第50話 炸裂、陽電子砲
突然俺たちの眼前に現れた、超弩級浮遊戦艦。
そのブリッジに悠然とたたずむのは当然、あのタヌキこと円城寺課長。
何故かその課長の声が、戦闘中の俺たちにもはっきりと聞こえてきた。
《この戦いにこれほど多くの人員を投入したのは、何も無暗に損耗させるだけではありません。
晶龍に関するあらゆるデータを収拾し、我々の神器とこの結界――
その力を結集させて作り上げたのが、この戦艦。そして、16連陽電子砲です》
なるほどな。流石の課長もここまで来て、呑気に後方待機してたわけじゃなかったのか。
ここで散ったが何とか再生を果たした神器部隊から、可能な限りのデータを集めていたってわけだ。つまりこの戦艦含めて全て、神器の塊。
俺たちはさしずめ――見た目からしてヤベェこの兵器が出るまでの時間稼ぎだったんだろう。この腹黒課長にとっては!
っていうか、16連陽電子砲?
俺が昔見たB級SF映画でも12が限度だったのに、16?
こんな戦艦を前にして、それまで必死に上空を見守っていた島民たちから一気に悲鳴が上がった。
当然だ。これまで目にしてきた巨大兵器といえば、戦前にたまたま寄港した帝国海軍艦艇あたりがせいぜいだろうに。
それがいきなり、2040年現在の映画でもアニメでもそこまでヤバイものはそうそうお目にかからないレベルの超巨大戦略兵器。
則夫なんぞ、原っぱのド真ん中で腰を抜かしてやがる。多分ちょっとぐらいはチビってそうだ。
《さて……
島民の皆さん》
そんな彼らや俺たちの頭上へ、朗々と響く課長の声。
《貴方がたがこれまで信じた晶龍は、今この時をもって滅びる運命です。
この兵器は2040年現在、我らの知恵を結集して作り出されたもの。
昭和に留まったまま、神に縋る以外に戦うすべを持たない貴方がたが勝てる見込みは、万に一つもない》
穏やかなれど静かな怒りのこもった声が、島全体に通っていく。
島に向けられた16門もの砲口に、次第に満ちていく閃光。
そして、課長の口からついに明かされたのは――
《貴方がたは未だ知らないでしょうが――
この日本は100年前の戦争で、敗北を喫した。
多くの兵士たちが、老いも若きも悲惨な死を遂げたばかりでない。攻め込まれたわが国は首都まで含めあらゆる都市が焼き払われ、新型兵器によって一瞬で街を壊滅させられ。
上陸を許した島々は、地形が変わるまで破壊された――
それにより失われた命も当然、膨大な数にのぼります。恐らく貴方がたの想像を遥かに超えて》
課長の言葉――つまり100年前の戦争が敗北で終わった事実は、ここにきて初めて島民に明かされる事実だ。
このことは八重瀬も慎重に慎重を期したのか、寧々以外には話していない。
当然――島民の間に激しい動揺が広がる。
「負けた……って? 日本が? あの戦争で?」
「馬鹿な……本土は、晶龍様みたいな強くて偉い神様がずっと守ってんだろ? んなことあるわけねぇ!」
「そうだそうだ! だったら何故、この島はずっと平和だったんだ!?」
「もしかしてそれも、晶龍様が……?」
島民が納得するはずもなく、怒号ばかりが響いてくる。
寧々だけは黙ったまま、この状況を冷静に眺めていた。
《しかしその敗北以後、この国はありとあらゆる知恵と知識を吸収し、大きく成長した。
世界を拒むのではなく、世界から様々な情報を得てそれを利用することで、圧倒的敗北から奇跡的な復興を果たしたのです。
それは小さな島に閉じこもっていたのでは到底不可能だった躍進であり、復活だった。
――その精神は今も日本人の中に息づき、この国を支えている。
この浮遊戦艦はまさしく、その知恵の結晶です》
その弊害として今、過剰労働やらパワハラやらが横行して魔獣の跳梁跋扈と成り果てているがな。
何事にも命を捨てて人より先へ、人より上へと頑張りすぎた結果、確かにこの国は成長も復興もした。
だけど、今なお破壊され続けているものも――
そう言いたくなるのを、俺は何とかこらえた。
《島に閉じこもり、ただ一柱の神しか信じなかった貴方がたは――
恐らくこういった兵器は、想像すら出来なかったでしょう。否、今目の前にしても信じていないに違いない。
しかしこれは、現実です。
かつての日本も同じように現実をまざまざと見せつけられ、敗北した。
その痛ましい傷は世代を超えてもなお伝えられ、歴史として残っている。
この国の中でその苦難を知らぬ者は今、貴方がただけです!》
そんな課長の声と共に――
16連陽電子砲、その全ての砲口に光が収束していく。
おびたたしい光の粒子がそれぞれの砲口に集まり、耳が痛くなるほどキィンと鋭い音をたてながらどんどん巨大化していく白い火球。
――ここに及んでようやく俺は、コトのヤバさに気づいた。
《下がりなさい、巴君、皆さん!
