第45話 朱いお城の桜吹雪



 翌朝――午前9:00きっかりに、通称・白龍島解放作戦は始まった。

 沖で待つ俺たちの眼前で、島の上空を漂っていた巨龍は一気に光を放ち、島の中心部へと潜っていく。


「始まったか――」


 昨夜の晶龍との秘密裡の交渉で既に、開始の合図は決まっていた。

 俺と八重瀬の話がついてから、改めてヤツと晶龍は課長たちと、具体的な作戦をつめていたのである。


 そして心療課のメンバー以外にも、全国の支部から応援が集まっていた。

 そのうち神器を使える連中は総勢、78名。

 俺らが元々八重瀬含めても5人だったことを考えると、大幅な戦力増強ではあるが――


 それでも結局、応援メンバーは晶龍の詳細をほぼ何も知らないし。

 晶龍と最後に決着をつけるのが、この茶番を知る俺たちであることに変わりはない。

 悪いけど、応援メンバーには捨て石になってもらう。それが円城寺タヌキ課長の心算だろう。


 夜明け前には軽く10隻を超える護衛艦が、島を取り囲んでいた。

 そんな俺たちの眼前で――


「……あれは!!」


 島の中心部から、突然天空に向かって飛び出したのは、一条の光の柱。

 その柱を起点として、島の中心から虹色の、オーロラにも似た光が膨れ上がっていく。


 ――それは間違いなく、晶龍の結界。

 俺たちを包み込み、ろくでもない幻を見せつけていった結界。

 だが今は――


 俺たちが大茶番を成し遂げる為の、必須要素でもある。

 一気に島を覆い尽くしていく、ドーム状の光のオーロラ。

 そのドームはやがて、全てを守るかのように島を覆い隠していく。


 あの中で俺たちと晶龍の戦闘は繰り広げられ。

 そしてあの結界の下から、寧々を含めた島民たちは全員、その戦いを見守る。

 当然だが、いわゆる『観客』である島民たちは完璧に晶龍の力で守られ、どれほど戦いが激化しようと被害は一切及ばない。

 そういう算段だ。


「一番隊、行ってください」


 いつも通り冷静に指示を下す円城寺課長。

 その号令が届くとほぼ同時に、俺たちから見て右手の護衛艦が一気に島へと接近し、攻撃部隊が飛び出していった。

 それは勿論、神器を携えた人間たち。数はおよそ10名ほどか。

 ある程度飛行できるヤツはそのまま、そうでないヤツは輸送ヘリやボートを使いながら、あっと言う間にドームの中へと突撃していく。


 間もなく、光の中で無数の炎が炸裂するのが見えた。

 こっちにまで聞こえてくる、ありとあらゆる技名。

 絶叫、怒号、そして悲鳴。

 肉のような何かが食いちぎられる音。仲間を呼ぶ叫び。

 ドームの中で次々と火柱が、閃光が、爆風が巻き起こり、内側が早くもミキサーの如くぐちゃぐちゃになり出しているのが分かる。

 多分もう、一番隊の半分ぐらいは四肢をバラバラにされているんじゃなかろうか。


 それでも宣兄のような回復役は必ずいるだろうし、その前に――

 晶龍の結界内であれば、体力気力が尽きない限り、どれほど吹き飛ばされても死亡することはない。

 ――その体力気力がどこまでもつかが、問題だが。


「二番隊、三番隊、どうぞ」


 淡々と指示を出していく課長。

 躊躇することなく出撃していく神器部隊。

 既に島では激しい砲撃戦が始まり、ドーム全体が揺れている。

 というか周辺の海まで、やや荒れてきた気がする。


「みんなつっよいねー、ワックワクだよ! 早く乗り込めないかなぁ」

「七種……静かにしろ」

「あ、でも、今のドッカーンで10人ぐらいは逝っちゃったかな? ざんねーん♪」


 相変わらずノリノリの七種に、諫める以外に特に何もしない懐機。

 そんな兄弟の横で、俺はじっとドームを見据えていた。


 あのドームの中で、晶龍と八重瀬は二人だけで、心療課含め総勢80名以上の神器部隊を相手にしている――

 それも、自分たちが死ぬ為に。

 自分たちの死を、島民たちに見せつける為に。


 脳裏に蘇ってくるのは、アイツの言葉。


 ――僕が晶龍に捧げられるのが変わらないなら。

 僕は晶龍にも、島の人たちにも、巴君たちにも。

 勿論僕自身にとっても、最良の選択をしたい。


「八重瀬……

 それでいいんだな、お前は」


 晴れ上がった空が一瞬暗くなるほどの閃光が、島の中心で二、三発炸裂する。

