶龍の命を容赦なく削り――
ついには八重瀬を巻き込むに至った。
それを思うと、単純に怒りしかわかない。
喝采を送り続ける奴らの輪から、寧々とその妹は少し離れた場所にいた。
もう聞きたくないというように、彼女はじっと晶龍を――
俺たちを、見守っている。
決して、目を逸らさずに。
「――だったらもう、ここで終わらせてやる。
来いよ、八重瀬。
手加減なしだぜ?」
晶龍とタメ張るが如く、精一杯挑発的な笑みを浮かべながら。
俺はじっと、巨龍の頭部――そこにデンと座る晶龍を見据えた。
するとヤツもまた、俺の挑発に乗るが如く、俺を見返してくる。
炯々と煌めく、二つの真っ赤な眼球――
だがその瞳の奥には確かに、閃光のような碧がチカチカと燃えていた。
それは確かに、八重瀬がそこにいる、証。
「神器、解放――
星火燎原ッ!!」
その絶叫と同時に、瞬時に俺の翼へと変貌するロケラン。
そして俺は空高く舞い上がり、晶龍めがけて鷹の如く襲いかかる。
翼から放たれる無数の閃光。
紅の城を彩る花火の如く炸裂する、劫火。
「いいねー、巴君!
ボクらも負けてらんないよ!」
鎌を携えはしゃぐ七種は、いつの間にか懐機に両側から抱えられ。
懐機はその怪力に任せ、七種を思い切り晶龍の方角へとぶん投げた。
――初めて見た時は驚いたもんだが、これはよくある兄弟の連携技だ。
懐機のヤツはもう筋肉が膨張しきり、服は弾け飛んで上半身素っ裸。そのままの状態で投げ飛ばされた七種は、弾丸の如く巨龍の胴体へとすっ飛んでいく。
「いっくよー!
カメリア・タイフーンウェーブ!!」
投げられた勢いをそのまま利用し、身長の倍以上に伸びた鎌を空中でふるう七種。
俺が晶龍の頭――八重瀬の方へ向かっていったのとは逆に、
七種は巨龍の足元――つまり、大樹の如くそそりたつ龍を根こそぎ切り取らんばかりに襲いかかった。
七種のあの技は、鎌の高速回転を利用し、空中に光の刃を無数に発生させる。
ほんの一撃でも致命傷になりかねない七種の刃。それが幾つもの集合体となって光の竜巻の如く舞い上がって相手を襲うから、どんなデカブツでも数秒で切り裂かれまくる。
そいつを今真正面から、七種は巨龍にぶつけていた。
結果――
銀色に輝いていた巨龍の下半身が、まるで噴火の如く大量の血を噴き上げた。
あまりにその量は凄まじく、その場に飛び込んでいった七種や懐機がどうなったか、俺の目からではとても確認出来ない。
根元から大きく揺らぐ巨龍。その上に乗った晶龍も、ほんの少しだけバランスを崩した。
「ほう……
なかなかどうして、やりよるもんじゃのう?」
そう嘯きながら、龍の頭で余裕たっぷりに微笑む晶龍。
畜生。こっちだって結構な量撃ってるはずなのに、全然当たってる気配がない。
いや、きちんと狙ってはいる――全ての弾は間違いなく、晶龍に降り注いでいる。
だが、よくよく観察してみて分かった。
――こっちの動体視力さえ追いつかない速度で、全ての弾丸が弾かれている。
奴が未だ背中に負った大剣。そこから漏れ出る無数の小さな光が、晶龍を貫こうとする俺の弾丸を全て弾き返してやがる!
それが証拠に、晶龍の身体の周辺ではバチバチバチバチ、ヤバイ量の火花が生まれていた。
本人の顔にも身体にもその火花は降り注いでいたが、一向に気にする気配がない。
それどころか、面白そうにこちらを見据えているだけだ。
「ぐ……!
こ、この……!」
なんてこった。
あいつはまだ一歩たりとも動いてないどころか、立ち上がってすらいない。
剣を抜いてすらいない。
神器部隊の精鋭70人以上と、心療課本隊たる俺たちが全力でぶつかって、コレって。
しかも七種たちが(恐らく暴れられたらかなり厄介であろう)龍の胴体を攻撃することで、俺と晶龍はサシで向かい合えてるってのに。
――それでも俺は、ヤツに、傷の一つさえ与えられないのか。
そんな俺の心境を見抜いてか、晶龍はのうのうと宣いやがった。
「巴よ。お主は確かに真言の言うとおり、なかなか強い。
だが今のままでは、この戦いの目的を達することなど、到底無理じゃぞ?」
――挑発にも似たその口調。
だが俺は今の攻防だけで、認めざるを得ない。
この戦いの目的。それは俺たち心療課が晶龍を倒し、その消滅を島民に見せつけること。
だが今のままでは――俺たちは絶対に、晶龍に勝てない。
「まさかお主――
この期に及んで未だ、本気を出しておらんのではなかろうな?」
軽くウィンクまでしてみせる晶龍。
その言葉に、俺の
「ふざけんじゃねぇ……俺を見くびるな。
八重瀬のあれだけの覚悟見せつけられて今更手抜きなんてするほど、俺はバカでもヘタレでもねぇよ!」
「ふむ。
しかし……だとすれば、これは少し困ったのう。
ここまでお主らが無力とは、儂も想定外だったでな」
クッソ、完全に馬鹿にしやがって――
と言いたいが、この状況を見れば誰にだって力の差は歴然だ。
そもそも全国からこれだけの頭数揃えて、何で傷の一つさえついてないんだ、コイツ!
「では――
こうしてみては、どうかの?」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる晶龍。
血まみれだった額の水晶が一瞬、妖しく煌めいた――
静かに閉じられる、晶龍の瞼。
――すると同時に、ヤツの銀髪が根元から一気に、黒く染まり始めていく。
「……!?」
晶龍の周囲を覆っていた、今にも雷光でも放たれそうな空気。
それがふっと消失していく。まさか、この感覚は――
「……巴君」
再びヤツがその瞼を開いた時――
そこにあったものは、血染めの真っ赤な眼球ではなく
いつも見慣れた、エメラルドの澄んだ瞳だった。
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