今よりこの島の全てを、焼き払う!!》
いや、待ちやがれ課長。マジかよ!?
俺たちのやることは晶龍との茶番。何も島まで焼く必要は――
だが俺が声を上げるより早く、結界のド真ん中から飛び出したヤツがいた。
それは当然――
「真言、下がれ!
コレはお主が耐えられるものではない!!」
直前まで俺とサシで激戦を繰り広げていたはずの、八重瀬。
それが弾丸の如く飛び出していく――砲口の真正面に。
いや、八重瀬ではない。その口調からしてもう、瞬時にヤツは入れ替わっていた――晶龍に。
ヤツの言葉は恐らく正しいのだろう。撃たれる八重瀬は勿論、巻き込まれる俺たちすら耐えられるか分からん。
というか、島自体がもつのか。あのアホそのものの兵器に。
「巴! 七種、懐機!!
お前たちも全員下がれ!」
晶龍が飛び出したのにやや遅れて響く、宣兄の絶叫。
空間中を満たすものは、次第に高まっていく砲口内のエネルギーの不気味な音。あんなものをまともに喰らったら、俺たちも当然どうなるか分かったもんじゃない。
疾風の如く天を駆け抜ける八重瀬――
その眼は既にエメラルドではなく、ほぼ真っ赤に染まっていた。口元には僅かに牙まで見える。完全にヤツが晶龍に成り代わった証明か。
晶龍が結界の中心へと躍り出たとほぼ同時に動いたのは、巨龍。
既にその銀鱗の殆どを血に染めた真っ赤な龍は、島を揺るがす咆哮をあげながら空を裂き、ヤツのもとへ飛翔していく。まるで晶龍を守るかのように。
《無駄です、晶龍。
分かりなさい。これ以上の抵抗は、島を滅ぼすだけだと!》
それでも晶龍に向かって情け容赦なく撃ち放たれる、16の光。
これまで俺たちが撃ちあった光弾など比較にならんレベルの閃光が、炸裂した。
――意識が遠くなる。
身体が俺のコントロールを離れ、木の葉のようにふうっと舞い上がる。
宣兄が何か叫んで俺に手を伸ばしたが、その手はどうしても掴めない。
拡大していく熱と光の中、わずかに見えたものは
正面から光を受け止め、敢然と島を守ろうとする晶龍と、その巨大龍の姿。
「ほざくな、円城寺……!
儂とてあの戦乱からどれほどの時間、この島を守り抜いたか。
儂の力を用いて生み出した幻で、この龍を倒せるとでも?!
たかが一柱の神などと、馬鹿にするでないぞ……!!」
一気に龍へと降り注ぐ、16連の爆光。
噴火の如く血を噴きだす巨龍の身体。真っ黒に染まり引きちぎれていくそのシルエット。
大きく揺さぶられる結界。鳴動する大地。錯綜する悲鳴。
それでもなお、声にならぬ叫びをあげながら晶龍は抗う。
掲げた大剣が青く煌めき、巨大ロボのビームサーベルか何かの如く振りかざされた。
一瞬にして本人の身長の数十倍、いや数百倍ともなった大剣。そいつを軽々と振り回し、晶龍は閃光に真っ向から立ち向かい――
光が、爆ぜた。
結界どころか島全てを焼き尽くすかの如き業火と、衝撃と、爆風。
塵のように軽々と吹き飛ばされながら、俺の耳に聴こえたものは
――晶龍様!!
あぁ……
あれは、寧々の悲鳴。
妹を抱きしめて嵐から守りながら、それでも必死で戦いを見守っていた彼女の、絶叫。
多分これでもう、終わりだ。
晶龍との茶番まで含めて、全て終わる。
俺と八重瀬との約束も、色んな意味で全部終わる。
俺も八重瀬も結局、あのろくでもねぇ課長と国の力の前にはどうしようもない。
どれほど八重瀬が意地張って島と、その未来を守ろうとしたって――
結局そんなもの、個人のわがままにすぎなくて――
だがその時、俺の脳へとわずかに響いたものは、八重瀬の呟き。
――まだだ。
まだ、諦めない。僕も、晶龍も。
だから、巴君――!
ほんの少し瞼を開いた刹那に見えたものは、
浮遊戦艦の直上から一気に舞い降り、ガブリとブリッジ付近へと噛みついている血まみれの巨龍。
砲にまともに身体を貫かれ、巨龍の姿は完全に穴だらけになっている。今にもバラバラに弾け飛んでしまいそうに。
だがそんな中でも、晶龍の剣は――
直上からブリッジを叩き斬っていた。当然、中で呑気に立ち尽くしていた課長さえも。
晶龍のヤツも、この
頭から縦に見事真っ二つにされ、辞世の句も何も言い残せず両側へバラバラに倒れていく課長が見えた。
勿論ブリッジ内部も艦体も大炎上中。巨龍の噛みつきと晶龍の剣によって、16門の砲口のうち半分以上が切り裂かれ爆発している。
その炎が今度は、巨大戦艦そのものを呑みこもうとしていた。巨龍もろとも。
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