 あの中でどれほどの首が、腕が、足がもがれているか知らないが


 ――俺が必ず、お前らにトドメを刺しに行ってやる。

 だからそれまで、死ぬなよ。


 そう念じながら、俺は自分のロケットランチャーを今一度、丁寧に磨き始めた。




 **




 数時間後。

 遂に俺たち――心療課本隊が、オーロラ内部への突入を決行した。


 俺、七種、そして懐機が、輸送ヘリで島上空へと接近し。

 宣兄の号令と共に、一斉に上空からオーロラの中へと飛び込んでいく。


 オーロラへ触れた瞬間、全身がふわりと浮き上がるような感覚がした。

 それと同時に、見えてきたものは――



「……これは!?」



 荘厳ささえ感じる光に包まれた、緑豊かな島。

 その中心に浮かび上がったものは、朱を基調とした豪華な木造の古城。

 それは、建築様式は日本のよくある城塞でありながら、鮮やかな朱い城だった。

 今は光の陰となってよく見えないが、柱の至るところにきめ細かな竜の彫刻が見えたし、天井や欄間にも龍の絵が幾つも幾つも描かれている。


 そんな城が、何故かこの低重力空間に幾つも幾つも、堂々と浮かび上がっていた。

 島全体を見下ろすかのように。

 

 ――これはもしや、晶龍が昔過ごしたっていう、王国の城だろうか。

 何となくそんな雰囲気がする。


 しかし今、その上空には、無数の紅い塊が浮いている。

 よくよく見ると、それは――


 これまで突入していった、神器部隊。

 その、ちぎられたである血肉。手足。頭。破壊され尽くした神器。

 恐らく晶龍の攻撃によってバラバラにされたであろう、その残骸。


 オーロラの力でかなりの低重力に抑えられているせいか、俺たちもそのまま落下もせず、宙に浮くことが出来ている。

 そして無数の肉塊も地表に落ちることなく、ふわりと風に舞い上がっている。

 原形を留めないレベルでバラバラにされた、70名以上の神器部隊が――


 その光景はまるで、真っ赤な桜吹雪の如く。

 その色は同じ赤でありながら、城を染めた朱とは対照的に仄暗い。

 しかも無理矢理再生されかかっているせいか、その肉塊の一つ一つが妖しげな光を帯びていた。何十何百もの亡霊が浮かび上がっているようにも見える。


「うわぁ~、スッゴーイ!

 まるで豪華絢爛お城の、お花見大会だね!!」


 思わず吐き気を催してしまった俺の横で、相変わらず目を輝かせてはしゃぐ七種。

 少し遅れてヘリから舞い降りてきた宣兄の、呻きも聞こえる。


「――予想はしていたが、ここまでとはな。

 時間をかければ恐らく再生は可能だから、まだ……とはいえ」


 そう。晶龍の言葉を信じるなら、こんな状態であっても神器部隊はまだ、命までは奪われていないらしい。驚いたことに、時間さえあれば少しずつ回復も可能らしい。

 多分、体力気力がほぼ尽きてしまった状態だろうから、回復に時間がかかっているだけ――

 だと信じたいが、状況だけ見ると粉みじんに弾け飛んだバラバラ遺体にしか見えない。

 何も知らないヤツが見れば、それが人間の身体だと気づくのさえ非常に困難だろう。


 そんな桜吹雪、もとい、肉吹雪の中心にたたずんでいるのは勿論――

 銀の鱗を煌めかせた巨大龍。

 城のちょうど中心――中庭にあたる部分を貫くように、堂々と屹立するその姿。

 その名の通り、身体のあちこちに虹色に輝く水晶を、これ見よがしに輝かせている。

 まさにこの空間の支配者であるかのように。いや、実質支配者みたいなモンだが。



 ただ、その全身は膨大な返り血で真っ赤に染まっている。

 ここに至るまでにどれほどの血を浴びたのやら、見当もつかないレベルだ。

 その姿はまるで、呪われた桜の大樹のようにも思えた。


 しかしそれでも、その身には殆ど傷はついていない。

 晶龍を染めている血に、ヤツ自身の血はほぼ皆無と言っていいだろう。


 ――それを悟っただけで、俺の全身が震えた。

 本当に、茶番で済むのか。この戦いは。

 俺たちも一瞬の後には、切り刻まれたこの肉塊同然の姿にされてしまうんじゃないか。

 いや――恐らく、まともに戦えばそうなるんだろう。

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